3.新しい先生
内容を若干修正しました。
「よう、ネロ。今日も無駄な特訓か?」
廊下を歩いていたネロの前に、ネロをからかっていた生徒の一人が立ちはだかる。生徒はネロが剣を腰に差しているのに気付いておらず、いつものようにネロを馬鹿にする言葉を吐く。
(<・・・こいつ、ネロをいつも馬鹿にしている連中の一人だな。確か、一番上のAクラスだったはずだ。・・・しかし、何だこの弱さは?魔力も肉体強度も低すぎる。この程度でAクラスだと?・・・笑わせる。>)
「<・・・何だ?俺が何をしようと関係ないだろう?>」
「!?」
いつものような自信なさげな態度とは違い、自信に満ちた態度のネロを見、生徒は困惑する。だが、すぐに取り繕ってネロを嘲る。
「・・・ま、まあ、お前のその無駄な訓練ももうすぐ終わりだな。さっき、掲示板を見たぞ。お前の試験は三日後だ。その試験が終われば、お前は退学なんだからな。」
「<・・・お前は馬鹿か?最初から落ちる気で試験を受ける奴はいない。何故、俺が落ちることが前提でものを言う?>」
「!?」
今まで反論はおろか自分達に対して侮辱するような発言すらしたことがなかったネロからの反論に、生徒は面食らう。
「・・・てめぇ!今まで落ちまくっていたくせに偉そうに!」
「<今まで落ちていたからといって、今度も落ちるとは限らないぞ。頭の足るい奴だ。>」
「!こいつ!」
生徒は怒りに任せて殴り掛かる。今まで彼らは、暴言は吐くものの、手を上げることはなかった。そんなことをすれば、自分達の方が不利になると分かっていたからだ。だが、今までやられっ放しだったネロに反論され、馬鹿にされたことで、彼は完全に頭にきて、とうとう殴り掛かってしまったのだ。いつものネロなら成す術もなく殴られていただろう。ネロは鈍臭かったからだ。だが、ネロはその拳を易々と止めてしまう。
「!?」
「<・・・鈍いパンチだ・・・。>」
そのままネロは、生徒を軽々と放り投げてしまう。投げられた生徒は、壁に身体を叩き付けられ、その場に崩れ落ちる。
「ぐは!?」
「<・・・おいおい、何だその様は?まさか、俺が無抵抗に殴られるとでも思ったのか?人を馬鹿にしすぎだろう?>」
ネロは、生徒を馬鹿にしたように見下ろして笑う。
「お・・・お前・・・本当に・・・ネロなのか・・・!?」
生徒は叩き付けられた痛みと今まで見たことのないネロの姿に恐怖し、身を竦める。
「<・・・いつまでも俺を劣等生だと思っていたら大違いだぞ。・・・三日後だったな。楽しみにしておけ。>」
そう言い残すと、ネロはその場を立ち去る。生徒は、恐怖と困惑と苦痛の表情を浮かべたまま、ネロを見送るだけであった。
「<・・・ネロの記憶は全部見たが、あの程度の連中に軽んじられるとは。>」
生徒を返り討ちにしたネロは、忌々しそうに呟く。
「<まあ、あんな出鱈目なことばかり教えられていれば仕方ないか。これからは、俺が本当の魔法を教えてやらなければな。>」
そう言うと、ネロは不敵に笑い出す。それを見た生徒達は、思わずドン引いていた。
しばらくして、ネロは自室に着くと、ベッドに横になる。
「<・・・三日後か。まあ、それだけ時間があれば十分だな。>」
ネロは、誰もいない部屋で不敵に笑うのだった。他の人間がいれば、おそらく引かれていただろう。
「<・・・そろそろ目を覚ます頃だな。>」
そう言うと、ネロは意識を失う。しばらくして、ネロは目を覚ます。
「・・・あれ?・・・ここは・・・僕の部屋?いつの間に?」
目を覚ましたネロは、いつの間にか自身の部屋にいることに困惑する。
<俺がお前の身体を使って戻ってきた。>
「うわ!?・・・何だ、クロか。・・・君が戻してくれたのかい?」
<ああ。あのままあそこに置いておくわけにはいかないからな。>
「・・・ありがとう。」
自分の身体を使うというのがどういうことかは分からなかったが、クロの気遣いにネロは感謝する。
<・・・それより、お前をいつも馬鹿にしてる奴の一人が言っていた。試験は三日後だそうだ。>
「三日・・・。それまでに君が教えてくれたこれを使えるようにならないといけない・・・。」
あまりに少ない時間に、ネロは不安を覚える。すぐに意識を失ってしまったが、クロから伝えられた内容は意外に多く、三日でこなすには厳しく思えたからだった。
<問題ない。明日から訓練を始めても余裕で間に合う。一日でも十分だ。お前は俺なんかよりずっと才能があるんだからな。絶対に試験に合格できるぞ。>
クロはネロを励ますように言う。その声には、何の迷いも感じられなかった。ネロならできると本当に信じているのだ。
