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2021/2/20_17:36:39投稿用メモ 忘れ去られた行進曲

作者: 猫八

清夫という古くも、新しくもある街で繰り広げる冒険譚を、お読みください。

猫八の門出となるこの作品。完結はしていませんので、ご容赦のほどよろしくお願いします。

それでは良い旅を。

 清夫市な伝統工芸品と言えば輝石で作ったネックレスだ。私が生まれる1000年くらい前の言い伝えが今も残っている証に、ひし形へ加工しただけのネックレスが月に数十万と売れている。小学生の時に、嫌というほど先生や近所のお婆さんからよく聞かされたものだ。

 私が住んでいる家は、八幡市の郊外にある隣の町との県境の近くに建てられた。昔は、八幡市の中心にある清夫水神社の近くに建造物を建ててはいけないという風習があった。今では廃れたが戦後までは、この慣習が根強く残っていたのだ。

 自転車で路線バスの通る駅の近くまで行き、15分程度人ごみに揺られるのが私の日課だ。清夫神社前で私は通行口から押し出されるように外へ外へと流された。濁流に飲まれながらも百円、二百円となんとか運賃を払い終えて待ち合わせ場所の清夫神社の前まで行く。無精髭を蓄えた白髪のおじさん、ハイヒールを履て唇いっぱいに口紅をつけた若い女性、眼鏡をかけた学生、モノレールに乗っていた人たちをしり目に歩を進めた。

 「おはよ、京ちゃん」

 「おはよ、天ちゃん」

 天ちゃんは飯田 天音の氏名からつくられた私のあだ名である。今は青ばれの空の下を通っており京ちゃんと呼んでいる、茶髪の髪がうなじにさわるぐらいの長さの、緑がかった目をしている少女と並んでいる。少し走って行くとアスファルトでできた道から石畳の道にかわる。

 そこには、いかにも西洋風の街灯というような六角形の照明とオーク細工でできた、水飴のように滑らかで、それでいてどことなく小綺麗な、銀座の高級レストランのように品のある面もちのの店がズラズラと並んでいた。

 夜の街は慈愛の焰などと呼ばれていたので私も立ち寄ってみたが、石畳の上に等間隔で配置された街頭やら色仕掛けで客を誘い込むスナックやら、子豚のように丸々と太った、滑らかで黒曜石のようにツヤのあるスーツを着た男が入った焼肉屋やらは、ただ暗い夜道を照らすだけの電灯のような役割としか見れなかったのだ。

 ただときおりあの六角形の中の炎が、装飾のためのツタが、まるで本当は生きているのではないかと錯覚してしまうぐらい生々しく活々とツタを生やし、ガラスを割り、業火の炎と大地からうねる触手をもってこの街に最悪をもたらしてしまうのではないかと考えこんでしまうことがあるのだ。

 私たちはあの繁華街を抜けて今度は商店街に来ているところだ。名を天門街というのだが、ここにある家々はどれも平屋ばかりで二階の部屋はどこを見渡してもない。

 ここも戦前からの名残が、いままで残っているのだろう。私たちはあのオークの木村が使われている甘味の店の試食品をかっさらい、八百屋で取れたての蜜柑を買い最後に精肉店へと立ち入った。ここも宝石のように輝いているおみせだ。路肩にはみ出して店の特売品をこれでもかとアピールしている。精肉店の店主は今日もお客に買ってもらおうと大きな声でセーストークをくりひろげていた。

 「よってらしゃい、みてらっしゃい。今日もおやすくなっていますよ。今日の自慢の一品は狩猟のおっちゃん。増田さんがとった鴨肉だよ。」中華料理屋の店主やコロッケ屋の婦人、太った主婦たちが我こそわと詰めかける。私はその中を蛇のように右へ左へ、くねくね曲がりながらハヤテのごとく目的地へと着ていた。

 「おじさん、おはよう」

 「おはよう天ちゃん。きょうも例のあれだろ」

 腕が太く、くびが私の目尻の先から先まである。だんだんと見上げていくと、がっしりとした顎と鉄のように固かたそうな白い歯で、笑った顔を向けた。

 「そうそれ、一番いいのを二つちょうだい」

 ちょっと待ってろと言って、漢の文字が入ったのれんの奥に入っていった。しばらくして二つの小さな袋を持ってきた。店主が私と京子のぶんを残してくれたのだ。

 「お前が欲しいのはこれだろ」

 「そうそう、鴨肉のコロッケ」

 私はウキウキしながら、鴨肉コロッケを貰った。

 「ありがとう、岡田さん」

 そう言って、店主を一回、ハグしたあと「じゃあね、岡田さん」といい店を出ていった。買い手の群れを掻い潜って、京ちゃんのいるところまで戻ってくる。

 「天ちゃんお帰り」

 「ただいま京子ちゃん」

 「これ京子ちゃんのぶん」

 京子は天音からコロッケを貰った。その代わりに私は京ちゃんから二百円ぐらいお金を貰った。二人が一緒にコロッケを食べて、二人が一緒に美味しいと言った。鴨の脂身が口のなかに広がるほど、私の頬が落ちていくのがわかった。噛めば噛むほど、スルメのように鴨肉から旨味が出るので三十回、五十回と永遠に噛み続けたかった。しかし、いつかは味がなくなって、仕方なく胃の中へ押し込んだ。 

