第57話 イグナスの怒り
時は遡り、アレクが気を失い寮に運ばれた頃…
「このまま、しばらく寝かせたらすぐ起きるだろう」
「イグナス先生、運んでくれてありがとう」
イグナスがアレクを闘技場からおんぶし、アレクの部屋まで運んだ。
「気にするな。エマ、お前はこのままアレクが起きるまで傍に居てやれ」
「うん。あれ?アレクって言った?いつもアレクサンダーなのに」
エマがニヤニヤしながら言った。
「あっ…お前らに釣られただけだ!アレクサンダーには言うなよ」
「はーい、先生は闘技場に戻るの?」
「いや、俺はやることがある」
そう言うと、イグナスは踵を返して部屋から出ていった。
その表情はいつもの無気力な顔ではなかった。
◇◇◇
〜冒険者協会〜
イグナスはホグマンの元に来ていた。
「会長、もうわかってんだろ?」
「はぁ…そうだな」
「教えろ。スアレとその周辺にある、"パンドラのアジト"を」
イグナスが求めていたのはパンドラのアジトの場所だった。
半ば脅迫気味になりながら、ホグマンに問い詰める。
「パンドラに関して傍観を決め込んでいたお前がどういう風の吹き回しだ?」
「今日の惨劇を見たらわかるだろ!パンドラは俺の生徒に手を出した。そして、1度死んだ。油断した俺にも非はある…だが、俺は許すことはできない…!」
イグナスはギリッと歯を噛み締めホグマンに訴えかける。
「そうだな。許すことはできない、正にその通りだ。私も強い憤りを感じている」
「なら!」
「いいのか?勇者の末裔であるお前が明確な敵対の意志を現せばヤツらもなにかしら動きがあるぞ?」
イグナスは目を閉じ、息を一つ吐き、目を開いた。
その瞳には強い意志が宿っている。
無気の剣聖の瞳ではなかった。
「望むところだ…!」
「わかった」
ホグマンも決意を固め、極秘の金庫から1枚の紙を渡した。
「これの丸印の所がアジトだ、全部で3箇所、お前なら一晩で終わるだろう。油断はするなよ」
「ありがとう、会長。今度酒奢る」
「お前の安酒は飲み飽きた、高いので頼むぞ」
イグナスはふっと笑い部屋から出ようとした。
「イグナス」
それをホグマンが呼び止めた。
イグナスは振り向く。
「アレクサンダーが重なるか?かつての自分と」
「…少なくとも似ているとこはある、だが、あいつは俺程馬鹿じゃないさ…」
「そうか…呼び止めてすまなかった、行ってこい」
イグナスは消えるように去った。
「はぁ…イグナスは教師に向いていないな。私情を挟みすぎだ。アレクサンダー…新たな英雄覇道を歩むもの…か」
ホグマンは目を閉じ、昔を思い出す。
『イグナス!働きすぎだ!少し休め』
『え?治癒魔術も受けたし、体力は満タンだ』
『そういうことじゃない!精神の問題だ!』
『はー?精神?俺はそんなにヤワじゃねーよ』
『待て!イグナス!』
かつて、イグナスの精神は摩耗しきっていた。それは破滅を意味している。
なぜ、イグナスが第一線を退き、教師になったのか。イグナスのアレクサンダーに対する思いは。
機会が来れば、語られるだろう。
「勇者…もう、そんなもの必要ないだろうに…」
ホグマンはポツリと呟き、仕事に戻った。
◆◆◆
~パンドラのアジト~
「マイズさん!スアレ周辺の2箇所が潰されました!!」
「そうですか」
「何を呑気な!残るはここだけですよ!」
スアレにあるパンドラのアジトでは大騒ぎになっていた。
傍観を決め込んでいた、勇者の末裔が突如牙を向いてきたと。
「では、あなたはここに残りイグナス・ブレイドに伝言をお願い」
「え?私も逃げ…ぐっ…」
マイズは男の頭を掴み、闇の魔力を大量に送った。
「わかりましたか?」
「ハイ、ワカリマシタ」
男はまるで人形のようになった。
「伝言はこうです……」
マイズは伝言を伝えると、転移魔法陣でどこかに逃げた。
イグナスは最後のアジトに着いた。
「ここで最後か…」
スアレの端にある小さな小屋。
その小屋の中の板を剥がすと、地下への階段が出現した。
階段を降りると大量の下位デーモンが出迎えた。
「へへっ襲撃の報告は受けて…」
「だまれ」
イグナスはデーモンの言葉を聞く間もなく斬り伏せた。
「や、やれー!!」
「…」
デーモンの大群は一斉にイグナスに飛びかかった。
「聖剣の前に数の有利なんて関係ないんだよ」
イグナスは体に光を纏い、戦場を蹂躙する。
下位デーモン30体、討伐にかかった時間は、僅か30秒だった。
イグナスの目は奥にしか向いていない。
(今回のアレクサンダーの死は、俺の怠慢が招いた結果だ。それだけじゃない、あの場にいた下位デーモンの気配にすら気付けていなかった。アレクサンダーが起きなければエマも死んでいた。俺は俺を許せない。)
