11.エルト家当主
「君が、ネロだな。」
試験終業後-なお、実技は別の試験官が担当することになったが、ネロ以外の生徒が芳しくないのは変わらなかった-、ネロはエディの兄弟に言われた通り、校長室に行った。中に入ると、そこにはエディの三人の兄達-ウーズは、着替えていたため服装はしっかりしていたが、まだ試験のダメージが残っているようで、苦しそうだった-と校長、そして、もう一人、校長より立派な身なりの男性がいた。
ネロは、男性のことを知らなかったが、その顔立ちがエディに似ていたため、自ずと分かった。エディの父親だと。
「・・・はい。ネロです。」
「私は、ワイズ・エルトだ。エディの父親だ。」
「・・・。」
(・・・やっぱり、息子を二人も倒したから、難癖付けにきたのかな?)
「君を呼び出したのは他でもない。・・・君に幾つか聞きたいことがある。」
「・・・何でしょう?」
「・・・まず、一つ目だ。・・・君はどこでそれだけの力を身に付けたのかね?」
「・・・それは言えません。・・・言わない約束なので。」
予期していたことを言われ、ネロは教えられたように返す。
「・・・エルト家の当主からの頼みでもかね?」
「・・・たとえ、国王の命令でも同じです。僕の口からは言えません。」
「・・・。」
緊張した空気が校長室内に漂う。校長は、すっかり萎縮してた。
「・・・なるほど。ただの平民と思っていたが、思った以上に度胸もあるようだ。」
そう言うと、ワイズは、厳しい面持ちから一転、微笑みを浮かべた表情に変わっていた。
「・・・?」
「・・・すまない、君を試すような真似をして。自分の目で、直に見ておきたかったのだ。息子達を倒した人間を。」
「ち、父上!あれは、私が油断して・・・!」
「ウーズ。強がりは止せ。お前では、この少年には勝てん。・・・おそらく、私達三人がかりでも同じだ。」
「・・・。」
アークにそう言われ、ウーズは顔を伏せる。
「・・・あの、僕を呼んだのは、あなたの子供を倒したことで何か話があって来たんじゃないんですか?」
「それもある。だが、それは重要ではない。寧ろ、私的にはエディの件は、起こるべくして起こったと思っている。エディは、すっかり自分の才能に胡坐をかき、堕落していた。私や上の兄弟がどんなに言っても聞き入れようとしなかった。だから、魔法闘技で心を折られ、再起不能になっても仕方なかった。だから、君が気に病む必要はないと伝えにきたのだ。これが二つ目だ。」
「・・・はあ。」
エディの父親が、意外にできた人間だったと知り、ネロは彼に対して警戒を若干解いた。若干なのは、クロが貴族といった存在に、簡単に心を許しては駄目だと警告していたからだった。
「さて、三つ目だが、君は、卒業後の進路をどのように考えているのかね?」
「進路?」
「先に言っておく。・・・君は、卒業試験を満点で合格した。」
「満点で!?・・・でも、それと、僕の進路と何か関係が?」
「満点合格者には、特別な措置が設けられている。」
「特別措置?」
ワイズが語るところによると、魔法学校では、成績優秀者に対する優遇措置があり、卒業試験で一番の成績を修めるか、満点合格者がそれに該当するという。その条件を満たした者は、なんと五級魔法使いの資格が与えられるのだ。
「・・・では、僕は・・・。」
「そうだ。君は、六級ではなく五級魔法使いとして学校を卒業することとなる。私や三人の息子達もそうだった。」
「そうだったんですか・・・。」
「・・・本来なら、エディがそうなっていたはずだったんだがな・・。」
ウーズが、少々未練がましく言うが、それをワイズは制する。
「ウーズ、いい加減にせんか。そもそも、私は、いや、アークとイーバもエディに特別措置合格は不可能だと思っていた。」
「ち・・・父上!それはあんまりです!兄上達も!」
「・・・ウーズ。お前も影からの報告を聞いていたはずだ。エディがAクラスに入って以降の態度を。訓練を怠けていたばかりか、諫める人間を遠ざけて都合のいい人間を取り巻きにして、下のクラスの人間を虐げる。上に立つ者として無自覚極まりない。」
「・・・それは・・・。」
「それに、弟だからだと言って可愛がり過ぎていたお前にも責任があるぞ。そのせいで、エディは我がまま放題になったんだぞ。」
「・・・。」
父や兄達に責められ、ウーズはそれ以上何も言えなかった。
「・・・失礼した。息子が二人も君に迷惑をかけたな。本当にすまない。」
「・・・いいえ。僕が劣等生というのは事実でした。・・・でも、エディはどうしても許せないことを言ったので、僕はエディを倒したことを後悔はしてません。別に、気に病んでなんていません。それをお伝えしておきます。」
「・・・そうか。こんな弟子を持って、君の師は幸せだろう。」
「・・・それで、特別措置合格と僕の進路と何の関係が?」
「・・・ネロ君。エルト家に仕える気はないかね?」
「!?」
<・・・なるほど。本題はそれか。>
突然のワイズの提案に、ネロは驚く。対して、クロは、ワイズの本当の思惑を既に察していた様子で、驚くことはなかった。
「・・・どうして僕を?」
「優秀な魔法使いを擁するのは、貴族として常識だ。私が見たところ、君はまだまだ伸びしろがある。数年、いや、数ヵ月で私を超えてしまうだろう。そんな有望な魔法使いが、まだ誰も注目していないのだ。引き入れたいと思うのは当然だ。」
「・・・はあ。」
優秀な魔法使いは、一般的な兵士を百名集めるよりずっと強く、戦力になる。そんな魔法使いを多く擁すれば、それだけ有事や交渉で有利に立つ。だから、王家や貴族は優秀な魔法使いの囲い込みを行っているのだ。王族が宮廷魔法使い、貴族がお抱え魔法使いと言う風に、側に仕えさせているように。
