12.伝統派空手
第12話
伝統派空手
オレはゴブリンなど、一切、相手をせずに石を集めていた。
さらには、
「これはキレイな石だな。
元はガラスでガラス瓶か鏡が割れたのかもしれないな」等と呑気なことを言っていた。
しかし、幸いなことに、皆、命懸けの戦闘をしているので、オレの珍妙な行動に気が付く者は皆無であった。
ある時、ゴブリン達がおかしな動きをし始めた。
一瞬、動きが止まるのである!?
それが『蒼井のせいだ』と、おやっさん達は気が付かなかったが、実は、先ほどのキレイな石を使って、オレはゴブリン達の視界を誘導していたのだ。
つまり、ゴブリンは夜目が効く上、好奇心大勢のため、ガラスの反射を、つい見てしまうのだ。
オレがガラスをチラつかすと、よそ見をしてしまうゴブリンは、おやっさん達にいとも簡単に狩られていった。
そうこうすると、周りが騒がしくなってきた。
他の牧場でも戦闘が起こっていたのだろう。
『元冒険者が加われば、なんとかなるのではないだろうか』と、誰もが思ったが、一番苦戦しているのは、意外にも元冒険者の牧場だった。
ゴブリン達は、ゴブリンアーチャーをこの牧場に集中的に集め、火矢を盛大に飛ばしていた。
「クソたれめ!」と、元冒険者上がりの牧場主の声が聞えそうだ。
一方、おやっさんの牧場は、煉瓦造りのサイロに数本ほど火矢が刺さっているが、大きな被害は出ていない。
ゴブリン達が、元冒険者の牧場対策に戦力を割いていたせいか、先ほどは、あれだけ多くの火矢が準備されていたと思ったのに、あまりこちらには飛んできていなかった。
そして、
ボコッ!という音と共に、ゴブリンが倒れた。
オレの投げた石が、ゴブリンアーチャーの頭に当たったのだ。
ゴブリンは好奇心が強い。
光ると反射的に、そちらを見る習性がある。
左手にキレイなガラスをチラつかせ、ゴブリンアーチャーがガラス石を見ている隙に投石した石がゴブリンを襲う。
百発百中とは行かないが、ガラスを見ている間は、ゴブリンアーチャーの火矢は確実に射ることができない。
また、ゴブリンアーチャーへの嫌がらせで、大きく山なりの投石を行う。
滞空時間が長いので、落下するまでゴブリン達は右往左往し、バカなことに頭を抱え足を止める奴もいる。
数十人はいるアーチャーが、オレ一人の投石によって封じられていた。
お陰で、おやっさんの牛舎や小屋には火矢は刺さらず、未だ健在なのだ。
また、空手の有段者であるオレが接近戦をせず、投石をしているのには、実は理由がある。
かつて日本の戦国時代、死亡率が高かった武器や戦術の1つが投石だ。決して、鉄砲、槍、刀、弓矢だけが戦国の武器でない。
まずは投石、次いで弓矢、実は刀など接近戦はずっと後の戦闘行為で、しかも、高価な刀とちがい、石は無料というコスパ最高の武器だ!
オレが無料で手に入る石を、バンバン投げまくったので、ゴブリンはかなり狩られたようだ。
それを見て、業を煮やす者がいた。
指揮をしていたゴブリンロードだ!
ゴブリンロードは、
「このまま投石野郎を放置は出来ない」と判断し、蒼井の方へと移動を始めた。
ゴブリンロードは、自らの手で蒼井を仕留めるつもりなのだ。
***
投石を続けていたオレの元に、凄まじい勢いで棍棒が襲ってきた。
咄嗟に交わすが、地面は土煙を盛大に上げている。
そこには、成人男性の背丈があるゴブリンが牙を剥き出し、オレを睨んでいた。
すると、別の方向から、ゴブリンリッパーがナイフを突き立ててきた。
オレは左手の万年筆でナイフを受け流し、右手の万年筆で、こめかみに突き刺した。
すると……
バタリと、ゴブリンリッパーが倒れた。
―――即死だ。
ゴブリンリッパーが倒された!
