9.卒業試験開始
一ヵ月後、ついに卒業試験の日となった。
この日まで、ネロはクロから身体と魔力を鍛えることを徹底的にさせられ、他のことは特に教えられなかった。毎日【重力増加】で負荷をかけられた中で運動を行い、それが終われば魔力がなくなるまで魔法を使わされた。
この、魔力を使い切るまで魔法を使うというのは、魔力を増やすための基本的な訓練法であるが、クロはそれにさらに魔力回路操作を取り入れることで、さらにそれを効率化させた。
<魔法を使わない時でも、回路を外出系に最大に適した状態にして、魔力を駄々流しにしろ。魔力がなくなれば、回路を閉じて、無駄なく魔力を溜めろ。そうすれば、魔法を撃たなくても自然と鍛えられる。>
この手法を取り入れた結果、ネロは体力が付き、多かった魔力も更に増すこととなった。周囲は、基礎的なことばかりやっていたネロを訝しく思っていたが。
(・・・退学寸前の僕が、まさか、卒業試験を受けるなんて・・・。)
<何を言っている。お前がマトモな理論を学んだ結果だ。引いてどうする?>
(・・・そうだね。・・・よし、頑張るぞ!)
<試験は、座学と実技だったな。>
卒業試験の内容は、午前に筆記テストを、午後から試験官との一対一の魔法の実技を行う。その結果が合計120点以上ならば合格、六級魔法使いの資格が与えられる。
(うん。筆記試験の範囲は、過去問とかで知ってるし、模試を受けて合格点を取ったこともあるから大丈夫だよ。)
<・・・お前の記憶で見たあれか。・・・あんな間違いだらけなことが正解扱いとは・・・頭が痛くなるな>
(それも、試験が終わるまでだよ。・・・じゃあ、行こう。)
ネロは、試験会場に入ると、自分の名前の札の置かれた席に座る。
しばらくして、試験官の教師が会場に入室すると、テスト用紙を配る。
「それでは始め!試験時間は三時間。終了者は、試験開始から十五分後に退室を許可する。」
試験開始と共に、受験生は一斉に記入を開始する。ネロもである。
「・・・。」
ネロは、淀みなくテストを記入していく。いつも見せる気の弱そうな少年ではなく、まるで長年同じ作業をやってきた、熟練のように見えた。
<・・・たかが紙のテストだというのに、まるで戦っている戦士のようだな。座学トップの肩書きは、伊達ではないということか。>
クロは、そんなネロの姿を微笑ましく見ているのだった。
<テストの結果はどんな感じだ?>
(90点以上は取れているはずだよ。)
筆記テストが終わり、実技試験の会場の向かうネロは、クロに出来を聞かれ、自信満々に伝える。
<さすがだな。・・・だが、ここからが本番だ。理論もそうだが、魔法使いには実践能力が何より重要だ。理論だけ知っていても、使えなければ意味がない。>
(分かってるよ。だから、この一ヵ月は基礎を固めをさせたんだよね。)
<ああ。今回の試験官の実力は分からんが、まあお前なら問題ないだろう。お前の知っている試験官相手ならな。>
クロは、ネロが今まで見たことがある実技試験の試験官の動きを思い出し、ネロなら問題なく合格できると見ていた。
<寧ろ、お前の相手をする試験官が可哀そうだがな。まあ、エディより強いだろうから、再起不能になることはないだろうが。>
逆に、試験官に同情していた。
「おい、ネロ。」
「!君は・・・。」
そんなネロに、受験生の一人が話しかけてきた。それは、以前ネロを馬鹿にしていた生徒の一人だった。
「・・・何?」
「・・・その・・・今まで・・・悪かった。」
「・・・別にいいよ。もう君は謝ったんだから。」
ネロはそう言うと、そのまま行こうとする。
「ま、待ってくれ!・・・こんなこと罪滅ぼしにもならないが、言いたいことがあるんだ!」
「・・・何?」
「・・・今回の試験官、エルト家の三男がやるらしいんだ!」
「!エルト家が!?」
<・・・エルト家。・・・ああ、あの馬鹿の実家か。>
「お前も知ってるよな?エディの兄貴だ。」
(・・・エルト家は、兄弟そろってこの学校の卒業生だったな。卒業生が、教師に変わって試験官を行うこともあるらしいけど、よほど優秀でないと認められないはず。・・・それに、このタイミングで試験官になるってことは・・・。)
「三男が、一番エディを可愛がっていたらしい。・・・もしかしたら、エディの復讐に、お前に何かするかもしれない。」
「・・・なるほど。分かった。気を付けるよ。」
「き、気を付けるって、相手は四級魔法使いだぞ!?お前でもヤバいって!」
「大丈夫。僕に教えてくれた人が言ってくれたからね。『お前なら大丈夫だ。』って。」
ネロはそう言って微笑むと、会場に行ってしまう。残された元いじめっ子は慌てて付いて行くのだった。
「・・・あれが、エディを再起不能にした生徒か。」
会場に向かうネロの姿を、立派な身なりの男性が見ていた。男性は、二十代前半くらいの年齢で、どことなく顔立ちがエディに似ていた。彼こそ、本日の実技試験の試験官ウーズ・エルトだった。
「とても弟を廃人にしたようには見えんな。」
「・・・ウーズ様。くれぐれも、公平に採点をお願いします。」
校長は、ウーズに私情を挟まないよう言う。
「無論だ。私も試験官である以上、私情は挟まん。あの生徒が卒業に値するなら、合格点でもなんでも付けよう。・・・だが、もし虚偽だったのならば・・・!」
ウーズは、周囲に魔力を放つ。それを感じた校長は、冷や汗を流すのだった。