表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

プロローグ①

「どうして起こしてくれませんでしたの⁉ 」 

 非難がましい声が、リムジンの後部座席から運転席へと飛んだ。焦りからか、声の主は座席から落ちそうなほどの前傾姿勢をとっている。

「このままでは新学期早々遅刻ですわ‼」

「何回も起こしましたよ」

 はぁ、と。吐き出された溜息は、ハンドルを握るメイドのもの。ミラーで後部座席の様子を確認し、もう一度、はぁ。後部座席のお嬢様はせかせかと櫛を動かし、寝癖を必死に直していた。どうしようどうしようどうしよう、唇は手よりもさらに早く動いている。豊かな金髪はなかなか言うことを聞いてくれないようだ。

「まったく。どうせ、今年こそお友達を作るのですわ! とか興奮して、夜なかなか寝つけなかったのでしょう? 友達なんて出来もしないのに。三年生にもなって友達ゼロとかヤバいですよ、羽愛留はあとお嬢様」

 運転席から、剛速球が投げ返される。メイドが振るった言葉の刃は、杭院羽愛留(くいいんはあと)お嬢様の繊細なハートに深く突き刺さった。櫛を止め、潤んだ碧眼で運転席をきっと睨みつける。

 羽愛留は、雇人の反撃に慌てふためきながらも、返球する。

「ちちち違いますわよ! それにお友達なら夏代(さまよ)さんが!」

「夏代お嬢様は幼稚舎からの腐れ縁でしょ、ノーカンですよ」

「むぅ……」

 撃沈。美しく整った顔が青ざめて。

「と、とにかく急いでくださいまし!」

「はいはい」

 はぁ。

 メイドの憂鬱とお嬢様の焦燥を乗せて、リムジンは高級住宅街を駆けていく。


***


「いっけなーーい‼ 遅刻、遅刻‼」

 閑静な高級住宅街を少女が走り抜けていく。少女は、私立桜川学園の純白の制服に身を包んでいた。翻るスカートを気にも留めない。街角をスピードも緩めずに曲がる。

 入学初日から、遅刻するわけにはいかない。必ず学校に間に合わなければならない。遅刻から始まる学園生活など、今を時めく女子高校生には似合わない。

 新しい制服、新しい学び舎、新しいご学友。一体、どんな学園生活になるのだろう。

 何と言っても、今日から通う学校はあの桜川学園なのだ。女の子だったら誰もが、一度は憧れる名門お嬢様学校、私立桜川学園。その一般特待生として、奇跡的に入学することができた。この学園で人生を変えてみせる、そう誓ったのだ。

 新生活への期待で胸がいっぱいだった。心がポジティブな気持ちで溢れるのは随分と久しぶりだった。

 だから。

 だから、油断していたのだ。

 少女は、次の街角も勢いよく曲がった。


 リムジンに跳ね飛ばされた。

 期待は空振りに終わった。


***


「どどどどどどどどどどどうしましましょうしょう」

 車から降りてきた羽愛留は、蒼ざめた顔に滝のような汗を流している。視線は、轢死体を中心にしてぐるぐると泳いでいる。

「死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死んで」

「落ち着いてくださいお嬢様。大丈夫です、息はあります。救護班を呼んでありますし、情報管制も完璧。警察への根回しも終わっています」

「そ、それは安心ですわね」

 羽愛留は、ほっと小さく息を吐き出した。改めて、生存者を見遣る。真っ白な制服が目に入る。

「……あら? この方、学園の生徒ですわね」



***


 名は体を表す、という。

 そのことを牧駒麗子(まきこまれいこ)は己の人生を以って実感していた。

 己の名に刻まれし、『まきこまれ』の五文字。

 麗子は極度の巻き込まれ体質なのだ。

 そして今日も。

 今日から高校一年生という人生の大事な節目に、麗子は厄介ごとに巻き込まれた。

 運命を乗せたリムジンに撥ねられたのだ。

 薄れゆく意識の中、視界に映ったのは学園の真白な制服、輝かしい金髪、蒼ざめた頬。

 麗子は思う。いつもの悪い癖で、自分の命さえも諦めたうえで。

 ……なんて美しい人なんだろう。

 どうか私のことは気にしないで……。

 言葉にする前に、麗子の意識が完全に途絶えた。


***


「命に別状はないそうです」

 メイドの言葉に羽愛留は胸を撫で下ろした。

 杭院家の息がかかった大病院の個室。牧駒麗子は、ベットの上で眠っている。

「それから、これを」

「これは……」

 手渡されたファイルの表紙には、『牧駒麗子調査報告書』の文字が。その内容にざっと目を通し、麗子の華々しい巻き込まれ歴にひいてしまう。

「これはまた、色々と凄絶ですわね……」

「そこに今回の件ですから」

「……」

「……」

「……あたくし達の責任ですわね」

 羽愛留は顎に手を当て、悩まし気な表情を浮かべる。「……あたくし、決めましたわ」

 ベットの脇に近づいて、そっと、麗子の頭を撫でた。

「あたくしが、貴女のことを守って差し上げます」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