第62話 城塞都市キルニア
モルディオ帝国
かつてモルディオは小国家だった。
いつ周辺国家に踏み潰されてもおかしくないほどの。
その現状を憂いたのは初代皇帝、キルニア・モルディオ。現皇帝の祖父に当たる人物だ。
初代皇帝キルニアはその手腕で着々と軍事力を身につけ、鉄壁の城塞を築いた。
そして、周辺国家からの侵攻という恐怖を払拭する為、各国家に宣戦布告。見事、勝利を収め周辺の5ヶ国を吸収した。
こうして、今のモルディオ帝国が誕生した。
旧モルディオ国は城塞都市帝都キルニアとして、モルディオ帝国の中心となっている。
「ってのがモルディオ帝国のルーツらしいぞ」
「へー!初代皇帝は強かったんだね!」
「初代皇帝は武力と言うより頭脳ですね」
周辺国家5ヶ国を相手取り勝利に収める。
凄い偉業だ。相当のキレ者だったのだろう。
「確か、その時モルディオに協力したのがイグナシアだったっけ」
「はい、武具の提供や質の良い兵士の派遣、先々代の聖剣所持者も派遣したそうです」
「え!?めちゃくちゃ協力してたんだね!」
「だから永遠の親友国と言われてるんだな」
永遠の親友国か。
カルマも国のことについて知っているんだな。意外だ。
「そんな国とアレクさんは戦争を…」
「それは謝っただろ!もう反省してるって!」
「もっと反省してください」
「エマぁ…最近ソフィアが俺に厳しい…」
「ソフィアは理不尽に怒らないよ。アレクが悪いんでしょ」
ダメだ。ここに俺の味方はいない。
「俺はもう一人で生きていく…」
「はいはい、早く行くよ」
「はーい」
俺達は今、帝都キルニアを散策している。
街の周りは高い壁がそびえ立っており、まさに軍事国家と言った感じだ。
〔ガヤガヤ〕
「なんだか人だかりができてるな」
「お祭りかな!?」
人混みの中を覗くと、両手に女性を侍らせた黒いマントに腰に黒いロングソードを挿した男がいた。
なんだ、どことなく格好が俺に似ているが。
「はっはっは…順番だレディ達、僕の武勇伝が聞きたいのだろう!好きなだけ聞かせてあげるよっ…」
そう言って男は隣にいる女性の頬にキスをした。
「なにしてるんだろ?」
「さぁ、武勇伝って言ってたから有名な冒険者じゃないのか?」
その男の話を聞いてみる。
「あれは去年の事か…ミアレスでの上位デーモンとの戦闘…あれは熾烈を極める物だった…」
おいおい、こいつまさか…
「あの戦いで私は左腕を失った…!」
俺の偽物なのか!?
「あぁ…忘却の魔剣士様…なんとお辛い経験を…」
「まぁ今の僕には君達がいるからね!!はっはっは!!」
嘘だろ…。信じるのかよ…。
「あれってアレクの真似してるの?」
「みたいだな」
「なんだか腹が立ちますね」
「同感だ」
もう少し様子を見てみる。
「そういえば、魔剣士様は暴嵐の魔術師様と恋人では?」
「あ、あー、あの女ね…他の男にうつつ抜かしてたから捨てたよ」
「そうなのですか!?なんて低俗な女!こんな素敵な方がいらっしゃるのに!」
チラッとエマを見る。
「…あいつ殺していいかな…」
「お、落ち着け…」
やばいな、エマが殺気立っている。
「確か、もう2人のパーティーメンバーもいらっしゃいますよね?」
「あー…あいつらね…正直足でまといだから…」
「お1人でも十分お強いですものね!足でまといの剣士などいりませんよ!」
チラッとカルマとソフィアを見る。
「あの人を殺しても問題なさそうですね」
「ああ…殺そう」
「お、落ち着けって!」
俺以外がブチ切れてしまっている。
「ミアレスと言えば、亡くなったアリア様を愛しておられたんですよね?」
「あ、あー、アリアね。正直遊び程度に付き合っただけだ、あいつは本気にしてたみたいだけど、死んじまったからね」
「神子様でも本気のお付き合いはしないのですね!」
よし、あいつは殺そう。
「「「落ち着いて!」」」
俺が夜桜に手をかけると3人が俺の体を抑えた。
「お前らも腹立ってたじゃねぇか」
「問題起こしたらまた怒られるよ」
「短気はダメです!」
「落ち着け」
えぇ…お前らもブチ切れてたじゃん。
俺だけそういう扱い?
