10.鬼試験官ウーズ
「私が本日の試験官を務めるウーズ・エルトだ。」
実技試験の会場に集合した受験生の前に、ウーズが姿を現す。受験生達に緊張が走る。
「・・・本当に、ウーズ様だ。」
「この学校の卒業生の一人で、確か、満点で合格したはずだよな?」
「そんな人が来るなんて・・・。・・・やっぱり、ネロのせい・・・だよな?」
「ネロのとばっちりで不合格なんて、やめてほしいぜ・・・。」
自身の合格ができなくなるのではという不安と、原因を作ったネロに対する恨み節を述べる生徒達を尻目に、ネロはウーズを見ていた。
<・・・ふむ。なるほど、なかなかの強さのようだな。教師よりずっと強そうだな。>
(・・・クロ。前から思ってたけど、君、相手の強さが分かるのかい?)
<ああ。相手の強さを感じことができる術がある。いずれ、教えてやる。>
そんなのん気な脳内会話をしている二人を尻目に、ウーズは試験の内容を説明し出す。
「実技は五分間。その間、私に魔法による攻撃をし続けろ。その内容によって、お前達に点数を付ける。ただし、私も反撃する。その対応も点数に影響する。あと、舞台から落ちた者は、問答無用に0点、つまりは失格だ。」
<・・・なるほど。実戦形式か。悪くない。>
「では、試験番号1番のものから始める。それ以外の者は、舞台を降りろ。」
ウーズに言われ、1番の番号札を付けた生徒以外は、舞台を降りる。
「それでは実技試験を開始する。受験者の攻撃開始から、試験時間をスタートさせる。」
「は・・・はい!」
1番の生徒は、緊張した面持ちながらも、【ファイアショット】でウーズを攻撃する。だが、彼の【ファイアショット】は、スピードも精度も酷く、見当外れな方に飛んで行って爆発してしまう。
「・・・0点だ。」
「・・・え?」
一瞬にして、ウーズは受験生に肉薄すると、彼の腹を殴る。
「!?」
生徒は反応できず、そのまま殴り飛ばされ、呆気なく場外に落ちてしまった。
「!?嘘だろ!?」
「速すぎだろ!?」
「あんな人から合格点なんて取れないよ・・・!」
受験生達は、ウーズのあまりの素早さに驚愕し、合格を諦めるものまでいた。だが、ネロとクロは、全く動じていなかった。
「うう・・・実技の点を取るの無理過ぎる・・・。」
試験開始から二時間ほどが経過した。受験生達は、あまりいい所を見せられず、舞台を降りていくものばかりだった。中には見込みなしとして、落とされた者もいた。だが、ウーズは交代することなく、試験官を続けていた。今までの試験官は、一時間ほどすれば交代してのだから。生徒達は、試験の難易度と、ウーズの魔力量に驚いていた。
<・・・奴の戦い方は悪くない。魔力回復ポーションもあるだろうが、魔力の消費を抑えた立ち回りをしている。・・・俺の時代と比較すれば、無駄が多いがな。>
(そうなんだ。・・・でも、僕の身体を使っていた君と比べると・・・やっぱり強く感じないよ。)
「次、15番!」
「!僕の番だ。」
自分の番号を言われ、ネロは舞台に上がる。
「・・・お前がネロだな?」
「・・・はい。・・・あの、エディの件は・・・。」
「・・・安心しろ。私は、仕事に私情を持ち込むつまりはない。お前が本当にエディに勝てる実力があるのなら、文句なく合格にする。」
「・・・もし、マグレだったら?」
「・・・何をやらかすか分からないな。エディのことは、私が一番可愛がっていたからな・・・!」
ウーズは、冷静に努めようとしていたものの、その内心は、怒りを押し殺しているようだった。
「・・・分かりました。・・・僕の実力を見せます。」
「そうしろ。・・・では始める。攻撃してこい。」
「・・・。」
ネロは、魔法の構えを取る。
(・・・聞いた話では、こいつは魔法が使えなかったはずだ。どんなカラクリを使ったかは知らんが、それを暴いてや・・・。)
だが、ウーズがネロを観察しようとした次の瞬間、ウーズの身体に火の玉が直撃する。
「!?」
ウーズは反応できず、そのまま吹き飛ばされ、場外に落ちてしまう。
「!?何だ!?」
「・・・試験官が飛んでったぞ?」
「今の何?【ファイアショット】!?」
「あんな速い【ファイアショット】があるか!俺なんて、あれの半分の速さでも飛ばせないぞ!」
受験生達は、一瞬で試験官を場外に落とした光景に、目を疑った。
(・・・もう少し手加減すべきだったかな?)
