第53話 勧誘と盟約
「俺がスパイに?そんなものになって、お前らに何の利益があるんだ。勧誘ならもっと有能な奴がいるだろ」
俺は驚きを隠しつつ、西野に疑問を投げかける。
「いえ、あなた以外に適任はいません。あなたのその行動力、様々な事象に柔軟に対応できる頭脳、そして心の奥底で密かに燃えている"復讐心"。これだけ復讐に情熱を燃やし、かつ有用な人材はあなたの他に存在しない。REBELLIONとしては喉から手が出るほど欲しい人材なのです」
…自分は他人よりかは理論派だと思っていたが、まさかここまで評価されるほどとは思わなかった。
それに西野のいう復讐心、これを持つものは他にもいそうだが、西野が俺の前に姿を現している時点で、大体の人物は来田に殺害されてしまったのだろう。
このまま西野の提案に乗るべきだろうか。
確かに今後のことを考えたら、より情報が多く入るであろう団体に入るのが吉だろう。
それにREBELLIONは、来田商事にも潜入できるほどの能力を有している。
これだけ聞くと、俺はREBELLIONに所属したほうがいいように思える。
だが…、俺の結論はもう固まっていた。
「悪いな西野。俺にはもう盟約を結んだ奴がいるんだ。だから、そいつを裏切るような真似はできない」
俺は力強くそう言った。
自分でも驚いたくらいだ。
まさか俺がここまで土田を信頼するとは。
正直REBELLION加入拒否の口実ではないと言えば嘘になるが、それでも俺自身がこの"盟約"を大切にしていることは事実だ。
土田の前では絶対に言えないけどな。
すると、その言葉を聞いた西野は顔色を変えないまま口を開く。
「そうですか…。でしたらREBELLION加入は保留で構いません。でもその代わりに、私たち側も盟約という形で構わないので、あなたの力を貸していただけないでしょうか。」
「なるほど…、そうきたか」
俺は一瞬顔を歪ませながらそう呟いた。
おそらく俺がREBELLIONに加入しないのは織り込み済みで、本来の目的はこっちなのだろう。
先にベスト以上の提案をした後、ベストな提案をまるで妥協点のように提示し、交渉相手に相手との今後の関係も考慮させ、了承せざるをえない雰囲気をつくる。
ビジネスではよくある手法だ。
だがこんな初歩的な手にかかる俺でもない。
まずREBELLIONの素性も分からない以上、簡単に手を組むわけにはいかないだろう。
まあ土田と手を組んでいる時点で、素性も分からない相手と手を組んでいることになるんだがな。
「悪いな西野。この話は一旦持ち帰らせてもらえないか。生憎こちらにはもう盟約者はいるもんでな」
「ほう…、盟約者ですか。なら仕方ないですね。いいですよ、今は何も見返りがなくても。まあいつかは支払っていただきますけど」
「ああ、そうしてもらえると助かる。」
何故か分からないが、後払いが成立してしまった…。
「では私はこれで。何か用件がありましたらこれからは連絡して下さい」
西野はそう言いながら、俺に連絡先が記入されている紙を机に置き、そのまま家から出ていってしまった。
だが結果的には危険なこともなかったし、貴重な情報も手に入れることができた。
来田を調査している組織にスパイがいることは驚きだが、うまく利用すれば真相にも近づけそうだな。
俺はそんな事を考えながら家から撤収し、俺を心配しているであろう少女が待つ家へと足を進めた。
 