そんな考えをしながら、敵を斬り、最深部の部屋に着いた。
「それで隠れているつもりか」
イグナスがそう言うと、棚の影から、男が出てきた。
「お前の上司はどこだ」
「イグナスサマニ、マイズサマヨリ、デンゴンガアリマス」
「伝言…?何言ってんだこいつ」
イグナスは男に近付いた。
その目に生気は無い。
「こいつ、死んでやがる…。伝言を伝えるだけの道具にされたのか…外道が…!」
イグナスは怒りを露わにする。
「デンゴンヲサイセイシマス」
男はそう言うと、目を見開いた。
『こんばんは、イグナス・ブレイド。私はパンドラの幹部、マイズです。』
「マイズ…」
聖剣を握る手に力が入る。
『あなたが襲撃してくる可能性は60%程で考えていましたが、逃走手段を確保しておいてよかったです。おっと、これが伝言ではありませんよ?あなた達に朗報です!』
「朗報…?」
マイズはおちゃらけたような口調で話していた。
『あなたが私達に敵対の意を示したので、イグナシアでは活動できなくなりました…。なので、しばらくはアレクサンダー君やエマ君に手出しできないでしょう…残念です…私は彼との再戦を心待ちにしているのに…』
「ふざけやがって…!」
再戦を心待ちにしているなら、今回みたいな回りくどいやり方はしないはずだ。これはイグナスをからかっているのだろう。
『と、言う訳で。私達はイグナシアから撤退しました。なにもパンドラはイグナシアだけの組織ではありませんので。そうそう、最近は欲に溺れた貴族共が居る愚かな帝国を根城にしてるんですよ!あそこは良いですよぉ。簡単に瘴気に当たり、暴走してくれる!イグナシアの人達は意志が固く思うように行きませんでしたから…。
と、まぁ伝言はこのくらいです。アレクサンダー君によろしくお伝え下さい。
この者に置き土産を持たせていので気に入っていただければ幸いです。では、またの機会に』
マイズの伝言が終わると、男が光始めた。
「自爆か…!」
ここは地下、爆発したら生き埋めになる。
「聖剣技『光結界』」
光の結界は男のみを包み込んだ。
結界の中では大爆発が起こっている、しかし、結界のおかげで被害は何一つなかった。
「チッ…わざとやってやがる…」
マイズはイグナスの実力を知っている。
このぐらいどうってことないことも、わかった上でやっているのは、からかうためだ。
マイズに腹を立てながら、地下を出た。
外は薄ら明るくなっていた。
「ふぅ…柄にもなく頭に血が登ったな…まぁ、後悔はない」
そう言うと、イグナスは歩き出した。
「あー、しんどー。常に警戒しながらって鬼畜だよなー、自分が選んだことだけどよー」
その姿はいつものイグナスに戻っていた。
「はぁ…子供が子供でいる間は、それを守るのが大人の役目…昔会長に言われたっけなー…」
そんなことを思いながらイグナスは冒険者協会へ向かった。
◇◇◇
〜冒険者協会〜
「なるほど、イグナシアでのパンドラの脅威は一時的に無くなったと」
「おー、あいつらの言うことがどこまで本当かはわからんがなー」
イグナスなアジトで起こったことをホグマンに報告していた。
応接用のソファに寝転がり、だるそうに報告するイグナス見て、ホグマンは溜息をついた。
「はぁ…さっきは昔のお前に戻ったように見えたんだがな…」
「戻らねーし、戻れねーよ。馬鹿な昔の俺が選んだ結果だー。」
「そうだな…」
ホグマンはイグナスの様子を寂しそうに見ていた。
「帝国か…マイズの言うことが本当ならば、次の拠点はモルディオ帝国になるな」
「そだなー、まぁ、あいつらがモルディオに行くことなんかないだろー」
「そうだと言いが…」
ホグマンは顔を曇らせる。
「ん?どした会長」
「実は、モルディオの皇帝と冒険者学校の校長がアレクサンダー君と面会を希望している。」
その言葉に、イグナスの顔は険しくなる。
「まぁー、予想はしていたがなー」
「そうだな、モルディオは魔剣士の育成をしているが、依然上手くいっていない。そこに完璧とも言える魔剣士が現れれば、手中に収めようとするだろうな」
「自分の国の生徒が本人を1度殺しているのに、付け入る隙があると思ってんのかなー、場合によっちゃ、俺はキレるぞ」
イグナスが殺気を放つ。
「なるべく我慢してくれ…帝国と戦争になってしまう」
「俺は一向に構わんが」
「自分勝手なことを言うな…」
イグナスの言葉に頭を抱えながら、ホグマンとイグナスは閉会式を行うため闘技場に向かうのであった。
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