「・・・ありがとう。もう一度、頑張ってみるよ。」
<おう。そもそも、お前は頑張る方向が間違っていただけだ。俺が、正しい方向に頑張らせてやる。>
「よろしく頼むよ。」
クロの励ましに、ネロはもう一度挑戦することを誓い、クロに指導を頼むのだった。
<まずは、魔力回路を感じることから始めるぞ。>
翌日、ネロは森の訓練場で、クロから伝えられた魔力回路の操作を覚えるべく、特訓を開始した。
「・・・確か、体内にある魔力を感じるのが第一歩、だったね。」
<ああ。それができれば、できたも同然だ。やってみろ。>
「分かった。・・・。」
ネロは、自分の中にある魔力を感じるべく、精神を集中する。
「・・・!あ、何だか不思議なものを感じる。」
<それが魔力だ。やっぱり、お前は魔力が多いからすぐに感知できるな。俺なんて、感知に一週間もかかったんだがな。>
「・・・それで、これからどうすれば?」
<その魔力の流れを感じろ。それを感知できれば魔力回路がどんなものか分かる。>
「・・・分かった。」
言われた通り、ネロは魔力の流れを掴もうとする。すると、予想以上に簡単に流れを感知することができた。
「・・・まるで川の流れみたいだ。」
<もうできたか。それが魔力回路だ。>
「・・・これが・・・。」
今まで知識の上でしか知らなかった魔力回路を感じ、ネロは感動を覚えた。
魔力回路は、特殊な装置を使用しなければ詳細が分からないとネロは習っていたし、それが常識だった。それを、自分自身の力だけで感じることができるのだ。感動を覚えるのも当然である。
「・・・凄い。・・・これが、魔力の流れ。・・・初めて感じる。・・・これが、魔法の源なんだ。」
<やっぱり呑み込みが早いな。こんな短時間で魔力回路の流れを感じ取るなんてな。>
「・・・でも、そこまで難しいことはしていない。」
<そうだ。特別なことなど必要ない。誰でも教えられればできることだ。できないのは、こうした知識が失われていて誰も知らないからだ。だから、誰も教えられなかったんだ。>
「・・・でも、どうして失われてしまったのかな?」
<・・・断定はできないが、心当たりがある。だが、今は、訓練に集中しろ。いつか話してやる。>
「・・・分かった。」
何かを知っているような口ぶりのクロだったが、今は試験が最優先のため、ネロはそれ以上聞くのをやめ、訓練に集中することにした。
<ネロ。その感覚を覚えておけ。それが、魔力回路が閉じた状態の流れだ。それを基本として、状況に応じて流れを変える。それが、魔力回路の操作というわけだ。>
「・・・この流れを変えていく。」
<言うよりやってみた方が早い。早速、その魔力の流れを思うように変えてみろ。>
「分かった。」
(・・・ここからが本番だ。まずは、ちょっとだけ流れを変えてみよう。)
ネロは、魔力の流れを自分の思っている向きに変えようとする。だが、なかなかうまくいかない。流れは一向に変わらないのだ。
(・・・うまくいかないな。ほんのちょっとでいいのに・・・。)
<・・・無理に流れを変えようとするな。まずは、流れに逆らわないで角度だけ変えてみろ。>
(え?・・・うん、分かった。)
ネロは、魔力の流れと同じ方向だが、角度を少しずらして向きを変えようとする。すると、魔力の流れが若干変わったのを感じた。
「!今、魔力の流れが少し変わった!」
<そうだ。それが、魔力回路の操作だ。最初の内は、流れている向きを無理矢理変えるんじゃなく、角度だけ変えてみろ。それが慣れてきたら、徐々に流れを無視してみろ。>
「・・・分かった。」
そこからの上達は早かった。ネロは、たった一日で魔力回路の操作を習得した。
「・・・できた・・・!」
<上出来だ。普通の人間だと、操作は時間がかかるんだが、回路が閉じている人間は操作がしやすい。>
「・・・どうして?」
<開いている状態が安定した状態だから、変更しようとすると負担になる。最初から流れている川の流れを変えるのは、大変だろう。それと同じ理屈だ。だが、閉じている人間はそうじゃない。池はあるが、川がない状態だ。だから、好きな場所に水を流せる。コツがいるが、それさえ掴めば簡単に形を変えられる。おまけに閉じている人間には、他にも利点がある。>
「他の利点?」
<魔力回路が閉じているということは、魔力が逃げていかないということだ。つまり、魔力の回復を図る際は、漏れがないから回復が早い。それに、開いている人間は、無意識に魔力を無駄に垂れ流してしまうが、閉じている人間はそれがない。魔力の消費を抑えることができる。無論、回路を閉じればいいが、先に言った通り、開いている人間は、閉じることが負担になる。そのままにした方がいいくらいだ。逆に、閉じてる人間は、閉じているのが通常の状態だから、負担なく閉じることができる。どうだ?閉じている人間が、魔法を使うのに適しているというのが理解できただろう?>
