6.クロの実力1
「・・・これより、エディ君とネロ君の魔法闘技を開始する。」
それから十分後、魔法闘技用の服装に着替えた二人は、学校にある魔法闘技用の闘技場にて対峙していた。
この闘技場は、魔法闘技だけでなく、学校の魔法を使用した競技全般を行える場所で、観客席も完備されていた。
既に観客席には、大勢の生徒達で埋まっていた。生徒達の表情は様々だが、大半はネロを心配するものだった。だが、エディの取り巻き達は、意地悪そうに笑っていた。
教師陣も、教師専用の席に座り、成り行きを見守っていた。一部の教師は、ネロが怪我をしてもすぐ治せるよう準備をしていたが。
「双方、準備はいいかな?」
「できていますよ。」
「<俺の方もできている。いつでもいい。>」
二人は、いつでも戦えると教師に言う。
「・・・では、始め!」
教師の開始の宣言と同時に、エディは魔法を発動する。
「【身体強化ランク4】!」
エディの周囲の空気が一瞬にして変わるのを周囲の人間達は感じた。
「さすがはエディだ!あの若さでランク4の身体強化魔法が使えるんだ!ネロなんて目じゃないな!」
「あーあ、ネロも可哀そうに。」
エディの取り巻きの生徒達は、エディの勝利を疑わず、これからネロがどんな倒され方をするのかを思い浮かべて笑っていた。
「<・・・。>」
一方、クロはそんなエディの姿を見て、何とも言えない表情をしていた。
「どうだ!俺の強化魔法は!この学校でランク4の強化魔法を使える奴はいない!」
「<・・・。>」
「エディ!ネロの奴、ビビッて何も言えないみたいだぜ!」
「殺さないように手加減してやれよ!」
自身の魔法を自慢げにひけらかすエディ。エディの取り巻きの生徒達に到っては、手加減してやるよう言い出す始末である。
「<・・・。>」
対するクロは、無言のままだった。エディはそれを臆したと思い、態度をさらに大きくする。
「どうした?今更怖気づいたか?まあ、今なら謝ったら許してやってもいいぜ?俺に土下座して・・・。」
「<・・・ハンデだ。俺は一分間、一切攻撃も回避もしない。>」
「・・・ああ!?」
クロはエディに、一分間好きに攻撃してこいと言い出す。それを聞いたエディは、馬鹿にされたと感じ、怒りを露わにする。
「お前・・・もう謝っても許さないぞ!ぶち殺してやる!」
「<殺す気でこい。そうしないとお前が死ぬぞ。>」
「この野郎!」
エディは怒りに任せてクロに殴り掛かる。明らかに手加減なしの一撃に、生徒はおろか教師陣も慌てる。
「いかん!死ぬぞ!」
「やめろエディ!」
だが、エディの拳は無情にもクロに直撃する。誰もがこう思った。ネロは死んでしまうと。
「<・・・おい。まさか、それで全力か?>」
「!?」
エディは驚愕する。全力で殴ったにも関わらず、クロは無傷でその場に立っていたのだ。
「う・・・嘘だろ!?ランク4の強化魔法だぞ!?」
「何で効かねーんだ!?」
「・・・どういうことでしょう、校長?」
「・・・。」
あり得ない光景に、生徒はおろか教師陣も困惑する。常識的に考えれば、ネロは死んでもおかしくない一撃だったのだから。
「ば・・・馬鹿な!俺の一撃を・・・!?」
「<・・・どうした?これで終わりか?>」
「くっ!」
エディは再度クロを殴る。だが、クロは全く動じない。それを見たエディは、今度は連打を仕掛けるが、クロは涼しい顔でそれを受けていた。
「・・・信じられない!エディ君の攻撃は、下手をすれば死んでしまいかねないものなのに・・・!」
「・・・それだけではない。・・・ネロ君の足元を見たまえ。」
「・・・足元?」
「ネロ君は、あれだけ激しい攻撃を受けながら、一歩も下がってはいない。いや、微動だにしていないのだ。・・・つまり、ネロ君にとって、エディ君の攻撃は、何の意味もなしていないということだ。」
「そんな!あり得ない!」