 続いて二口目の幸せにかぶりつこうとしていた、私の目の前にちょうどこのコロッケと同じぐらいの大きさの亀が横にある裏路地に進んでくのが見えた

 私は目を見張ってその亀が進むのを見ていた。形は六角形の甲羅に、長い首と小さい頭、さらに四本足尻尾がついている普通の亀だった。しかし、甲羅の模様が、丸いドーナッツのように円形の形をした各色の層で区切られており、まるで地層のように、甲羅の中心から離れていくほどに明るい色をしている。

 しかもその色というのが、土によくにた色なのだ。真ん中はヒーターチョコのように深い黒の中に土の色を混ぜ混んだような色をしており、それこそあの繁華街で見かけた黒のスーツのようなシックとの中に茶の色を混ぜ混んだようでもあるような気がした。

 この中心のいろからだんだんと明るい色になっていって、甲羅の端にいたっては、もうそこらの土の色と何ら変わらなかった。亀の足は、そのの末端のを除き甲羅の端の色と変わらい、この清夫のどこにでもある土の色をしていた。

 私はこの亀を見た瞬間とてつもない興奮とともに、この街にある土亀様の伝説が本当であったと確信した。全体的な大きさは私の手のひらと変わらないぐらいの大きさで普通の亀より小さい。しかもその割りに首と足が長いのださらにはひょこんと尻尾もある。首は私の小指の先から親指の先まであり、一歩歩くごとにからだから土をこぼしなから、伸びたり縮んだりを繰り返している。

 足は爪先が丸くなっているのだが、その先端から三センチほどだろうか刀の波紋のようになみなみと湿り気を帯びた部分があってそこを基準に私は「足首はあの波紋のところではないか」とおもうようになっなった。

 私はおもわずコロッケを落としてしまった。数秒か数十秒、かたまっている間に裏路地へと逃げおおせてしまったのだ。でと私は京子ちゃんの様子を確認しようと反対側を向いた。彼女はコロッケに夢中で周りが見えていなかった。

 天音は京子をおいて、亀を追った。ほのかに白いオークの材木でできた裏路地を必死に駆けてゆく。途中、段差にに足をとられて前に倒れてしまった。

 「天ちゃんいきなり走ってどうしたの」

 私のいる方向へ手をながら近づいてきた。

 「亀がいたのよ。土でできた手の平ぐらいのが」

 天音は目を丸くして振り向いた。彼女は目をパチパチと覗き込むように見つめおり、眉にはしわを寄せ始めていた。

 「手のひらより少し小さくで、首がソーセージみたいに長かったの。それに体が全部茶色で目が浮世絵にでてくる女性みたいに鋭かった」

 「うそでしょ」

 「うそじゃないよ、私この目で見たんだから」

 あれやこれやと言い合いをしていたら、京子が天音のコロッケが無くなっていることに気づいた。

 「天ちゃんコロッケどうした」

 「ああ、私の手から無くなている」

 そこで私も初めてコロッケがないことに気づいた。目が飛び出るのでわないかと思うぐらいの顔の筋肉を使って驚いた顔をしてから、一本の棒のように固まった。京子はあまりの驚きように、一瞬ウサギのように退いていた。

 幸いこの時間は人通りが少ないから誰にも踏まれることはないと確信をした。私は裏路地を抜けてもともと私たちがいた場所に戻って、ブツがはいってある袋を見つけた。確かに袋はあったのだ、だが中身は砂でできた泥団子に替わっていた。私の鴨肉コロッケが。私は肩を落とした。

 「天ちゃん、鴨肉無事だった」

 「そのコロッケが泥団子に替わってたのよ」

 京子も「残念だったね」というように、一緒に肩を落としてくれた。

 「そういえばさっきまで気づかなかったけど服汚れているよ」

 なにげない一言だったのだろう。特に表情を変えず彼女が私の服を指さす。黒に近い灰色をしていて、粘着質なべっとりしたものが腹筋から脇腹かけて膨らんでいき、腰から太ももにかけてだんだんと壺のように細くなっている。腹にあった土がべちょりと鈍い音をたてて石畳の道に落ちた。さっきまで私のいたところを確認すると、腰まわりで潰されたのか楕円体を描くように四方へと広がっていた。

