頑張ったご褒美
体育祭当日。俺は、暑い中、テントが張ってある観客席で座っていた。
体育祭って自分が競技に出る以外はわりと暇というかなんというか……。暑さにやられてだんだん意識が遠退いていきそうになったその時、頬に冷たいものが当たった。
「水分補給は大切ですよ」
聞き覚えのある声がして振り向くとそこには瑞季の姿があった。
体育祭ということもあり彼女は、髪をひとつにまとめており、可愛いと思ってしまった。
「ありがとう……」
瑞季から冷えた水のペットボトルを渡され、飲む。飲み終えふと隣に座った瑞季の様子が気になった。ほんのり顔が赤くもしかして瑞季も同じ状況なんじゃないかと思う。
「瑞季も飲んだ方がいいぞ」
先ほど飲んだペットボトルを瑞季に渡すと彼女は驚いたような表情をした。
「た、確かに喉は渇いてますが、それは碧くんのものですし……」
「買ってきたのは瑞季だろ?」
「そ、そういうわけではなく碧くんが一度口に付けたものを私が飲むと間接キスになります」
間接キス……き、気付かなかった。そりゃ、嫌だよな、俺の飲んだ後に飲むとか。
「ごめん、新しいの買ってくる」
買ってきてもらったので今度は俺がと思ったが、瑞季は体操服を引っ張ってきた。
「碧くんがいいなら飲んでもいいですか? 今から競技で買ってもらっても飲めないと思うので」
「えっ、うん……飲みたいならいいけど……」
ペットボトルを瑞季に渡すと彼女はそれを受け取って蓋を開けた。
なんか、飲まれる側がドキドキするのは何でだろう。
彼女の唇に意識がいってしまい。暫く見つめていると飲み終えた瑞季が「何ですか?」と問いかけてきた。
見つめていることがバレて俺は何でもないと言ってすぐに視線をそらした。
「残りは碧くんにあげます。こまめに飲まないと熱中症になりますよ」
「うん、心配ありがとな」
瑞季からペットボトルをもらうと支倉さんがこの場に来た。
「瑞季、もうすぐ借り人競争だから一緒に行こうよ」
「あっ、はい。碧くん行ってきますね」
「うん、頑張って」
手を振り、瑞季を見送った後、後ろから晃太に肩を叩かれた。
「彼女さん、次出るらしいぞ。もちろん、全力で応援するよな?」
「もちろん、応援する。そう言えば香奈は?」
「香奈も借り人競争。碧、もしかしたら露崎さんが来るかもとちょっと期待してる?」
ニヤニヤしながら聞いてくるが、期待しているのはどちらかと言えば晃太の方ではないかと思う。香奈に来てほしいなぁ~と。
「期待してない。それにあんまり走りたくないから」
体力がないわけではないがこの日陰の場所からわざわざ暑いところに出るのは嫌だ。
晃太と話していると借り人競争が既に始まっており、「ハンカチ持ってる人!」と走ってきて呼び掛けている人がいた。
「香奈来たぞ」
こちらに向かって走ってきた香奈の姿を見て俺は、晃太に教えた。
「碧、来てくれない!?」
「えっ、めんどい……」
香奈は、まさかの彼氏である晃太ではなく俺に来てほしいと言ってきた。
「めんどいじゃないの!」
手を引っ張られ、連れていかけそうになる。助けを求めようとしたが晃太は「行ってこい」と言う。
「晃太じゃダメなのか?」
「晃太はお題と全く違うから。はい、いいから来て」
晃太じゃなくて俺に当てはまるお題が何か気になり、俺はわかったと言って香奈とゴールに向かって走った。
香奈の順位は6人中2位。出番が終わり、香奈と観客席へ戻るそのタイミングで俺はお題を聞いてみることにした。
「香奈、お題って何だったんだ?」
「お題は、『ツッコミが上手い人』だよ」
「おい」
友達とかそういうのだったら良かったのだが、まさかの『ツッコミが上手い人』って……。
「そろそろみっちゃんの番だし早く観客席戻りなよ」
「……そうだな」
先ほどいた場所に戻り、晃太に戻ってきたと伝えるとお題のことを聞かれ、そして納得された。
「好きな人とかだったら露崎さん絶対に碧のところに来るだろうな」
「だから別に期待してないから」
「そう言ってちょい期待してるだろ?」
「……まぁ、少しは」
「碧くんは、ツンデレですな」
「うるさい」
晃太といつものノリで話していると周りがざわつき出したので何かと思うと次は瑞季の番らしく誰を借りるのだろうかと皆、気になっていた。
瑞季の番が来てここから彼女のことを見ているとお題を引いて紙を見た瞬間、迷わずこちらの方に走ってくる。
「碧くん、来てもらってもいいですか?」
「えっ、俺?」
「はい、あなたです」
手を差しのべられ、俺は彼女の手を優しく取った。そして手を繋いでゴールまで走った。
退場門から出た後、瑞季と一緒に観客席へ戻ることにした。
「碧くん、ありがとうございます」
「1位おめでと。ちなみにお題って……」
気になって仕方がなかったので聞いてみると瑞季はふふっと笑った。
「何だと思いますか? 私は、何度かあなたに言ったことがありますよ」
何度も言った言葉……えっ、大好きとかか? いやいや、他にもあるはずだ。
彼女から言われたことを思い出そうと必死になって考える。
「えっ、もしかして優しい人?」
「えぇ、正解です。せっかくなら好きな人というお題が良かったですね。次は、学年対抗リレーですよね? 碧くん、頑張ってください!」
「おう、頑張るよ」
「頑張ったらご褒美あげますね」
そう言って彼女は観客席へと小走りで去っていった。
「ご、ご褒美……?」
***
「もしかしてご褒美ってこれ?」
体育祭の次の日、いつも通り4人で食べようとなったその時、瑞季から弁当箱を受け取った。
「はい、手作り弁当です。男の子は、彼女に作ってもらうお弁当を一度でいいから食べたいと香奈さんから聞きました。1位、おめでとうございます」
「ありがとう、瑞季」
昨夜、瑞季から明日は弁当を持ってこなくても大丈夫ですとメッセージが来たときは何で?と思ったがこういうことか。
香奈の方を見ると彼女は小さく親指を突き立ててグッとしていた。
「香奈様、ありがとうございます。香奈様のおかげで彼女の手作り弁当が食べれます」
「お礼はいいんだよ、少年。友達の夢を叶えるのは当然だろ?」
なんだそのキャラは……とツッコミたくなるが、香奈には感謝だ。
「それよりみっちゃん、料理上達した? 見ててすっごい美味しそうだけど」
瑞季が作ったお弁当を見た香奈は、いつもの口調に戻り彼女に尋ねた。
「まぁ、あれからたくさん練習しました。レパートリー少ないですけど」
「いやいや、凄いよ。私なんて何回やっても卵焼き焦がしちゃうしすぐ諦めちゃうんだよね」
「良かったら私が教えますよ」
「やった! お願いします!」
香奈と話し終えた後、瑞季は、作ってもらった弁当を食べている俺に話しかけてきた。
「お味はどうです?」
「美味しい。特にこの卵焼き……昔、友達とケンカして家に帰って泣いてたら泣くなよ男だろって婆ちゃんに言われて、俺が卵焼き食べたいってお願いして婆ちゃんに作ってもらった時の卵焼きの味だ」
昔の思い出を語りつつ卵焼きを食べている碧に対して瑞季は、なぜ卵焼きを食べたくなったのだろうかと考えるのであった。