「冗談だよ、そろそろ陛下に挨拶の時間だ。行こう」
そう言って俺達はその場を去ろうとした。
しかし、
「おや!?そこの麗しい灰色の髪の女性に金髪の髪の女性…どうですか?私と、お話でも」
偽忘却の魔剣士はエマとソフィアを見つけ、声をかけてきた。
「「結構です」」
即答で断っていた。
「お、おや…どうやら私が誰かご存知無いようですね…私は忘却の魔剣士!アレクサンダーです!!」
「「「きゃー!!!アレク様!!!」」」
エマとソフィアはなにか汚物を見るような目で偽忘却の魔剣士を見た。
「なによ!あの女!アレク様の誘いを断るなんて!」
「ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるのよ!」
取り巻きからのヤジがすごいな。
「やめたまえ、ハニー…僕が女性を好きになることをどうか許して欲しい…」
そう言うと偽忘却の魔剣士はエマとソフィアの手を握った。
「どうですか…今晩、この忘却の魔剣士とご一緒に…」
「「ひっ…」」
握られた手を撫でくり回され2人は思わず悲鳴をあげた。
よし、もう我慢は十分だ!
向こうが全部悪い!
「3人で気持ちのいいことをしま…ブヘェ!!」
「汚い手で俺の女に触るな」
俺は偽忘却の魔剣士を殴り飛ばした。
男は後ろの壁に激突し、気を失った。
「なんてことするの!?アレク様は今留学中で皇帝陛下のお気に入りなのよ!」
1人の女性が叫んできた。
「はぁ…あのな、そいつが本物の忘却の魔剣士かどうか、冒険者カード見ればわかるだろ…」
そう言って男の胸ポケットを指さした。
こいつは魔導袋すら持っていないらしい。
女性達は言われた通りに男の胸ポケットから冒険者カードを出した。
「な、なによこいつ!アレクサンダーじゃなくて、二ルマって名前じゃない!しかも、D級冒険者よ!」
「髪の毛を黒じゃなくて紺色じゃない!」
女性は叫び、男を蹴った。
「最悪!頬にキスされたんだけど!」
「騙された!お昼代返してよ!」
哀れだな、まぁ、騙される方も悪いだろ。
「これからは、しっかり本人か確認することだな」
「あ、ありがとうございます!お名前をお伺いしても?」
1人の女性が頬を赤らめながら言ってきた。
おいおい、こいつ懲りてねぇのかよ。
しかし、ここで名乗ったらまずいよな。
「あー、俺の事は近々わかるんじゃないか?」
「え?」
「先を急ぐんで」
「あれ…?黒髪の冒険者…」
「それじゃ」
そう言って俺達は早歩きでその場を去った。
「アレクかっこよかったよ!」
「そりゃよかった」
「俺の女…わかってます!エマさんのことです!でも、キュンと来るくらいは許してくださいよ!?」
「だ、誰も責めてないだろ…」
ソフィアが両手を赤くなった頬に当てながら言ってきた。
ソフィアは気持ちをさらけ出してからは俺への好意を隠さないようになった。
それ以上の関係を望んでいる訳ではない。
傍で戦わせて欲しいという思いだ。
しかし、留学のことはもう帝都中に広まってるみたいだ。
パンドラはなにか仕掛けてくるだろうか。
◇◇◇
〜モルディオ城:謁見の間〜
謁見の間にはリオン皇帝の他に、宰相ラング、3人の子供と女性、カーペットの両脇には壮年の男性陣と騎士が並んでいる。
「お父様、城下町では偽物の忘却の魔剣士について情報が出ていますが」
子供の1人、白髪の女性がリオン皇帝に言った。
「気にするな、本人が対処するだろう。あやつも意外と短気だからな。それと、公務の場では皇帝陛下だ。」
「短気ですか?温厚で誰にでも好かれる人物だと聞いておりますが」
「短気になるのは大切な物を傷つけられた時のみだ。アレクサンダーの鬼気迫る姿は俺ですら戦慄したほどだ。」
「お父様でも…」
「皇帝陛下だ」
リオン皇帝の話を聞き、大臣連中はゴクリと喉を鳴らす。
リオン皇帝は武芸に優れた人物だ。そのような人物が戦慄するほどだと。
「アレクサンダー様に会うの楽しみ!エマ様からも魔術のお話とか聞きたいな!」
やや赤みがかった茶髪の女性がそう言ってはしゃぐ。
「リラ、じっとしてなさい。アレクサンダーはそそっかしい女性は好かんかもしれんぞ?」
「はーい」
もう1人の明るい茶髪の子供は下を向いている。