 「やっちゃたね、それ洗濯しないとおちないよ」

 「さいあく、今日は絶対ツイてない」

 コロッケは泥団子に替えられて、制服まで汚してしまい散々な今日に嫌気がさした。

 京子は、天音のいたところをもう一度見に行った。腹で押し潰されたのか少し不格好な円形の形をしており壺のように見えなくはない。天音が転んだとき私は斜影でなにも見えなかったが、なかではいったいなにが起こっていたのだろうか、本当は亀の形をした土がとことこ走っていって天音のくりだす圧力で圧死してしまったのだろうか、それとも。私はそのような変な妄想やめにして今日は体操服にジャージを着て授業を受けるのかなと日常的なことを考えた。

 そのころには土でできた亀のことなどとうに忘れているように振る舞っていた。神秘的な体験だと思われたこの一連の事件は、見間違いか気のせいとして処理されてしまったようだ。天音と京子は登校時間があと少ししかないことに気づきその場を立ち去る。

 誰もいなくなったことを確認すると潰された土が少しずつ、少しずつ動きだした気がした。そして、うねうねといもむしのように波打ちながら上下に釣り上げられた魚のごとくピチピチと体を地面に打ち付けながら進んでいった。やがてそれにも飽きたのかカンガルーのように12メエートルはあろうかという距離をめがけて、あろうことか跳躍をしたのだ。

 空からこぼれた雨水が大地というスポんジに吸いとられるように天音が捨てた砂と合流し、溶け込むように合流をし、そのまま石畳の隙間に姿を消してしまった。この摩訶不思議な事象を起こした張本人は、確かに意思をもって行動していた。

【飯田 天音の感想】

 汚れた服のまま私は清夫高校に入った。校門から見える、大きな時計て九時三十分の近くを下だったことを確認したので、朝のホームルームを使って着替えることにした。

 先生には京子から話してもらうことにして、私は着替えようのジャージを教室のロッカールームから引ったくっり急いで女子更衣室に入った。

 上着を脱ぎスカートを脱ぎ、ズボンを履いたところでふと私の制服がごそごそと動いていることに気がついた。水が沸騰したように波打っていて、あの土色と同じ色をしているほっそりした触手が、水銀が如く垂れている。床に落ちた何かを見て、非現実な光景に私は思わずもう一度、確認してしまった。

 滴り落ちた土のようなものは、さらさらしていて少し光沢があった。腐った卵と溝のにおいの中にアンモニアをいれたような腐乱臭が鼻をついた。誰かに見られている感覚もした。だから恐怖から震えが止まらなくなり、後ずさり、辺りを見渡していた。誰もいないのか、体を手で抱いたのに不安が私の心臓をばくばくと揺らしておさまりやしない。

 次にわいたのが怒りの感覚だった。この意味不明な生物に私の肌を見られている感覚が今までたまったストレスを怒りに替えた。

 この一瞬に起こったこの世ならざるものとの接触。日常、常識を動かし、壊した。

 そこで私の脳は正気を保つため途切れてしまった。視界が暗くなったことすら確認する暇もなく未確認生物が同室する部屋で、彼だか彼女だかわからない生物は今度は何をするために動いたの私はわからなかった。

【黒子と私の記憶の記録。京子より】

 私は天ちゃんに連れられて校門から下駄箱に向かう最中に上履きを取って二階の三年一組のところまで替え上がった。そして自分の主席番号が張られた、ロッカーの前まで来ると手を合わせ「先生が来たら、更衣室で着替えているって言って」

「わかった、言っとくよ」と言って、私は快く承諾をした。天音が駆け足で行ってしまったのでしかたなく、一番左の三番目にある自分の席に座ることにした。天音はいつもおてんばなところがあって危なっかしいけど、そこが可愛いいところかな。でも、少し将来が不安なのは確かだ。

 生徒に目を向けると、近くには伊達 黒子が座っていた。背筋が伸びて、膝も直角に伸びている。サファイアのような冷徹な冷たさの中に、心の中からふつふつと煮たりきった好奇心からくる情熱が目に宿っているように感じた。首を何回も縦に振りながら文字の読解をおこなっている。声をかけたいのだがこの目を見るとなかなか言いずらい。

 「黒子ちゃんおはよう」

 返事はかえって来なかった。なのでもう一度、今度はもっと大きな声で呼んでみることにした。

 「黒子おはよう」

 さすがに気づいたのか、私のほうを見た。

 「ごめん、本読んでいて気付かなかった」

ホームルームまで、あと何分もないが田中先生はなかなか来ない。それをいいことに部屋の中にいる生徒は皆清夫祭のときみたいに、わぎたててうるさくなった。

先生も会議や生徒の指導で時間を取られているのだろうと自分を納得させた。「時間を過ぎても来なかったね」と黒田くろこに言ったら「会議かなんかで遅れているのかな」と私と同じ意見を言った。