「では、君はエディ君が手加減しているとでも言うのかね?」
「・・・それは・・・。」
エディの表情を見て、教師はそれはないと思った。エディは必死にネロを殴っているのだから。
事実、エディは全力でネロを殴っていた。だが、全く通じないことに、焦りを見せていた。
「・・・どうなってんだよ!?何で効かねーんだと!?」
「<・・・そろそろ一分だ。反撃させてもらうとするか。>」
「!」
クロの反撃という言葉に、エディは距離を取る。だが、無駄だった。いつの間にかクロは、エディの目の前にいたのだ。
「・・・え?」
「<・・・安心しろ。死なない程度に手加減してやる。俺は、お前と同じ魔法しか使わない。>」
クロはそう言うと、エディの右腕を殴る。エディの腕は、まるで細い棒切れのように易々と折れてしまった。
「・・・へ?」
何が起きたのか、エディも周囲の人間も分からなかったが、次の瞬間、エディは凄まじい激痛を覚えた。
「ぎゃああああ!?いてええええ!?」
「!?何が!?」
「・・・エディ君の腕が・・・折れた!?」
「そんな馬鹿な!ランク4の強化魔法をかけていたエディ君の腕が、そんな簡単に!?」
「まさか、ネロ君はランク5の魔法を!?」
「そんな素振りなかったぞ!?そもそも、ランク5なんて生徒の使えるレベルじゃ・・・!」
ランク4の強化魔法で強化した身体を平気で圧し折るなど、常識で考えればあり得ないことである。それができるのは、それより上の最上級のランク5の魔法しかない。だが、これまで魔法が使えなかったネロが、ランク5の魔法を使えるなど教師は考えられなかった。そもそも、外出系であると思われているネロは、内出系の魔法使いを圧倒できる強化魔法を使えること自体、考えられなかった。
「・・・あり得ません。Aクラスの生徒でさえ、ランク5は使えないんです。今まで魔法が使えなかったネロ君にできるわけ・・・。・・・そもそも、彼は得意系統は外出系のはずです。使えたとしても、こんな威力は・・・。」
「だが、そうでもなければ説明が付かない。ネロ君は、ランク5の強化魔法を使っている。しかも、内出系魔法使いと同等の強さだ。・・・彼は、両方の系統の魔法を使える魔法使いなのだ・・・。」
「・・・。」
教師は否定したかったが、それ以外に説明できることもなく、校長の言葉を信じるしかなかった。
「う、腕が!?腕がぁ!?」
自身の腕が折れたことに気付いたエディは、激痛と状況が呑み込めない混乱で、その場でじたばたとしていた。
エディの仲間達はというと、あまりの惨状に頭が追い付いていないのか、唖然とするだけだった。
「<・・・弱すぎるな。・・・【ヒール】。>」
クロは、エディに魔法をかける。すると、エディの折れた腕が、元通りに治っていた。
「!?」
「腕が・・・治った!?」
「嘘だろ!?あんな怪我を一瞬で!?ランク4かランク5の回復魔法だろ!?」
エディの腕が治ったことに、周囲に動揺が走る。
回復魔法は、身体の傷を癒したり、病を治す魔法である。だが、ランクに応じて回復できる怪我や病の重さ、回復までの時間が変わる。これほどの怪我をこんな短時間で治せるのは、ランク4か最上級のランク5の回復魔法だけなのである。それを、この間まで魔法が使えなかったネロが、まるでランクの低い魔法を使うように簡単に使ったのだ。この反応は当然だった。
「・・・腕が・・・俺の腕が・・・!?」
「<・・・その程度の怪我で何を痛がっている?実戦はそれ以上だぞ。>」
「・・・ひっ!」
エディは怯えた様子で後退る。
「お・・・お前、何をした!?俺の腕が折れたと思ったら、元通りになっていて、でも痛みはあって・・・!」
「<回復魔法は傷は癒すが、痛みは消えない。それくらい常識だろうが。何を訳の分からないことを・・・。>」
「う・・・嘘だ!こんなの何かの間違いだ!ランク4の強化魔法を使った俺の身体に傷を付けられるわけないんだ!」