「・・・何も知らなければ、単なる妄言だって思ったろうけど、こうして体感してみると、事実だって分かるね。」
<だが、それでもこれほど早く習得できる奴はそうそういない。師匠の言ったことが、これで理解できただろう?魔力回路が閉じている以前に、お前には、魔法使いになる才能があるってな。>
「・・・あの時は、実感が湧かなかったけど、こうしてできると分かったら、実感が湧いてきたよ。」
<これくらいで喜んでもらっては困るぞ。本番はこれからだ。明日、お前の常識を完全にひっくり返してやる。>
習得に成功したネロは、今まで感じたことのない達成感を覚えた。今まで、どんなに頑張っても成果が出なかったこともあり、こうして成果が実感できたのは、ネロにとって大きかった。そんなネロを、クロは、どこか優し気に見つめると、もっと凄いことができると言うのだった。もっとも、剣の身体では、そうは見えなかったが。
そして、翌日は、実際に魔法を使う訓練を行った。誰にも見えないよう、クロは隠蔽と認識阻害の魔法を使用して訓練場を囲った。
<これで、外からお前を認識することはできないはずだ。>
「・・・これ、君が普段から使っている魔法だよね?」
<ああ。いつも姿を消している時に使っているのと同じ魔法だ。俺を持ち歩いても誰も気付かないのはこの魔法のおかげだ。今回は範囲を広げたが、効果は同じものだ。>
「・・・本当に凄いよ。認識阻害なんて、ランク4の魔法なのに。」
魔法には、難易度や効果、威力によってランク付けがされている。最低ランクの1から、最上級ランクの5の五段階である。ネロは、自分の知識から、クロの魔法を上級のランクに位置するランク4相当だと考えていた。
だが、クロの考えは違っていた。
<・・・お前の記憶を見て、この時代の魔法のランク付けは知っているが・・・過大評価だと思うぞ。俺の時代だと、この魔法は下級だ。この時代に位置付けすると、ランク1か高く見積もっても2相当のはずだ。>
クロの時代の魔法のランクは、初級、下級、中級、上級、特級、超級、極級、神級という風に八段階でランク付けされていた。単純に現在のランクと照らし合わせることはできないが、クロはこの魔法は最低かそれより少し上のレベルだと考えていた。
「そうかな?こういった魔法が使えるのは、宮廷魔法使いクラスだって聞いてるけど。」
<・・・本当に、この世界は魔法のレベルが落ちているんだな。・・・まあ、それは置いておこう。今はお前が魔法を使えるようになることが重要だ。>
「どうすればいいの?」
<単純なことだ。魔力回路を使いたい魔法に合わせて変えればいいだけだ。そうすれば発動する。・・・発動の仕方は分かるな?>
「分かるよ。・・・じゃあ、Dクラスで習う基礎的な外出系魔法からやってみる。」
魔法には、大まかに分けて二つの系統がある。一つは外出系。魔力を外に放出し、外部の事象に干渉する魔法全般を指す。一般的な魔法は、多くがこの外出系に分類されるため、通常、魔法使いとは外出系魔法使いを指す。もう一つは内出系。術者自身に影響を与える魔法を指す。術者を強化する身体強化魔法がこれに分類されるため、内出系魔法使いは魔法使いより魔法戦士と呼ばれることが多い。
ネロは、授業で習った簡単な外出系魔法の【ファイアショット】を使うべく、魔力を手に集中する。
すると、ネロの内にある魔力が手に集まってくるのを感じた。
「!何か来た!」
<それが、魔法を発動するための魔力の流れだ。覚えておけ。>
「・・・【ファイアショット】!」
ネロは、【ファイアショット】と呪文を唱える。すると、ネロの手に大き目の炎が出現し、それは、真っ直ぐ飛んで行く。炎はネロの目の前の草むらを燃やし、消えていく。
「!・・・できた・・・!・・・初めて・・・魔法が・・・!」
<合格だ。これなら魔法が使えないなんて言わせないぞ。>
「・・・うう・・・。」
突然、ネロは泣き出してしまう。
<何だ?何泣いてるんだ?>
「・・・だって・・・嬉しくて・・・。・・・僕、今まで魔法が使えなかったんだ。・・・だから・・嬉しくて・・・。」
<・・・そうか。だが、泣いている暇はないぞ。まだ、基礎の初めの部分だ。どんどんいくぞ。>
「・・・分かった。じゃあ、次にいこう。」
それからネロは、時間の許す限り、クロから与えられた知識をものにすべく訓練を続けた。
そして、ついに試験当日を迎えるのだった。