第87話 終戦
「かつての仲間、ギムレットと重ねているのですかぁ?」
「少し喋りすぎだ」
シリウスはマイズに肉薄し、剣を振り下ろす。
「おっと、危な……ぐああ!?…避けたはずでは…」
「魔剣技『陽炎』お前が躱したのは幻影の刃だ」
思わぬ一撃にマイズは顔を顰めた。しかし、再度ニヤケる。
「クククッ…必死ですねぇ。あの女性、アレイナさんにも話していないのですかぁ?どうやら彼女はあなたを好いてるようだ、そしてあなたも…。いやぁ、信頼関係とは脆いものですよ?あなたの正体を知ったら彼女はどんな反応するでしょうか」
「てめぇ、まさか、やめろ!!アレイナを巻き込むな!」
「私は相手の1番嫌がることが大好きでして」
マイズは人差し指をアレイナに向け光を放った。
「『思念伝達』…私が得たあなたの情報は全て彼女に渡りました…。混乱しているでしょうねぇ…こんな状態で戦えますか?彼女もあなたも」
「くそっ!!」
思念伝達を受けたアレイナの動きが止まっていた。額には薄ら汗が見える。
「これが…シリウスの正体…」
アレイナは振り向き、シリウスを見た。
「なんて顔してんの?シリウス。早くそいつぶっ倒してよ」
「え?いや、あ、うん…」
どんな反応されるかと身構えていたシリウスを見て、アレイナはさも当然のようにドラゴンに向き直った。その姿にシリウスは唖然とする。
そして、それはマイズも同じだった。
「な、なぜですか!!あなたをずっと騙していたのですよ!?利用されてきたのですよ!?シリウスとパーティを組んでからずっと!シリウスの目的のために!!なぜ、信頼が揺るがないのですか!!」
その言葉にアレイナはため息混じりに答えた。
「あのね、シリウスが何か自分の目的のために私の力を必要としているのは随分前から知ってる。騙されていた?馬鹿言わないで、騙されていたのじゃなくて、私が聞かなかったの。それに、愛している人に利用されるなら、それも悪くないよ」
アレイナの言葉にシリウスは思わず笑顔になる。
「そういうことらしいぜ。正直やべぇって思ったが、大丈夫そうだ。七つの大罪討伐の予行練習としてマイズ、お前を殺す。覚悟しろよ?」
「チッ…くそっ!!」
マイズは顔を顰め、冷や汗を流す。すると、シリウスの足元に魔法陣が展開された。
「ハッハッハッ!!敵わないならあなたを飛ばせばいい!!さらばですシリウス!!」
マイズは高笑いしていた。しかし、
「馬鹿か、俺はのほほんと500年生きてきた訳じゃねぇよ」
シリウスは大剣を地面に突き刺し、大量の魔力を流した。荒れ狂う魔力に魔法陣が破壊される。
「なに…!!」
「魔法陣対策、してないと思ったか?」
「魔剣技『炎刃飛影』」
炎の大剣から放たれる無数の炎の斬撃がマイズを襲う。
「ぐうぅ…これは、まずいですね…仕方ありません…」
「なにブツブツ言ってやがる」
一瞬で背後に回ったシリウスにマイズの右腕が切り落とされる。
「ぐああ!!」
「お前はアレイナに手を出した。俺の大切な人達に手を出す奴は誰であろうと許さない」
シリウスはかつてアレクサンダーがマイズに向けて言った同じことを言っていた。
「ククッ、全く同じことを言うのですね…。しかし、私はここで死ぬ訳にはいきませんので…さらばです」
マイズの足元に魔法陣が展開する。
「逃がすか!!」
シリウスは魔剣をマイズに向けて投げた。しかし、魔剣はマイズの体をすり抜けた。
「なっ…分身!?」
シリウスは気配を探り、マイズを見つけた。そこははるか上空、飛龍の背だった。
「さらばです。シリウス・グレイブ…。今を生きる過去の英雄"勇者の右腕"」
飛龍を中心に魔法陣が展開される。
「逃がす訳ねぇだろ!!!」
シリウスは魔剣を上段に構える。炎の魔力は巨大な炎の鳥を形成する。
「魔剣技『獄炎鳥』!!!」
魔剣を振り抜くと炎の鳥はマイズ達目掛けて一直線に飛んで行った。
「ちょちょちょ!!マイズさんやばいですよ!!転移まだですか!!」
「静かにしてください、ブエイム君。私の後ろに隠れて」
「マイズさん!?」
炎の鳥はマイズに直撃する。しかし、転移が発動し、マイズ達はその場から去った。
「逃がしちまった…」
「シリウスかっこ悪ー。暇ならこっち手伝ってよ」
「はいはい」
