表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

時間貸します

作者: 十一橋P助

 1日24時間じゃとても足りない。

 料理を習いたいしキャンプにも行きたい。ジムにも通わなきゃならないし、エステにも行くべきだ。カフェめぐりやご朱印集めにも出かけたい。ゲーム配信にも手を出したいし、インスタライブも始めてみたい。やりたいことは山ほどある。美容のために睡眠時間は最低6時間とりたいからそこを削るわけにはいかない。こうなったら時間を作るために仕事を辞めてやろうかと思うものの、収入がなければ何も出来ないのだから本末転倒の考えだ。

 ああ、時間が欲しい。

 そんなことを考えながら家路を急いでいると、路地の奥の見慣れぬ店が目に付いた。そのガラス戸にこんな貼り紙がしてあったからだ。

『時間貸します』

 どういうことだろうか。興味を引かれ、ふらふらとそちらに足が向いた。

 ガラス越しに中を覗き込んだ。3坪ほどの狭いお店。中央に受付のようなカウンターがある。その後ろの壁には奥へと続く通路があるようだけど、カーテンで仕切られていて先は見えない。

 恐る恐る中に入った。カウンターの上に卓上ベルがあったのでそれを叩く。チンッと短い音から数秒後、男が姿を現した。スーツに身を包んだ初老の紳士だ。

「いらっしゃいませ」

 強面の人が出てこなかったことに胸を撫で下ろしつつ、

「あの。時間貸しますって、どういうことですか?」

「そのままの意味です。時間をお貸しするのです。例えば、あなたがここで1時間借りたとしましょう。すると明日のあなたの1日は、25時間となるのです」

「え?時間が増えるの?」

「はい。今日中にどうしても仕上げなければならない仕事があるけど時間が足りない。そういった場合に便利ですよ」

「確かに……。でもそんなことできるの?」

「世の中には時間が足りなくて困っている人もいれば、時間を持て余している人もいますよね?そういった方々の間を取り持って、時間のやりとりをするだけなのです。つまり時間の有効活用と言ったところですかね」

 店員は絵に描いたような笑顔を浮かべた。なんだか胡散臭い。訝しく思うけど、時間が増えると言うのは魅力的な話だ。

「ちなみに、1時間借りたらいくらなの?」

「100円となります」

 予想外に安い。これなら詐欺の心配はなさそうだ。

「借りるってことは、返す必要もあるのよね?」

「はい。返却期日の翌日、借りたぶんの時間が自動的に引かれるだけです。1時間返せば、その日は1日が23時間になる、という仕組みです」

 日々時間が欲しいと思っている私にとれば、減ってしまっては意味がない。

「あの、レンタル期間をもっと長くすることはできないの?」

「可能ですよ。借りる時間と期間の設定はお客様の自由ですので」

「だったら1日2時間を1カ月間借りるってこともできるの?」

「可能です」

 その場合の料金は6000円くらいか。騙されたと思って試しに借りてみようか。時間が増えればラッキーだし、そうでなくてもその金額ならそれほど痛手でもない。

 私は代金を支払い、1ヶ月2時間の契約を結び、店を後にした。



 最初はやっぱり騙されたのかと思った。でも次第に何かが違うと感じるようになった。回りの人間と時間の流れるスピードが若干異なるような気がしたのだ。だから1度、丸1日寝ずに細かな記録をとった。全ての行動の時間をチェックしたのだ。すると驚いたことに、どう計算しても24時間に収まらなかったのだ。

 やはり私の時間は増えていた。喜び勇んで増えた時間をやりたいことに当てた。だがそれもやがて満足できなくなった。2時間増えただけじゃ物足りないのだ。

 返却期限の1ヶ月を待たずして、私は再び例の店を訪れた。契約を変更するためだ。

「1日10時間貸して欲しいの。1年間」

 365000円。結構な額だ。でも私には考えがあった。増えた時間を利用して、水商売などの高額時給のバイトをするのだ。これで収入も増えるし、趣味にかける費用も捻出できる。

 翌日から1日36時間の生活が始まった。充実した毎日だった。やりたいことに片っ端から手を出した。時間がある分、全ての趣味はあっと言う間に高いレベルにまで達した。

すると思わぬことも起きた。新しく始めたネット配信が高額収入を生むようになったのだ。それは色んなメディアで取り上げられるようになり、私は益々忙しくなった。

 各方面から様々なオファーが来るようになった。時間がなければ断るのだろうが、私にはレンタル時間がある。足りないと思えばすぐにあの店に走り、借りる時間を増やした。

 そんな日々が続いたある日、目覚めてすぐにSNSをチェックしていた。すると気になる書き込みを見つけた。私のことを揶揄する言葉だ。実年齢のわりに老けて見える。最近急に老けた。劣化した。おばさんになった。散々な言われようだ。

女性に対してそれはないだろう。そう思うものの私にも実感はあった。どうも最近化粧ののりが悪いように思うのだ。そういえば最近エステに行ってなかったから、そのせいだろうか?よし、今日は予定を変更して全身メンテナンスだ。と、勢いよくベッドから飛び起きたのだが、そのとき腰に違和感が走った。そういえば、最近膝に痛みが出たこともあったっけ……。

 嫌な予感が脳裏を駆け巡った。私はすぐさま身支度を整え、あの店に向かった。



「当然でございましょう」

 私の身に起きたことを告げると、店員は済ました顔でそう答えた。

「お客様は現在1日45時間の生活をされていいらっしゃいます。それは普通の人よりも21時間多く時間を使っている……つまりそれだけ人よりも早く歳をとっている、と言うことなのですよ」

 1日21時間……。他人より倍の速度で歳をとるのにも等しい時間だ。そりゃ老けて見えるはず……いや、実際に老けたのだ。

「ねえ、何とかしてよ。今すぐ時間を返すから」

 私の訴えに、店員は辟易とした表情で答える。

「残念ながら、加齢という現象はいかなる手段でも元に戻すことはできません。それに、今時間をご返却いただくと、1日3時間と言う状態が3年ほど続くことになりますが、よろしいでしょうか?」

 私は、人生を生き急ぎすぎたのかもしれない。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