「ジーク、胸を張りなさい。堂々としておるほうが、アレクサンダーも好ましいだろう」
「は、はい!」
ジークと呼ばれた男の子は胸を張った。
「ははっ、アレクサンダーの名前を出すと便利だな!」
「陛下、悪い顔になってますよ」
後ろにいた白髪の女性がリオン皇帝に言った。
すると、謁見の間の扉が開き、1人の兵士が入ってきた。
「報告します!アレクサンダー様御一行がお見えになりました!お通し致しますか!」
「許可する」
兵士の報告を聞き、リオン皇帝は許可を出した。
周りの人達は背筋を伸ばし、アレクサンダー一行を迎える準備をした。
◇◇◇
「皇帝陛下から許可が降りました!どうぞお入りください!」
「案内ありがとうございます。兵士さん」
「い、いえ!」
俺がお礼を言うと嬉しそうに敬礼した。
「ねぇアレク、男までたらすのはどうかと思うよ?」
「たらしてないだろ。お礼を言っただけだ」
「天然たらしですものね」
「天然たらしだからな」
「お前らなぁ…」
そんな会話をして、前を向いた。
ゆっくり扉が開く。
俺達は謁見の間に入る。
カーペットの横にはずらりと騎士が並んでいる。
すごい既視感だ。アリアに初めて会った時もこんな感じか、どこの国でも同じなんだな。
俺達はカーペットを歩き、リオン皇帝の前まで来ると膝をついて頭を下げた。
リオン皇帝は3段上の玉座に座り、肘をついて見下ろしている。
「アレクサンダー、エマ、カルマ、ソフィア共に、皇帝陛下へ到着のご報告に参りました。」
「よく来たな、4人とも、面を上げよ」
「…」
「よい、上げよ」
この儀式ってなんの意味があるんだろうか。
そんな事を思いながら顔を上げた。
「2週間ぶりか?改めて、よく来たな」
「ありがとうございます。スアレに負けず劣らずの素晴らしい街でございます」
「ガッハッハッ!そうか!そうか!君に言われると数倍嬉しいな!」
リオン皇帝は豪快に笑った。
皇帝の右後ろには子供たちがいる。
俺が指導しなきゃいけない子供たちか、考えるだけで憂鬱だ。
3人とも目をキラキラさせている。
憧れてるってのは本当らしい。
左後ろには白髪の女性と宰相ラングがいる。
白髪の女性は皇后陛下だろう。綺麗な方だ。
その横でラングがにこにこしている。
「ラングから聞いておるぞ。国境付近の山道でSランクと遭遇したと」
リオン皇帝の言葉に場がざわつく。
「はい、ですが討伐は既に完了しておりますのでご安心ください」
「そうであったな!ラングが言うにはアレクサンダー1人で瞬殺したそうだな」
「取る足らないモンスターでございました。Sランクかどうかも怪しいレベルです」
「ガッハッハッ!デュラハン相手にその歳でそう言えるのは君達4人くらいであろうな!」
「「「デュ、デュラハン…?」」」
横に並んでいる大臣達は冷や汗をかいているな。
リオン皇帝がこの話を出てきたってことは、自分の力を誇示しろってことだろう。
おそらく、俺をまだ認めていない連中がいるのだろうな。
宰相ラングの名前を出したことで、この話の信憑性は確実な物になり、信じざるを得ない。
これは、ラングが考えた作戦だな。
「堅苦しい話はここまでにしておこう!4人は来客用の部屋へ来るように」
「「「「はい」」」」
堅苦しいのがめんどくさくなったみたいだ。
俺もこういうの慣れてないし丁度いい。
リオン皇帝が下がったのを確認して俺達も立ち上がった。
「来客用の部屋までは、私がご案内します」
ラングがそう言い、謁見の間から出た。
「ラングさんが考えたんですか?」
「ああ、あれは陛下が力を誇示させたいと言っておられましたので、少しばかり助言したまでですよ」
「そうなんですか」
その少しはどのくらい少しなのだろうか。
「あの場で、すぐにその意図に気づき合わせる。やはり、アレクサンダー君はキレ者ですな」
そう言ってラングは笑った。
「さ、部屋に着きましたよ。ここからは、肩肘張らずに気楽に過ごしてください。陛下もそれを望んでいるはずです」
ラングが扉を開けた。
気楽にって言われてもなぁ、皇帝だからな。
1年間帝都にいる訳だから、仲良くはしたいよな。
第62話ご閲覧いただきありがとうございます!
今回から1日1話昼の12時更新になります!
次話をお楽しみに!




