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私のこと、見ていてほしいです

「ごめんなさい」


 碧くんが2階に行ってからすぐにお母さんは、私に謝った。


「お母さん?」


「私は、瑞季の母親失格ね。理想を押し付けてごめんなさい」


「そ、そんな……。私は、ただ自分のために頑張ってきただけなのでお母さんが謝ることはありません」


 私は、別にお母さんに謝ってほしいわけじゃない。お母さんが自分へ過度な期待を持っていたなんてここ最近始めて知ったのだから。


 今までお母さんに見てもらうために何か興味を引けるような人になれるよう私は、いろんなことを頑張ってきた。けど、お母さんの理想は高すぎた。


「頑張っているのに褒めてあげれなくてごめんなさい」


(謝るのは私もだ……。もっと前から素直に言えたら良かったのに)


「お母さん……。私は、褒められたいわけではありません。私のこと、見ていてほしいです」


 お母さんにわがままを言ったのは、これが初めて。見ていてほしくても仕事が忙しそうだったので今まで言えなかった。


 けど、言わなければ何も変わらない。何も変えられない。本当は、もっとたくさんある。お母さんとたくさん話したいとか、家族みんなで遊びに行きたいとか。


(わがままかもしれない……けど、見てほしいということはわがままではないんですよね? 碧くん)


「頑張るのはもうやめました。私は、私らしくいます。そんな私をお母さんには見守ってほしいです」


 無理して頑張り続けるのには限界がある。そう気付かせてくれたのは彼だ。何かを頑張って興味を引き付けても無理なら見てほしいと口に出せばいい。


「わかったわ。不器用な母親だけど、これからは仕事優先じゃなく瑞季のことちゃんと見てあげられるようにするわ」


「言いましたね? ちゃんと見てくださいよ?」


「えぇ、ちゃんと見守っているわ」


 まだ距離はあるけれどこれからだ。これからどうなるかは私とお母さん次第。またお互い思うことを口にしなければすれ違うし、距離ができる。

 

 いつか家族みんなで何か1つ思い出を作りたいこと、学校でのこと、友人、恋人のこと、お母さんに話したかったことを少しずつ話せたらいいな。

 





***





「お母さんと話せた?」


 帰る前、玄関で瑞季にそう尋ねた。すると彼女は小さく頷いた。


「話せました。碧くん、ありがとうございました」


「俺は、何もしてないよ。けど、良かった」


「はい……。では、学校で」


「うん、また。お邪魔しました」


 瑞季の家を出た後、家に帰っていると公園のベンチで1人座っている優愛の姿を見かけた。


「何してるんだ?」


 スマホを見ていた彼女は俺の声に気付き、顔をあげた。


「おぉ、碧だ! ここで寝泊まりしようかなと」


「もう外暗いしこんなところで1人いたら危ないぞ」

 

 いつもの軽めの冗談を言っているかと思い、早く帰った方が言いというが、彼女は、帰る様子はない。


「家帰ったら気まずいし帰りたくなーい」


「子供か。もしかしてまた親と喧嘩か?」


 中学の頃、優愛からよく親と些細なことで喧嘩している話は何回か聞いたことがある。


「そうなんだよー。お母さんが私が買ったケーキ食べてさそれでもう大喧嘩」


 子供みたいな喧嘩だな。ケーキ食べられたぐらいで家出みたいなこと普通するか?


「ケーキなら俺が買ってやるから家に帰ってお母さんと仲直りした方がいい」


「わーい、やったぁ〜!」


「で、本当のお母さんとの喧嘩の原因は?」


 優愛は、話したくない時にはわざと話を変えて話してくる時がある。彼女は、誰かに食べ物を食べられただけで喧嘩するような人ではない。


「進路関係の話で親と揉めた。まぁ、他にも理由はあるけど」


「大変だな……」


「まぁ、公園で寝泊まりとか寒くて無理だから帰るけどね」


 優愛は、たまにほっとけないほど見ていて不安になる。


「大丈夫か?」


 そう尋ねると優愛は、下を向いて首を小さく振る。


「大丈夫ではないかも。けど、これは自分の問題だから……」


「わかった。困ったらいつでも相談乗るからな」


「ありがと。碧のそういう心配してくれるところ好きだよ」


 顔をあげて小さく笑う彼女。だが、それは、心配をかけないようにと無理した笑顔に見えた。


「優愛には感謝しきれないほど助けられたからな。じゃあ、また学校で」


 そう言って立ち去っていく俺の背中を見つめて優愛は、小さく呟いた。


「助けられたのはこっちだよ……」







***







「お邪魔しまーす」


 いつもなら4人で昼食を教室で食べるが、今日は優愛も一緒だ。


「おぉ~、優愛ちゃん。久しぶり、1年の委員会で話した以来?」


「そだね。露崎ちゃんも久しぶり」


「お久しぶりです」


 どうやら香奈と優愛は一度話したことがあるらしい。瑞季は、この前の文化祭で優愛とは会っているので緊張なく話していた。


「ごめんね、いつも食べてる子達が今日は部活の子と食べるみたいで1人だから一緒に食べてもいい?」


「いいに決まってるよ~。優愛ちゃんは、碧とは同中だっけ?」


「そうだよ。えっと、前山くんだよね? 初めましてだから一応自己紹介しておくよ。城市優愛です」


 優愛と晃太は、初対面のためお互い自己紹介をする。


「前山晃太だ。城市さん、去年の体育祭リレーでアンカーやってたよね?」


「うん。クラスの人が足速いからやらないかって推薦されてアンカーやったんだよね」


「推薦されてアンカーなんて凄いですね」


「凄いかなぁ~」


 あははと笑う彼女は「めんどくさかったけどみんなが言うから仕方かなくやったんだよね」と言いたげな顔をしていた。


 顔に本音が駄々もれだな……。優愛の場合、無理して引き受けたわけではなさそうなので何も言わないことにした。



 放課後、今日は瑞季が家の用事で帰りのホームルームが終わってからすぐ帰っていったので久しぶりに香奈と晃太の3人で帰ることになった。


「修学旅行の夜、ホテルから出なければ中を自由散策していいらしいよ。時間合わせてどこかで4人で集まりたいね」


「集まって何するんだよ」


「何って部屋着のお披露目会だよ。晃太は、私の寝間着見たいよね?」

  

「うん、見たい」


 晃太、素直な奴すぎるだろ。即答してたし。晃太の言葉に香奈は、ニコニコと嬉しそうだ。


「碧もみっちゃんの可愛らしい寝間着着てるところ見たいよね?」


「あーはいはい、見たいです」


「雑い! 照れ隠しにもほどがあるよ」


「てか、寝間着着たまま部屋から出たらダメだって今日、配られた修学旅行のしおりに書いてあったの見てないのか?」


 そう言うと彼女は、急いでカバンから修学旅行のしおりを出して確認する。


「ほ、ほんとだ……。じゃあ、仕方ない……私だけが見ちゃおっかなぁ~」


「何だよ、そのニヤニヤ……」

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