マイズとブエイムを逃がしてしまったが、まだドラゴン達が残っている。
「ちゃちゃっと終わらせるぞ」
「うん!」
2人はドラゴンと対峙した。
◆◆◆
〜パンドラのアジト〜
「ぐああああ!!!」
「マイズさん!ああ、俺を庇って…」
転移したマイズとブエイムはアジトの一室にいた。
「まだ…ブエイム君の特性は必要ですからね…」
「特性ですか…そうですよね…超越級の治癒術師呼んできます…」
ブエイムは多少ショックを受けながら部屋を出た。
「イグナシアの侵略失敗…これはボスに怒られそうですね…しかし、あの場にシリウスが現れるとは…」
マイズは目を瞑り、今回の戦闘を振り返る。
「シリウスのあの戦闘力…さすが初代勇者の仲間と言うべきでしょうか…歯がたちませんでした…。あれはイグナス・ブレイドと同等かそれ以上ですね…」
魔龍を打ち倒したアレクサンダーとエマを思い浮かべる。
「あの2人もいずれあの領域に…それに、カルマ君とソフィアさんもまたその可能性を秘めている…。ククッ…ハッハッハ!!ああ…!!未来が楽しみです…」
目は血走り、吐血する。
「魔神と相対すは"魔剣士"と"賢者"…。はぁ…はぁ…はぁ…あの2人の力の覚醒はいつでしょうか…。魔神復活には彼らが必要不可欠です…」
パンドラの目的は魔神の復活。世界を再び混乱に陥れることだった。
マイズは体力が尽き、気を失った。
◆◆◆
「ふいー、いっちょあがりー」
「おつかれー」
冒険者達は口を開け唖然としていた。
「う、うそだろ…俺達の援護なんて必要ないじゃねぇか…」
「たった2人で3体のドラゴンを討伐しやがった、しかも余裕で…これがSS級…」
火龍、水龍、風龍の3体はシリウスとアレイナによってあっという間に討伐された。
「さ、国王に報告だ。ルイーダ、今回の作戦の立案者とリーダーは誰だ?」
「イグナスのつもりだったんだけど、いないから実質的にはアレクサンダー君…。でも、彼も安否不明だから私になるかな…」
「そうか、なら俺達と一緒に来てくれ」
「うん…ドラゴンの後始末はどうする?」
「ドラゴンの素材は貴重品だ。ルイーダとイグナスで管理してくれ」
その言葉にルイーダは首を傾げる。
「管理?売却しなくていいの?」
「アレクサンダーとエマがいないだろ。魔龍はあいつらが命懸けで討伐したんだ。勝手に売却はできない」
「そ、そうね、ごめんなさい…」
「謝ることじゃねーよ、今回の戦いの1番の功労者はあいつらだ。帰ってきたら労ってやれよ」
アレイナは俯き、握る大杖が震えている。
「アレクとエマ、大丈夫かな…どこに飛ばされたんだろ…」
「マイズは死んでも口を割らなかっただろうからな」
「2人は魔龍を倒した後で重症だった…。危険地帯に飛ばされたら一溜りもないよ…」
「こればっかりは無事を願うしかない」
「そうだね…」
シリウスはアレイナの肩を抱き寄せた。
「シリウス!!」
「おー、着いたかローガン」
「どういう事だ!もう戦いは終わったのか!?」
「ああ、終わったよ。敵の主犯は取り逃しちまった申し訳ねぇ」
「謝るならアレクに謝れ!それで、アレクとエマはどこだ?」
ローガンの問いかけに3人は顔を曇らせ、事の顛末を説明した。
「安否…不明…?」
「ああ、ちょうど俺達が着く前に飛ばされてしまったらしい。間に合わず申し訳ない」
「いや…シリウスのせいじゃないだろ…。誰のせいでもない…」
すると、後ろで杖を落とす音が聞こえた。
「安否不明…?うそですよね…?」
ローガンの後を追ってきたミーヤだった。
「嘘じゃない。マイズがどこに転移させたのかもわからない」
「で、では、急ぎ捜索を…」
「酷だが、マイズの性格からして周辺国家はありえない。そうなると捜索は世界規模になってしまう。残念だが、こちらから探すのは困難だ」
「そ、そんな…アレク…エマ…」
ミーヤは膝から崩れ落ち両手で顔を押え泣いてしまった。
「あいつらなら大丈夫だ、ミーヤ。あいつらの凄さを俺達が1番知ってる。しぶとく生き残ってる…大丈夫だ…」
ローガンは崩れ落ちたミーヤの肩を抱き、励ました。ローガン自身の目にも薄ら涙が見える。
「でも…ミシアさんとラルトさんに顔向けできません…」
「…」
ミーヤの言葉にローガンは俯いた。
「ちょ、ちょっとまて…今なんて言った?」
