10話 採取者は消耗する。
通称『魔の境界線』と言われているランクEの薬草採取場所。
街から歩いて2時間の距離にあり、魔物の群生域『魔の森』の手前にある。
ここは冒険者の1つの境界線ともいえる場所で、ここで冒険者として活動できるか、冒険者を引退するかを決める場所として有名であった。
気を抜くと魔の森からの魔獣の脅威の中で採取や討伐を行う。
ランクEの採取場所というが、基本的にランクDの冒険者にとっての美味しい狩場として有名である。
何故なら常に野獣や魔物は群れで行動し、血の匂いで次々と湧く事ので、実力がある冒険者パーティーが各々で狩りやすい狩場を設けている。
簡易的な休憩場所を設けて、数日ここの場所に籠り、魔物の群れを相手にしていた。
ギルドの受付嬢からも『魔の境界線』について説明を聞いていた。
「あの場所は冒険者が集う場所です。
ランクD以下の冒険者パーティーに最適な狩場として有名です。」
「集うですか?」
「はい、4~5人組のパーティーが複数活動してます。
ランクDの常時依頼にもありますが、黒犬と狼の群れの駆除、魔獣の討伐。」
「群れの駆除かー。」
「はい、魔素が豊富な為に複数の群れが目撃されてます。
数が多いから群れるのか、魔の森の近くだから群れるのか・・・。
今のところ原因は不明ですが、定期的に駆除しないと街への被害も考えられますからね。」
「そうなんですか?」
「はい、街の周辺や防壁付近の野犬の群れは、魔の境界線から向かってきたと考えられますから。」
「あの複数活動してるなら他の冒険者達から離れて採取した方がいいですか?」
「んー?彼らの活動を妨げないなら大丈夫ですよ。
冒険者の活動は自己責任、少なくとも自分達の実力に合わない事はしないはずです。」
「僕も実力に合わないんですが?
ソロで魔獣の目撃情報ある場所へ向かう段階で場違いな気が・・・。」
「リト君の実力なら大丈夫ですよ。
野犬の群れに単独で向かう胆力、少なくともランクに見合わない実力があるとギルドでは評価してます。」
「過大評価では?
僕はただの薬草採取者ですよ?」
革装備に背負い篭の冒険者スタイル、採取ナイフが唯一の武器と戦う姿では無い。
多少の魔法が使えるだけの子供である、リトは自分の事をそう考えていた。
「今日は魔の境界線の下見をしてきます。
危険な場合は即逃げてきます、怪我とか怖いので。」
「魔の境界線は怪我の心配よりも死ぬ心配をした方がいいですよ。
野犬の群れも街の周辺で目撃されている個体より強いと報告がありました。」
「・・・様子見してきます。」
「出来ればリト君も魔の境界線で活動できる冒険者に育ってもらいたいです。」
「あははは、僕は死にたがりじゃないので慎重に生きます。」
「あははは、リト君以上に慎重な冒険者はいませんよ。」
受付嬢にそう言われたが、万が一を考えギルドで販売している『回復薬セット』を2つ購入した。
この回復薬セットは、回復ポーションなど怪我したときに使うポーションのセットである。
回復量こそ少ないが冒険者御用達の必需品である。
街へ帰還できないときの為に、毛布代わりのマントも購入して、魔の境界線へ向かう。
周囲を『感知』して進むより、『隠密』で素早く目的地へ進む方がいいと思い、リトは素早く駆け出す。
街から離れると『感知』にて害ある反応が多い事に驚き、『警戒』スキルで安全地帯へ移動する。
『隠密』スキルの影響でリトに気が付くモノはいないようだが、常に緊張する状況に疲れ始める。
いつでも逃げれるように『感知』していたが、魔の森から定期的に害ある反応が移動しているのを知り、「冒険者の数がギリギリっぽいな」と他人事のように呟く。
少なくとも今のリトがここで頑張って駆除に参加するつもり無い。
『感知』スキルで害あるモノ達が、冒険者達と戦闘を繰り返しているのを感じ、今後の参考になると思い移動して行く。目視できるギリギリの位置にて静かに見守る。
『隠密』スキル全開である、向こうで戦闘している誰にもリトの存在を感知せずに戦い喰い合っている。
黒犬の群れを瞬殺している剣士、風魔法で切り刻む魔法使い、殴り潰す格闘家。
少なくともリトの知らない戦闘技術がリトの目の前で行われている。
「一太刀に見えて3回以上切り刻むかー。
あっちの魔法は魔力効率の割に魔法の威力がスゲーな。
黒犬の頭が殴って吹っ飛ぶって威力が規格外だ。」
見た目の派手さも凄いが目の前の冒険者達の纏う魔力量が半端無い。
1つ1つの攻撃がリトにとっても必殺技に見える。
「これがランクDの冒険者の実力かー。
凄いと思うけど、憧れは無いなー。
あそこまで鍛えるのは無理というか面倒そうだ。」
野犬の群れの駆除は数分で済ませ、次に湧いてきた狼の群れを倒していく。
『感知』と『警戒』で安全地域を確保し、『隠密』にて行動を開始する。
『採取』にて魔の境界線の薬草を採取していく。
この場所にて薬草の存在は少なく、視界いっぱい見ても10本前後の薬草しか確認できない。
魔素の多い場所に薬草が生い茂ると聞いていたが、この場所は無駄に毒草が多い。