一方、ネロは、あまりにアッサリとウーズを倒してしまったことに驚いていた。受験生の一人の言っていた通り、ネロは【ファイアショット】を使った。ランクすら与えられていない、初心者用の魔法である。だが、ネロは、その魔力量と、正しい魔法の使い方を知っていた故に、桁違いの強さになっていたのだ。この時代でいえば、ランク4クラスの魔法と化していた。
<・・・確かに、もう少し手加減してもよかったな。これでは試験にならない。>
すると、ウーズが凄い速さで舞台に戻ってきた。その様子から、身体強化魔法を使ったようである。
「・・・お前・・・今何をした?」
「・・・何をって、ただの【ファイアショット】ですよ!」
ネロは、再度【ファイアショット】を放つ。今度は更に手加減して。ウーズはようやく、それを見ることができたが、身体が反応できず、結局は直撃してしまう。
「ぐぅ!?」
だが、威力を抑えていたため、今度は吹き飛ばされることはなく、耐えることができた。それでも気を付けていなけば、また落とされていただろう。
「・・・なるほど。弟を倒したという実力は本物のようだな。・・・なら、こちらもそれに相応しい立ち回りをしよう!」
ウーズは、身体強化で強化した瞬発力で、ネロに一瞬で肉薄する。そして、ネロの腹に拳で一撃加えようとする。今まで見込みのない受験生を場外に落としてきた、必殺の一撃だった。
「・・・。」
だが、次の瞬間、ネロはその拳を手で止めてしまう。
「!?」
必殺の一撃が易々と止められたことに、ウーズは動揺する。その動揺を見逃すほど、ネロは甘くなかった。ネロは、自身も拳で反撃する。狙いはウーズと同じく、腹。ネロの拳は、綺麗にウーズの腹に入ると、そのまま彼を吹っ飛ばし、また場外に落とした。
「おいおい・・・俺達があんなに苦労した試験官をあんな一方的に・・・!」
「エディとの戦いは見てたけど・・・マグレじゃなかったんだな・・・!」
「・・・ねえ、もうすぐ五分経つけど・・・この場合、採点はどうなるのかな?」
「・・・さあ?」
そして、試験時間の五分が経過した。ウーズは、フラフラとした様子で、舞台に上ってきた。最初の時のように、何事もなかったかのように装うこともできなくなっていた。
「・・・うう!」
「・・・試験官。試験終了です。点数はいくつですか?」
ネロは、ウーズに自身の点数を尋ねる。
「・・・満点だ!・・・ケチの付けようが・・・ない・・・!」
ウーズはそこまで言うと、意識を失い倒れ込んでしまう。
「・・・!」
思わず駆け寄ろうとするネロ。すると、その間に二人の男が入ってきた。
「・・・怠惰なエディならいざ知らず、まさか、ウーズまでも敗れるとはな。」
「兄上。父上になんと報告を?」
「ありのまま報告する。・・・受験生ネロ。試験終了後、校長室に来てもらおう。」
「???」
それだけ言うと、彼らはウーズを抱えて舞台を降りた。そのやり取りを見ていた生徒達はざわざわと騒ぎ出す。
「・・・あれ、エルト家の次期当主アーク・エルト様と次男のイーバ・エルト様だ・・・!」
「まさか、あの二人まで卒業試験を見に来ていたのか!?」
「ヤバいって!ネロの奴、エディばかりか、試験官のウーズ様まで倒しちゃったんだぞ!兄達がどんな報復に出るか・・・!」
「・・・ネロの奴、本気で死んだかもな。」
「・・・。」
生徒達は、この後ネロがどんな酷い目に遭うかを勝手に想像し、勝手に怯えていた。対するネロは、無事卒業できるかどうかの不安しか考えていなかった。