第56話 盟約者の誓い
「ぐっ、やっぱり熱いな」
俺は何とか原型を留めていた事務所を走り、華音の部屋へ向かう。
組長室は華音の部屋よりさらに奥のため、田嶋にはもう少し待ってもらうことになる。
まあどちらにせよ俺は、華音を先に守らなければならないんだがな。
だって俺は華音のお世話係だし。
まあ今は雑念は気にするべきではない。
俺がしばらく燃える道を進んでいくと、やっと華音の部屋まで辿り着いた。
俺は息を吸うまもなく、勢いよく扉を開いた。
「華音、いるか!?」
「…牧野さん、助けて…」
俺が大声で叫ぶと、それに呼応するようにか細い声が聞こえてきた。
「華音!今助けるからな」
俺は声のするところにある瓦礫を急いで取り除く。
ガラスの破片が手に刺さり血が出ても、高温の瓦礫で手がやけどしようとも、俺は手を止めなかった。
しばらく掘っていると、瓦礫の下に横たわる華音の姿見えてきた。
「華音、大丈夫か?」
「うん、なんとか…」
ボロボロの体の彼女に尋ねると、彼女は力を振り絞り、声を出す。
「ほら、とりあえず息をするんだ」
俺はそんな彼女の口に、酸素ボンベ代わりのビニール袋を当てた。
「あり…がとう」
「今は無理して話さなくていい。速く田嶋を探しに行くぞ」
俺はそう言いながら華音をおぶい、素早く部屋を退出した。
そしてまた、息をするまもなく走り出した。
華音がこの状況だったのだから、田嶋がどういう状態なのかが全く予想できない。
とにかく急がなければ。
しかし、現実はそううまいことはいかないらしい。
「お前ら止まりやがれ!」
俺の行方を塞ぐかのように、2人の半グレが進行方向に立ち塞がった。
「何の用だ?」
俺が睨みつけながらそう言うと、奴らはニヤニヤとしながら口を開く。
「そんなに警戒しないでくれよ、おっさん。用があるのはその後ろの女だけだからよ」
「華音に用事?ますます話が見えてこないんだが」
俺がそう顔色を変えずに返答すると、半グレどもが、今度は睨みを効かせて俺に忠告をしてくる。
「後ろの女を渡してくれりゃ手を出さないって言ってんだ。おっさん、俺たちを敵に回すと痛い目にあうぜ?」
…まったく、最近はこの手の輩と交流があり過ぎてあまり畏怖する対象じゃないな。
「脅しのつもりか?そんなことしても渡すわけがないだろ」
俺がそう言うと、半グレはさらに声を歪ませて俺を脅しにかかる。
「てめえ誰に口聞いてんのかわかってんのか。俺たちを敵には回すってことは"濱島団"…いや、濱島"組"に喧嘩売ってるのと同じだぜ?」
「…濱島"組"だと?」
俺は突然口に出されたことを、オウム返しのように聞き返した。
確かに濱島団自体は俺も聞き馴染みがあるんだが、あいつらいつの間に組になったんだ?
「ふふ…気になるか。聞いて驚くなよ」
すると問いをかけられた半グレは、どこか誇らしげに、衝撃の事実を口にした。
「俺たち濱島団は田嶋組崩壊を引き起こし、その実績を元に、団から組に昇格するんだよ!」
「昇格…。ってことは、この襲撃と爆発を起こした犯人ってまさか…」
「俺たち濱島団が主導で引き起こしたことだ」
"バコンッ"
「ぐはぁッ」
半グレの言葉を聞いた瞬間、俺は半グレの1人を殴り飛ばしていた。
それもメリケンサック付きの拳で勢いよくだ。
これには流石の濱島団員も、声を上げて一瞬で気絶してしまった。
「おいてめぇ!なにしやがんだ!」
もう1人の半グレも、この状況を見て勢いよく俺に殴りかかってくる。
"グギッ"
だが俺はその拳をメリケンサックで受け切り、鈍い音の後、逆に男の拳から血が流れた。
「ぐわぁッ!痛えっ」
彼が悶絶しながら手を押さえだした。
そんな無防備な男に俺がトドメをさそうとしたその時。
「やらない方がいいんじゃない?組長さんの居場所が聞き出せなくなるよ」
後ろから聞き馴染みのある女性の声が聞こえてくる。
「ずいぶん遅かったな、土田」
「うるさいよ。それに君もまだまだ体術がなってないようだけど?」
彼女の罵倒もどこか懐かしい気がするな。
「一般人に無茶を言うな。でも来てくれて助かった。一瞬本気でコイツを殺しそうだった」
「感情に身を任せちゃうのは今後の課題だね」
課題を提示されてしまったが、今は改善に尽力する暇なんてない。
「わかってるよ。それより立ち話は後にして、まずは田嶋を助けないとな」
俺はなんとか軽口タイムから任務モードへ舵を切る。
「そうだね。濱島団が海城組崩壊を実績にしたいのであれば、組長の首を取るのが一番手っ取り早い。もしかすると今も危険な状況かもしれない」
土田が半グレの1人の首根っこを掴みながらそう話す。
「ああ。それに建物もいつ崩壊するか分からない。どっちにしろゆっくりはしていられないな。」
俺はそう言い、土田に顔を向ける。
「田嶋は俺にとってもう友達みたいなもんだ。土田、力を貸してくれないか?」
俺が土田に頭を下げると、土田は笑顔で口を開いた。
「君からの頼みは断らないよ。盟約者だしね」
そう言い彼女は俺の手を握った。
その手は柔らかくて、誰よりも力強い信念を感じた。
「ありがとう」
俺は土田の手を握り返す。
他人のようで、より密接な盟約者。
俺1人では不可能なことも、彼女がいればできる気がする。
俺たちはともに目を燃やし、今日の課題の解決を心に誓った。