「<おいおい。攻撃前にも言ったが、俺は、お前が使っているのと同じ魔法しか使ってないぞ。>」
「ば・・・馬鹿な!ランク5ならともかく、同じ魔法で俺だけダメージになるなんて・・・!」
「<・・・同じ魔法を使えば、魔力の放出量が高い方が勝つのが道理だろう。何をボケたことを・・・。>」
「あり得ない!お前は外出系のはず!内出系の魔法は著しく弱くなるはず!」
「<・・・お前と話すのは時間の無駄だ。続けるぞ。お前は俺に、三十一発殴った。だから、最低でもお前にそれくらいは攻撃する。覚悟しておけ。あと三十発だ。>」
「!?」
あの痛みが三十発も来ると聞き、エディは青ざめる。
「ま・・・待て!あんなの三十発だと!?あり得ない!・・・い、いや、やめてくれ・・・!」
「<安心しろ。どんなに怪我をしても、俺が完璧に治してやる。・・・痛みはその限りではないがな。さあ、いくぞ!>」
「や・・・やめ・・・!」
エディの懇願を無視し、クロはエディの顔面を殴る。エディは回避できず、綺麗に拳をくらってしまう。エディの鼻は潰れ、歯は全部折れてしまい、無残な顔になってしまった。
「<【ヒール】。>」
その顔を、クロは回復魔法で簡単に治す。エディはそのまま倒れ込んでしまう。
「あ・・・あああ!」
「<・・・お前、実戦だとすぐ死ぬぞ。俺のように回復してやる敵なんていないんだからな。>」
そう言うと、クロはエディの足を踏む。エディの足は、細い枝を折るように簡単に折れてしまう。エディはあまりの痛みに絶叫するも、クロはそれをまた治す。
そこからは、見るも無残な公開処刑だった。エディは、普通なら再起不能クラスの怪我を負わされては治されるを繰り返した。あまりの光景に、教師達も止めることができなかった。いや、止めることを考えられなかったという方が正確だった。
そして、宣言した三十一回目の攻撃を終え、回復魔法をかけた時、勝負は付いた。エディは、白眼を剥き、うわ言の様に謝罪の言葉を呟き、失禁するという悲惨な姿を晒していた。
いや、正確には、その半分もいかないうちに音を上げていたのだが、クロは止めず、教師も止めることがなかったため、結局三十一回攻撃したのだ。
あまりの醜態に、クロは、心底つまらなさそうな顔でエディを見下ろす。
「<・・・くだらん。この程度で学校一番とはな。レベルが低いことは分かっていたが、これは重症だ。こんな奴では、魔法使いは無理だ。・・・おい、審判。>」
クロは、審判を務める教師に声をかける。
「!?」
「<俺の勝ちでいいな?>」
「!し・・・勝者、ネロ!」
クロに急かされ、教師はようやくクロの勝利宣言をする。本来なら、途中で止めるべきだったのだろうが、それを失念するほど凄惨な状況だったのだ。
そんな教師の体たらくと、エディのみっともなさに、クロは更に幻滅した様子を見せると、エディの取り巻き達の方を向く。クロに睨まれた取り巻き達は、ビクッとする。
「<・・・お前達もやるか?ボスの仇を取るチャンスだぞ。全員でかかって・・・。>」
「「「すみませんでした!俺達が悪かったです!」」」
取り巻き達は、全員土下座して謝罪する。エディの仇を取ろうなんて気すらなかった。
「<・・・つまらん。・・・ああ、エディ。お前の謝罪は結構だ。その醜態で満足した。>」
「・・・ネロ君。」
エディにトドメの言葉を告げたクロに、校長が近寄って来た。
「<?>」
「・・・君に話がある。校長室に来たまえ。」
「<・・・あいつをボコボコにしたのは問題ないはずだ。魔法闘技において、肉体的、精神的な後遺症が残っても問題視はされないはずだ。>」
「その話ではない。・・・いいから来なさい。」
「<・・・いいだろう。>」
クロは、校長に連れられて、校長室に向かう。そんなクロに、誰も声をかける者はいなかった。
クロはかなり手加減していました。本気ならエディは死んでいます。