第38話 記憶と恐怖
◇少女の記憶◇
土田との会話から半日、俺は海城組本部の華音の部屋にいた。
というのも、田嶋から華音の面倒を見るよう言われてしまったため、仕方なく彼女のベッドの隣で、彼女の目覚めを待つことになってしまったのだ。
田嶋が俺のことを信頼してくれるのは嬉しいが、流石にこの状況は困る。
すやすやと寝息を立てて、可愛く眠る少女。
少しパジャマがはだけて、大事な部分が露出しそうにもなっている。
もし華音が起きたら、俺が暴漢を疑われそうなシチュエーションだ。
起きたら面倒だが、説明しないとな。
そんなことを思っていると、遂に眠れる少女は身体を少し動かしてから、目を開いた。
「…あれ?なんで私部屋で寝てるの?」
華音はそう言いながら起き上がり、周りをキョロキョロと見出した。
何が何だか分かっていなさそうな様子だ。
俺は少し怖いが、勇気を出して声をかけてみる。
「おはよう。ずいぶん寝ていたが体調は大丈夫か?」
その声を聞いた華音は、ビクッと身体を揺らしてから俺の方を向き、顔を赤らめながら、俺に当然の疑問を投げかけてきた。
「…牧野さん、なんで私の部屋にいるんですか?」
遂にこの瞬間が来てしまった。
どう弁明しようとしても、いかがわしい行為を疑われ、結局"己"という存在価値を下げてしまうような問だ。
正直この問題の回答は分からないし、怜奈意外の女性の扱い方も分からない。
だが、こんなところでしょうもない嘘をついても仕方ないよな。
そう思った俺は、これまでに起きたことを事細かく説明することにした。
華音がある人物に拐われたこと、俺が華音を助けに行ったこと、ある人物の正体は土田であったこと、気を失った俺が、華音をおぶって連れて帰り、田嶋の指示に従い花音の目覚めを待っていたこと、そして、俺は華音に一切手を出していないことまで、事の全てを華音に華音に打ち明けた。
その事実を聞いた華音は、少しの間黙り込んで下を向き、また顔を上げてから、俺に対して口を開いた。
「男に連れ去られたところまでは覚えています。まさかそんなことになっていたんですね。助けていただきありがとうございます。」
彼女の口から発せられる感謝の言葉、その声はなぜか震えていた。
やはり、俺が部屋にいることに怒っているのだろうか?
…いや、違うな。
これはあくまで俺の直感だが、この声の震え方は、怒りや拒絶ではない。
恐怖だ。
何が彼女をここまで恐怖に追い込み、そして苦しめているのだろうか。
深くまで詮索するのは野暮かもしれないが、少しでも華音の気持ちを落ち着かせてあげられるのならば、話ぐらいは聞いてみても良いのかもしれない。
そう思ったの俺は、早速華音に話を聞くことにした。
「なあ華音、もしかして土田に何か怖いことでもされたのか?」
その声を聞いた華音は、青ざめた顔をこちらに向け、顔を横に振りながら、返事をしてきた。
「何も怖いことはされてないです。襲われるのは日常でもよくあるし、スタンガンを当てられるのも慣れてますし。だけどあの男、いや、土田さんが私にスタンガンを向けられたとき、少しだけ恐怖を感じました。あの時は大丈夫だったはずなのに、今では震えが止まらないんです」
「そうだったのか」
あの表向きでは怖いもの知らずの華音が、それほどまでに恐怖を感じた。
一体何に恐怖心を感じたんだ?
「華音はスタンガンに恐怖心とかトラウマはあったりするか?」
俺は考えられる1つ目の仮説を、華音に問いかけてみた。
しかし返答は、
「ないです」
の一言だった。
この仮説は外れたことになる。
「じゃあ土田に対しては、何か怖いと思う部分はあったりするか?」
俺は、次に考えられる仮説を、再び華音に問いかけてみる。
すると華音は、一瞬考え事しながら黙り込み、しばらくしてから口を開いた。
「土田さんに恐怖を感じるのは、牧野さん関連のときだけですから、この恐怖心には関係ないと思います」
なるほど、だとするとこの仮説も間違いということになるな。
というか、土田は俺がいない時に何をやってるんだよ。
そう思ったが俺は、とりあえず気にしないことにし、この仮説を捨て、新たな仮説を考えようとした。
しかし、その瞬間に華音がさらに口を開き、それを制止させた。
「だけど…、土田さんが男性に変装した姿が、誰かに似てる…。記憶の奥底に眠っている、"謎の人物"に。私が恐怖を感じているのは、多分その人物の雰囲気を感じだったからだと思います」
俺はその言葉を聞いた瞬間、口が接着剤でもつけられたかのように、動かなくなってしまった。
土田の変装した姿に似る人物とは一体、誰なのだろうか。