「給料も払う。衣食住も保証する。働きがよければ、貴族位も約束しよう。どうかね?」
「・・・すみません。僕は、貴族のお抱えになるつもりはありません。僕は、フリーの魔法使いとして、世界中を回りたいんです。」
「世界中を?」
「僕の夢は、魔法使いになって、世界中を見て回ることなんです。世界には、色々な人がいます。異なる文化の国があります。そして、まだ見たことのない魔法もあります。僕は、それを見て回りたいんです。でも、貴族のお抱えになれば、国に縛られます。・・・僕は、それが嫌なんです。」
「・・・。」
ワイズは、考え込んだ顔をする。エディの兄達は、ネロの言葉は信じられないといった様子だった。成功が約束された未来ではなく、子供のような夢を優先するネロの考えが理解できなかったのだ。
「・・・ふふふ、ははは!まるで幼い子供のようだ!世界を回るのが夢とは!」
「父上?」
突然笑い出す父を見、兄弟達は困惑する。
「そうか、貴族のお抱えでは世界は見て回れない、か。確かにそうだ。・・・分かった。この話はなしだ。」
「ありがとうございます。」
「だが、君の望みは難しいだろう。いや、実力ではない。制度の問題がある。魔法使いは許可がなければ旅ができないのだ。」
「え?そうなんですか?」
「・・・それは本当だ、ネロ君。魔法使いが国外に出る場合は、色々手続きが必要だ。」
校長は、この国の魔法使いが国外に行く際の取り決めをネロに話す。魔法使いは、他国に行く際に身辺を調査される。出身地や年齢はおろか、家族構成、学校の卒業年度、現在のランクに到るまで、全て書類に書き込み、それの調査が終わって初めて出国が叶うのだという。ネロにとって、それは寝耳に水だった。
<俺の時代は、そんな面倒な手続きはいらなかったぞ?どうしてそんな面倒なことに・・・?>
「どうして、そんな面倒な手続きが?」
「魔法使いは、普通の人間と比較にならないほど強い。つまり、問題を起こせばそれだけ大ごとになる。悲しいことに、我が国出身の魔法使いが、昔、他国で大きな事件を起こしたのだ。故に、この制度が作られたのだ。そのせいで、我が国の魔法使いは、国外に出ることは稀だ。出ようとした者もいたが、手続きに数年かかった。」
「!そんなに!?」
思わぬ事実に、ネロはショックを受けてしまう。これでは卒業したとしても、旅ができるかどうか分からなかった。
「そこで、提案がある。我がエルト家が、君の後ろ盾になるというのはどうかね?」
「後ろ盾・・・ですか?」
「そうだ。今の制度は、平民を対象にしたものだ。だが、貴族やそのお抱えなら、そこまで煩雑な手続きは必要ない。君が国外に行く際、君の扱いを、我が家のお抱え魔法使い扱いにすれば楽に出国できる。」
「・・・それでは、お抱えと変わらないように聞こえますけど?」
「お抱えと違うのは、我が家が要請する仕事を引き受けることに関して任意でいい点だ。君が引き受けたくないと思えば、受けなくていい。無論、戦争のような有事の際はその限りではない。」
<つまり、大ごとならば強制と言うことか。・・・さすが貴族。自分達に不利な条件は入れない。>
「もちろん、引き受けてくれたのなら、働きに見合った報酬も払う。これが条件だ。どうかね?」
(・・・どうしよう、クロ?)
さすがに自分一人では決めかねるため、ネロはクロに意見を求める。
<・・・有事以外の仕事は好きにやっても構わないと言っていたが、それの裁量は奴にある。こちらに少々不利だ。だが、国外に出るには、貴族の後ろ盾が必要なのも事実だ。それに、俺の目的のためにも、有力者とのコネは必要だ。>
(目的?)
<それは、まだお前には話せない。だが、将来的に必要になる。・・・よし、その提案を受けろ。ただし、自分は家臣ではなく、あくまで協力者だという立場は譲らないと言っておけ。。>
(・・・分かった。)
「・・・分かりました。ですが、僕はあなたの家臣ではなく、ただの魔法使いです。仕事も、あくまで僕の意志で受けるかどうか決めます。これは譲れません。」
「いいだろう。では、これからよろしく頼む。」
ワイズはにこやかに笑うと、ネロに握手を求める。ネロは、若干抵抗しつつも、握手に応じるのだった。
「・・・父上。私は納得できません。あれでは我が家が損をしています。」
屋敷に戻る場所の中で、ウーズはワイズがネロにした提案があまりに自分達に不利であると苦言を呈する。ただでさえ面倒な出国手続きを自分達が請け負い、ネロは任意で仕事を引き受ける形でいいなど、どう考えてもエルト家が損をしているように思えたのだ。
一方、上の二人はこの条件にある程度満足していた。
「・・・いや。あの少年は我が家の名を悪用する人間ではない。ただ純粋に、魔法使いになりたがっている、どこにでもいる少年だ。そんな少年の夢を叶えるのを手伝ったことは、我が家のイメージをよくするだろう。」
「・・・ですが・・・。」
「この話、これで終わりだ。・・・ウーズ、変な気を起こすな。あの少年に危害を加えようとして、しくじったとしても、私はお前を庇わない。いいな。」
「・・・。」
不満そうなウーズを尻目に、ワイズは遠ざかる学校を見る。
(・・・惜しいな。才能もそうだが、あれだけ純粋に魔法使いに憧れている子が我が子であったなら。・・・残念だ。)
ワイズは、ネロが自身の息子でなかったことを心から悔やむのだった。
この父親は、今後も色々力を貸してくれる人物になります。