ゴブリンロードの顔を見ると、そんな小さいことは、こいつには、どうでも良かったようだった。
まさに、そんな表情だ。
「待たせたようだな」という、オレの言葉に反応するかのように、ゴブリンロードの棍棒が襲ってきた。
棍棒は、凄まじい音を立て空を切る。
続いて、振りおろし、土煙がまた舞上がった。
だが、一発も当たらない。
オレから言わせてもらうと、こんな、大振りの攻撃が当たるはずもなく、“体捌き”でなんなく避けられるぐらいのスピードでしかない。
つまり、こいつはスローなのだ。
オレは、一気に緊張感が抜けてしまった。
「一対一の戦闘では、魔物もこんなものか」
しかし、オレは、一度も攻撃を仕掛けていない。倒さなくては、この戦闘は終わらないのだ。避けてばかりでは、倒せないなずなのに。
だが、その瞬間は突然にやって来た。
“ドォーン”と地面が砕けんばかり音を上げた。
次の瞬間、ゴブリンロードは口から血を流し、膝から崩れていた。
そして、オレがゴブリンロードの背後にいたことに、ゴブリンどもは、不思議そうに驚いているようだ。
オレは、苦しむゴブリンロードの顔面を、背後からの回し蹴りで叩き割ってとどめを刺した。
すると、ゴブリンロードの顔面は破裂し、血みどろと化していた。
ゴブリンロードが倒され、ゴブリン達は、青ざめ逃げ出しているようだ。
これは、お互い想定外だった。
ゴブリン達は、ゴブリンロードが狩られることなど考えもしていなかった。
ゴブリンキングになり、この周辺の支配者になるはずのゴブリンロードが倒されるなんて考えもしなかったのだろう。
シンジたち“牧場の戦士達”も襲ってきたゴブリンが、情けない姿をさらし、慌てふためき逃げ出すことに、驚きを隠せなかった。
だが、オレは鬼神の如く、ゴブリンを追いかけ狩り続けた。
ゴブリン達は、鬼神の如く追いかけて来る男に恐怖し、2度とこの牧場には手を出してはイケないと学習させられていた。
そして、「キィー」というゴブリンの悲鳴が、また1つ聞こえた。
ゴブリンが狩られたのである。
しかし、それを良しとしない者が、ここに現れた。
一体のゴブリンソードが、勇敢にも、このオレに立ち向かうようだ。
ゴブリンソードが剣を上に挙げた瞬間、「ドカーン」という音と共に、ゴブリンソードの頭が、ダラリとぶら下がっていた。
首が折れたのだ。
今、何がゴブリンソードを襲ったのだろうか?
実は、この技が、伝統派空手の最短で最速の拳、“刻み突き”だということを、誰も知る由もなかった。※1
つまり、オレの拳が、ゴブリンソードの首をへし折ったのだ。
異変に気付いたのか、町からは増援が駆け付けゴブリン達は、巣穴へと帰って行った。
やはり、ゴブリンは頭が悪いのである。深夜に襲えば増援も直ぐに来ず、蒼井隼人も宿舎に帰っていたのだから。
さて、おやっさんの牧場からは、幸いなことに、人も牛も被害は無かった。
後で、シンジたちが牛舎へ行くと、牛達は震えて動けなかったようだ。
そして、シンジは「朝まで牛のところにいる」と言っていたが、おやっさんと交代ということになった。
結局は、皆、興奮状態で、全員で牛舎にいることにした。
ということで、オレも彼らに付き合う事になり、今夜は、残念なことに、緑茶が飲めない。
掛川茶の上級煎茶を、この世界の通販サイト“密林領域”から取り寄せたのに、残念だ!?
※1 刻み突きとは、前拳によるストレートパンチ。ボクシングの左ストレートより、剣道の面に近い足さばきになる。
次回の空手は、D級ハンター。