第35話 少女の危険
◇少女の登校◇
牧野さんが見送ってくれた後、私は静かに学校までの道のりを歩いた。
いつもは朝が苦痛なのに、何故か今日は気分が良い。
学校に行っても周りから恐れられ、誰にも話しかけられない私が、何故か今笑ってしまっている。
それが何故なのかは分からない。
やはり、牧野さんの影響なのだろうか。
まあそんな事は考えても仕方ないかと、思考を放棄する。
30分くらい歩くと、私の通う高校、景栄高校が見えて来た。
景栄高校は、様々な事情の生徒を受け入れてくれる、いわば裏社会の教育組織だ。
とはいえ行われる授業は、普通の高校の教育課程と変わらないため、とくに不安に思うことはない。
それに、この高校に通う生徒は大体海城組以下の組織の子供だ。
私に危害を与える人間はそうそういない。
そのため私は非現実ながらも、現実に近い教育を受けているわけだ。
何も困ることはない。
そう思いながら私は歩みを進め、校舎へと入っていった。
◇急変の使者◇
私は校舎に入ると、そそくさと歩みを進ませ、すぐに教室に入り、席に着いた。
そしてお気に入りの本を開き、その文字を読む事に意識を集中させた。
基本ひとりぼっちな私は、本当にやる事がなく、退屈な日々を過ごしている。
だから私は、できる限り1人で出来ることを、普段からの探すようにしている。
その時にたどり着いたのが、この読書だ。
読書は良い。
読むだけで一般社会の流れを知ることができ、一般人の考え方を学ぶ事が出来る。
別に友達が欲しいわけじゃないけど、今後のコミュニケーションのためには必要な事だ。
いつか使う日が来るはずだからね!
そう思いながら本のページを着々と進めていると、急に校内中にうるさい音が鳴り響いた。
ビービービー!
私は何事かと思い本を閉じ、周りを見渡すと、さっきまで普通に過ごしていた人達が、血を流して倒れていた。
「どういう事?」
私が呟くと、背後から野太い男の声が聞こえた。
「マイペースな奴だな、田嶋のとこの女。それとも単に、ビビり過ぎて声もでねえだけか?」
「ごめんなさい。私、集中すると周りが見えなくなってしまうの」
茶髪のロングヘアーの男の煽りに、私は声色を変えて返答する。
私お得意の威圧だ。
これに動じなかったのは過去に2人、父さんと牧野さんだけだ。
だから私は、油断していた。
「へっ、やっぱりマイペースなだけか。そんなお前に1つ教えてやろう、俺はお前をさらいに来たんだ。来田正成さんの命令でな!」
男はまったく動じる素振りを見せず、そう言った。
私の威圧感を受けないことへの驚き、その感情がいつもの私にはあったのかもしれない。
だが私は、ある一言を聞いた瞬間、我を忘れていた。
来田正成、私の母さんを殺した男…!
許せない。
その感情を抑えられず私は、スカートのポケットに入れていた小型ナイフを手に取り、男に斬りかかろうとした。
だが、正気を失った私の攻撃を避けるのは、男にとって容易かったのだろう。
私の攻撃は無情にも空を切り、そのまま私は、背後からスタンガンを当てられてしまった。
一瞬にして身体中を襲う電撃。
私はそれに耐えきれず、倒れ込んでしまった。
「口程にもない女だ。正直がっかりだぜ」
男の勝ち誇った声が聞こえてくる。
私は、殺されてしまうのだろうか?
母を殺した来田正成への復讐も、今まで1人で私を育ててくれた父さんへの親孝行も、牧野さんに感じた運命の正体の確認も、まだ何ひとつ達成出来ていない。
そんなままで、私は死にたくない!
私は強くそう思った。
だから私は最後の力を振り絞って、胸ポケットに隠してあった、"あるボタン"を押した。
『助けて、牧野さん…』
私はそう強く願い、そのまま意識を失ってしまった。