ミーヤの発言に気なったことがあるようで、シリウスが驚きながら聞く。
「え?顔向けできないと…」
「そこじゃない!ミシアと言ったか…?」
「は、はい…エマの母親です…」
「エルフのか…?」
「はい」
「まじかよ…だからエマは…」
シリウスはなにやらブツブツ言い出し、考え込んだ。
「シリウス、あなたの話も色々聞きたい。今後の話もね。後で時間作ってね」
「お、おう」
アレイナはシリウスにコソッと言った。
「ローガン、ミーヤ、俺達は国王に報告してくる。お前達は戦いの後始末の手伝いをしてもらっていいか?」
「ああ、問題ない。ミーヤは休むか?」
「いえ…大丈夫です。手伝います」
そう言って2人は街門前に向かった。
「さて、心が痛むが報告しないとな」
「シリウスにも心ってあるんだね」
「あるわ」
シリウスとアレイナはヨハネス国王の元に向かった。
◇◇◇
「そ、そうか…アレクサンダー君とエマ君が…ソフィアとカルマ君は無事かい?」
「はい、手加減されたようで、気を失っただけでした。目立った傷も無く、今は冒険者学校の医務室で休んでいます」
シリウスは今回の戦いをヨハネス国王に説明した。
「なるほど…ルイーダ、2人のメンタルケアをお願いできるかい?おそらくあの2人が1番ショックだろう」
「はい、わかりました」
ヨハネス国王は額に手を当て、深く考え込む。
「アレクサンダー君とエマ君は2人で大将格の魔龍を討伐してみせた。英雄と呼ばれるべき所業だ。なんとしても探し出さないとね。希望は薄いと思うけど、イグナシアの周辺国家とイグナシア国内で捜索チームを作る。ギール王国はわからないが、ミアレスとモルディオは協力してくれるだろう」
そう言うと後ろに控えていた騎士を呼んだ。
「ディール、通信用魔導具を用意して各国への連絡準備をしてくれ」
「はっ!!」
ディールは部屋を出て準備を始めた。
「さて、シリウス、アレイナ。今回はスアレの危機を救ってくれてありがとう。褒美ならなんなりと言ってくれ」
「褒美は結構です。アレクサンダーとエマの捜索を最優先にして頂ければそれで満足です」
「私もそれが嬉しいです」
「わかった。ではそうしよう」
スアレの危機を救った立役者である2人がいないとなるとヨハネス国王も素直に喜んでいられない。
「しかし、転移魔法陣とは好きな場所に飛ばせるのかい?」
その質問にアレイナが答えた。
「いえ、1度行ったことのある場所、またそこに同じ魔法陣を仕掛ける必要があります」
「そうか。使う魔力の消耗が激しいと聞くが」
「はい、ここからモルディオまで飛ぶのに魔力の3分の2を使うほどです」
「それだったらアレクサンダー君達もそう遠くへは…」
ヨハネス国王は縋るような思いで聞いた。シリウスは冷静に答える。
「マイズの魔力量は底が知れません。それに、やつはおそらく"自分の魔力"を使っていないので、ほぼ無尽蔵と考えてもいいでしょう」
「自分の魔力を使っていない…?それはどういう…」
「やつはおそらく、外部から自分へ魔力を供給する術を持ち合わせています。その魔力の出どこは不明ですが、ほぼ間違いないです」
「そ、そんな方法があるのか…」
「あまりおすすめはしませんが」
ヨハネス国王はふぅと一息ついた。
「できれば君達にもアレクサンダー君とエマ君の捜索を手伝ってくれるとありがたい」
「もちろんそのつもりです」
「そうか!よかった!なにか進展があったら報せてほしい」
「はい、わかりました。では、失礼します」
「失礼します」
シリウスとアレイナは部屋から出た。
「どこから探すの?」
「いや、国王にはああ言ったが探す気はない」
「え?どうして?」
「あいつらと入れ違いになるのが最悪のパターンだからな、なるべくイグナシア周辺にいようと思う」
その言葉にアレイナは不思議そうに首を傾げた。
「いつもブラブラしてるのに、ここに留まるなんて珍しいね」
「まぁ、忘却とは1度会って話をしたいからな」
「そうなんだ」
「ああ、だからすまないが、俺の話については忘却達と合流してからでもいいか?何年かかるかわからないが」
「大丈夫だよ。今更数年待ったって大して変わらないし」
「そうか、ありがとう」
2人はそのままスアレを後にした。
第87話ご閲覧いただきありがとうございます!
次回をお楽しみに!