「毒草の楽園かー。」
薬草採取しながら街へ近づく、『感知』と『警戒』で移動の安全を確保。
『隠密』と『採取』で静かに採取を行う。
常に2つ以上のスキル使用により魔力消費も激しいが、いつも以上にスキルの使用頻度向上により、スキルの能力が向上していくのを感じている。
「補助スキルばかり育つなー。
戦う気ないからいいけどさー。」
魔の境界線を音も無く移動し、薬草をサクサクと採取する。
本来殺伐とした魔の境界線での活動で、これ程静かに安全に活動している冒険者はいない。
黒犬の群れや狼の群れの中にいて、気配を殺し活動する事自体あり得ない。
黒犬の存在感、狼の威圧感、それは野犬の群れのソレとは違う、常に纏わりつく死の気配。
「緊張感は最高潮ー。薬草も確保したし街へ逃げようー。」
数時間緊張しっぱなしだし、何より結構な勢いで魔力も消耗している。
このままでは街へ帰るには何度か休憩をし、精神的にもギリギリな感じになりそうな気がする。
魔の境界線で採取可能な薬草は合計30本確保している。
キチンと10本1束にはしていないのは、この場所での薬草採取に自信が無いからだ。
リトは大きく深呼吸をし、『感知』と『警戒』のスキルを解く、次に『隠密』を行使し街へ向け走り出す。
疲れていたので速度は出てないが、早い時間帯に街へ帰れそうなので、「魔の境界線こわいわー。」と考えながら帰還する。
ギルドへ帰還し、背負い篭を受付カウンターへ置き、「魔の境界線の薬草です。」とだけ告げる。
受付嬢は篭の中を確認し、次にリトに怪我無いのを確認してから、笑顔で「お疲れ様です。」と答えた。
32番の札を渡され、リトは待合室の椅子に深く座り、体力と魔力の回復に努める。
「はぁー、疲れたー。
魔力消耗激しかったー。」
疲れて寝落ち寸前に「32番ー。32番ー。」と聞こえてきたので、眠い身体を無理やり動かし
受付カウンターへ向かう。
「魔の境界線薬草で間違いありません。
雑草や毒草の混入はありませんでした。
数の方は10本1束になりませんので、報酬額の方は依頼票に記載された6割の報酬額となります。」
「了解です。数を確保できなかったのは、こっちの不備ですから。」
無理をすれば10本1束に出来たが、あんな場所は早めに逃げるに限る。
今の自分にあの場所での活動は無理があるし、戦闘に突入したら100%逃げる事は不可能になる。
どう考えても無理を承知で活動する必要がある場所と認識した。
「魔の境界線は聞いていた内容の数倍ヤバいですね。
気を抜くと直ぐ死ねます。あっさり死にます。
津波の様に黒犬の群れが湧いてくるし、狼の群れは気が付くと後方に湧いてくるし・・・。」
「あははは、津波という表現は正しいですね。
常に湧く訳ではなく、静かな時間帯も確認されていますが、リト君が見た時は偶然湧き出して止らない時だったのでしょう。」
「それとランクDの冒険者の戦いを見ましたが凄かったです。
どう考えても真似できないし、戦おうという気が失せました。
僕は影に隠れて採取した方が向いてますー。」
リトは報酬の入った小さな革袋を手にしてギルドを出ていく。
少しだけフラフラし、疲れが見て取れた感じである。
受付嬢は心配になりリトに声をかけるが、「大丈夫ですー、少し眠いですー。」とだけ答える。
リトが泊まる宿屋はギルドの裏手なので心配ないと思い、リトが納品した薬草の確認を始める。
「薬草の状態は問題無し、端数での納品なのは残念。
魔の境界線から採取なのは見ればわかるけど、リト君は隠れて採取してたと言ってたな。
あの場所で隠れて採取可能なのかしらー。」
いつも以上に疲れていたから、本当に魔の境界線で隠れて採取していたみたいだが、ランクE冒険者にそんな事が可能なのか悩ましい。
「ジンさんが育てた冒険者だからあり得るのかな?」
宿屋へ戻ったリトは昼ご飯抜きなのを思い出し、食堂で焼き串を頬張る。
寝ぼけながらむしゃむしゃを食べていると、女将さんから「お腹すいたのかい?」と聞かれ、「昼ごはん忘れてましたー。」とぼんやり答えた。
「ちょっと待ってな、昼ご飯の残りがあるが食べるかい?」
「はい、おなかペコペコですー。」
「それなら焼き串の残りがあるから、持ってくるねー。」
女将さんが奥から焼き串の盛り合わせを運んでくる。
リトはお礼を言ってから焼き串を次々頬張る。
「この焼き串美味しいー。」
「香辛料の組み合わせで焼き串美味しくなってるでしょう。」
「はい、凄いうまいです。
いくらでも食べれます。」
「酒に合うって評判いいからね。
リト君は夜の宿屋で飲まないから知らないと思うけど、この宿屋の名物料理の1つよ。」
「女将さんの煮込み料理も好きです。」
「そりゃ、ありがとう。
今日の焼き串はサービスだからいっぱいお食べ~。」
「はい!」
睡魔も忘れて食べ続け、食べ終わり「ごちそうさまでした。」と女将さんに言ってから部屋へ戻る。
部屋へ戻り倒れるように眠りにつく。
体力もギリギリで魔力も枯渇ギリギリ、冒険者になってから倒れるまで無理をした初めての日となる。




