第49話 実行犯と真犯人
「…何故土田がそれを知っている?」
凍りついた場、そして長く続く沈黙を打破すべく、俺は土田にそう問い返した。
「やっぱり君は甘いね。昨日廃工場で君に接触したとき、君の服に盗聴器を仕込んでおいた。それに私は海城組の組長室以外のすべての部屋に盗聴器を仕掛けていた。これ以上の説明が必要かな?」
その声を聞いた瞬間、脳の思考が一瞬で固まる。
いや、固まらない人間がいない方がおかしいだろう。
土田にこれまで話したくない内容が、すべて筒抜けであった…。
よくもまあここまで狂った行動ができたものだ。
「それで、土田は俺達に事件を探ることを止めさせたいのか?もしそうであれば断固拒否するが」
俺が土田に真剣な眼差しを向ける。
しかし土田は、また衝撃的なことを口走った。
「いや、別に事件に関して深掘りすること自体は止めないよ。現状で今1番自由に立ち回れるのは君たちだからね」
「何だと?土田は俺達の今やろうとしてることを止めに来たんだよな?」
あまりの衝撃に、俺は土田にさらに問をぶつける。
「そうだよ」
「でも事件に探りを入れることに関しては…?」
「別に好きにすればいいんじゃない?」
「じゃあ土田は何を止めたいんだよ!」
目の前で繰り広げられる矛盾に、俺は声を大にして土田に迫る。
「まあそうなるよねぇ」
土田は顔を歪ませながら、俺にそう言う。
そして土田は少し考える素振りをしてから、再び俺の方に顔を向ける。
「まあ正直に言うよ。君達が探っている事件の実行犯は宜保恭介でないことは知っているよね?」
「ああ、その点は田嶋からある程度説明されている。」
「じゃあ実行犯と裏で手を回していた真犯人が存在していることも知っているね。そしてここで問題になってくるのが、おそらく田嶋華音が恐怖心を抱いている人物が、"実行犯"ではないということ。つまり事件を探っても恐怖心の元凶は見つけられないってことだね」
「何だと!?」
思わず大きな声が出てしまった。
まさか華音の恐怖心を探るための行動が、俺や田嶋の来田への復讐の調査にしかなっていなかったなんて思いもしなかった。
「まあ田嶋華音が恐怖心を抱いてる人物は来田で、例の事件の真犯人も来田なんだけどね」
「は?」
俺が頭の中で思考を巡らせていると、土田がそれを一瞬で破壊する爆弾を投下してきた。
俺達が必死で求めていた情報を、土田は一瞬で言い上げてしまう。
つまり俺達が建てた仮説Cが正しいこと、仮説Bは来田が実行犯でないためありえないことが、いきなり明らかになってしまった。
あまりの衝撃に俺は開いた口が塞がらなくなってしまった。
「つまり私は、"君達が無理して真犯人、つまり来田を探す"ことで、来田に存在を認知されてしまうのを防ぐために、君に忠告をしに来たんだよ。」
「それを先に言え!」
あまりのシリアス展開に心を揺さぶられた時間を返して欲しい。
「つまり俺達は実行犯の調査だけしてろってことか…」
「まあそういうことだね」
俺の力無い言葉に、土田はいつも通り冷静に返答してくる。
本当に仕事は超一流なのに呑気な奴だな。
俺はそう思い、この話を切り上げようとした。
しかしその瞬間、俺の中の1つの疑問が頭を巡る。
もしこの事実が真実ならば、"あれ"は行場を失った情報になってしまう。
そう思った俺は力を振り絞って、土田にある質問をした。
「なあ土田。華音はその"真犯人"、つまり"来田"に恐怖を抱いているんだろ。なら何で華音は"男に変装した土田"を見てトラウマが蘇ってきたんだ?」
その質問をした瞬間、土田がこれまで見たこともない形相で俺を睨みつけてきた。
「たとえ君であってもそれは教えるわけにはいかない。今はまだ…ね」
土田のあまりの威圧感に圧倒される俺。
恐怖のあまり手も足も、口でさえも動かなくなってしまった。
「じゃあ用事はこれで終わり!くれぐれも来田に関わることは無いようにね〜」
固まってしまった俺を見て、土田は俺に声をかけ、綺麗な笑顔を向けてから部屋を出ていった。
いつもの土田からは想像もできない顔と声色だった。
土田がそれほどまでにして言いたいことは何なのだろうか。
俺はまた思考を巡らせようとしたが、さっきの恐怖体験で土田の顔も考えたくなくなってしまったため、そのまま何も考えずに部屋を後にした。




