29.この時代の冒険者のレベル
「・・・つまり、腕試しでアンペア荒野にいたら、レッサーリッチに遭遇して、お前が倒した、ということか?」
アドに戻ったネロは、グラントに状況を説明した。もちろん、クロのことは伏せたが。
「はい。運がよかったです。」
「運がよかった!?レッサーリッチが運で倒せるわけがないだろう!」
ネロの運よく倒せた発言に、グラントは思わずツッコむ。
(・・・さすがにこの言い訳は苦しかったかな。)
ネロ自身も、運よく倒せたなんて言い訳が通じるわけがないと分かっていたが、クロのことが言えない以上、そう言うしかなかった。
「レッサーリッチは、中震級の魔物だ!パーティを組んだならいざ知らず、単独で倒せる魔物ではない!俺でさえ、一人では無理なんだぞ!」
「え?石英ランクの冒険者は、強震級を一人で相手にできるんじゃないんですか?」
魔物の討伐依頼は、その魔物の脅威度に応じて依頼を受けられる冒険者のランクの基準がある程度決められている。
終焉級:金剛石が対応。
激震級:鋼玉が対応。
烈震級:黄玉が対応。
強震級:石英が対応。
中震級:燐灰石が対応。
弱震級:蛍石が対応。
軽震級:方解石が対応。
微震級:滑石、石膏が対応。
今回倒したレッサーリッチは、中震級に相当する。つまり、燐灰石ランクの冒険者が対象となる依頼のランクとなるのだ。さすがにあの強さの魔物を一人で倒すのは無理であろうが、仮にもそれより上のランクであるグラントが、一人で倒せないとネロは思えなかった。だが、グラントは険しい表情で告げる。
「・・・確かに、石英ランクは強震級の魔物の討伐ができるランクだ。だが、それは前衛、中衛、後衛のバランスが取れた同ランクの冒険者が五人以上のパーティで戦うことが前提の話だ。単独で倒すなど不可能だ。」
「え?・・・じゃあ、ギルドマスターは、どのランクまでなら一人で倒せるんですか?」
「・・・相性にもよるが、弱震級以下だな。基本、単独で倒せるのは、その冒険者ランクの二ランク以下が限界だな。」
「・・・じゃあ、一人で倒すことができる最低のランクが方解石だから、一人前扱いされているんですか?」
「そうだ。もっとも、普通の冒険者なら、一人で倒せるのは軽震級で精一杯だがな。石膏でありながら、弱震級を一人で倒せるお前が異常なだけだ。」
<・・・話にならんな。レベルが低いにもほどがある。俺の時代は、そのランクの魔物をソロで倒せる力が必要だったのにな。>
クロは、この時代の冒険者のレベルの低さに改めて苦言を呈する。
「・・・しかし、お前の強さは俺の想像以上だな。これは、ランクをまた上げなければならないな。」
グラントは、ネロの強さについてとやかく言うのはやめ、彼の今後についてどうするかを考えることにした。
レッサーリッチを単独で倒した功績を考えれば、方解石止まりにしておくのはもったいないと思ったのだ。
「もうですか?まだ、方解石のカードももらっていないのに?」
「主を魔石以外粉々にしてしまうような奴、方解石のままにしておく方がおかしいだろう。・・・だが、問題はその証明だな。俺でも半信半疑だというのに、他の支部のギルドマスターや本部の人間が信じるわけがない。・・・俺が虚偽報告しただけで済めばいいが、最悪、お前にも類が及ぶ恐れがある。」
グラントは、その点に頭を悩ませた。常識的に考えて、レッサーリッチを単独で撃破するなどあり得ないのだ。そのまま報告しようものなら、ネロはランクを上げるどころか、悪質な虚偽報告者として冒険者としての資格も剥奪されかねなかった。
(・・・どうしよう?このままじゃランクが上げられない。下手をしたら、嘘吐き扱いされそうだよ?)
<なら、いい考えがある。ネロ。今度はお前一人で主を倒してみろ。見届け人を付けてな。オーム大森林の主あたりがいいだろう。>
(僕一人で?)
<今回教えたことを活かせば、十分可能だ。いい練習と思ってやってみろ。>
(仮にも中震級の魔物を、練習台に代わりするなんて信じられないね。・・・でも、面白そうだからやってみるよ。)
「・・・ギルドマスター、一ついいですか?」
「?何だ?」
「そんなに言うなら、もう一度僕に主と戦わせてください。今度は、ギルドマスターや他の冒険者、いいえ、本部の人間を立ち会わせて。」
「!」
ネロの提案を聞き、グラントはその手があったかと驚愕する。立会人の前で主を討伐する。これ以上に相応しい証明はなかった。
「・・・なるほど。確かに、その方法なら文句は言えんだろう。・・・だが、少し時間がかかると思うぞ?」
「構いません。寧ろ、大勢の人の前で見せた方がいいと思います。」
「分かった。なら、本部の人間に来るように伝えておく。できるだけ早く来るようにさせるが、十日はかかると思うぞ。」
「大丈夫です。僕も、準備が必要ですから。」
「そうか。なら、しっかり準備をしておけ。決行日は、追って連絡する。」
「はい。」
話が終わり、ネロは退出する。一人残されたグラントは、机の引き出しから手紙を取り出すと、中身を見る。内容は、ネロのことが書かれていた。手紙の送り主は、魔法学校の校長だった。ネロのことが気になっていたグラントは、知り合いでもある彼に、ネロに関する情報を送ってくれるよう頼んでいたのだ。
(『ネロ。魔法学校入学前の魔力測定では類を見ないほどの魔力量を検出したため、期待されていた。だが、後に魔力回路に異常が判明、魔法が使えない体質であると判断された。事実、入学してから三年間、彼は魔法が全く使えず、同期の生徒はおろか、後輩からも見下されるほどで、遂に退学を勧告した。だが、この前の卒業試験の少し前に突然魔法が使えるようになり、Aクラス一番の生徒を相手に魔法闘技で圧勝、最終的に卒業試験を唯一満点で合格した。それはおろか、実技試験官を務めたエルト家の四級魔法使いの令息を苦も無く圧倒、唯一満点評価を得た。なお、彼が突然魔法が使えるようになった理由は不明。魔法学校とは無関係の外部の人間の師事を受けたことまでは判明しているが、その人物の詳細及び、師事の内容、回路の異常回復の理由は一切不明である。』・・・これが来た当初は、あいつの話でも信じられなかった。あいつは嘘を吐く人間じゃないのは分かっているが、魔力回路が異常の人間が、急に改善して魔法が使えるようになり、おまけに名門エルト家の子息に勝つなんてあり得るか?あり得ない。・・・だが、あいつのことを俺はよく知っている。話を盛ったり誇張したりする奴ではない。なら、本当にネロの背後にいるのだろう。俺達の知らない知識を持つ魔法使いが。・・・一体何者なんだ?)
魔力回路に異常がある人間を治し、名門魔法使いを倒せるまでに鍛え上げた人物の存在。グラントは、ネロのランクアップもそうだが、ネロを強くした存在についても関心を抱きつつあった。