「ところでいつものおてんば娘はどうしたの」

 黒子が私に聞いた。

「それがね、天門街の裏路地で転んだとき制服をよごして、正面が泥だらけになってるから更衣室行って着替えているの」と私

「そうなんだ 」

 二回、こくこくと相槌を打って間を取ると「ところであなたは最も巻き込まれてないってけっこう珍しいこともあるね」と言ってきた。

 確かに。思いかえしてみれば、いつも彼女に振り回されている。

 彼女があっちら、こっちら行きたい所にどこへ行っでも行くとき、はしゃぎ過ぎないようにストッパーの役割をしていたのはいつも私だ。

 この前も家の近くにある山に登ったとき、天音が道に迷ったあげく登山道から外れて熊に襲われかけたことがあった。

 そのときはりょうしゅの増田さんが鉄砲を使って撃退してくれたので九死に一生を得たのだが、後で散々怒られだけど内容までは覚えていなかった。

 「ところで何の本を読んでいたの」

 「これのこと」

 私は掲げられた本を指差してうなずいた。本にはカバーが着いていたので、もう背表紙は見れなとわかると再びくろこに目を戻した。

 「自然環境と人間社会について」

 難しい題名を聞いたとたん、「そんな話聞きたくない」とでも云うかのように、急に頭が痛くなった。勉強のできない私の天敵は数学の図形に関する計算と難しい言葉である。

 おかげで二年生の期末試験のあとは冷蔵庫みたいに冷たい教師のなかでひたすら補修の問題を解いていた。

 「難しいタイトルだね。どんなことが書かれているの」

 あくまでにこやかに、頭が悪いことを悟られたくないから精一杯秀才のように振る舞った。

 「そおね、この本の内容を一言で説明するとなると人間社会が自然環境にどのように影響を与えたかということを地球の目線から書いた小説というところかしかね」

 黒子にとってはこれですべて伝わったと思っているらしいが、私にとってはこれでこの説明では、内容が不十分だなのだ。

 だから私は「黒子が一番好きなシーンはどこ」なんていう、ちんけな質問しかできないのだろうか。

 もっと深く内容を知りたいが、どこから聞けばよいかわからないのは砂漠の中で銀の針を探すのと同じぐらい、困難なことだった。

 そういえば、私たちは山を出入り禁止になってしまった。もう、たけのこやらフクジュソウといった春の食材たちを食べたいと思うほど悲しい思いが、押し寄せてきた。

 ここは他の県や市と比べて少し特殊なのである 。町自体は盆地のように囲まれていて、清夫神社本殿近くに川が流れている。その川は今でも生活用水路として使われており、ときどき川辺には子供達が来て川の水を煮沸し飲んでいる。

 そうそう清夫神社本殿がどこにあるかもこのさいだから、文章として残しておこう。

 私の住んでいる人は誰でも知っていることだが、清夫の町は江戸から明治、大正、昭和と観光業を中心に栄えてきた街である。

 清夫神社には輿御納め堂と、本殿の二つに分かれている。御輿御納め堂は今日の朝に天音が使ったモノレールの終点まで乗り続ければ、本殿のある里に着く。7月になるとキノコが生えてきてよくキノコ狩りをしながら、樹齢千年は下らない大樹の周りを掃除た。森のさざ波に雀にダチョウにホトトギスが示し合わせて歌を歌う。

 私の耳に入ることはないが、今も東方の風に消えた声が懐かしい。天音が通学のために使っていたモノレールの駅には、清夫神社御神輿堂前という看板が立てかけてある。月に一度行われている新緑祭の催し物を開催するにあたっては、ここにある箱ものがなくしては成立しえない。なくてはならないお祭り演目の一つであるのは間違えないのだが、なぜこのような祭りになったのか甚だ疑問である。

 神主がかじをとりこの祭典を執り行う。それはいいが。南清夫のすべての商業施設が休みになるのは堪忍ならない。清夫の神社を一つの点として、最後にはこの清夫神社御神輿堂から本殿までにまっすぐ伸びた道を通り、納品蔵にこの御輿を入れれば終了するこのまつりは、言うなれば労働という努力義務から解放される市が夢見る酔狂な幻なのである。

 この清夫市が二つの町と一つの里からできていることもとても気になる。そう、北清夫町、南清夫町、品串の里だ。私は北清夫町、翔山の一-二-三番地に住んでいる。ここは新緑祭の恩恵を受けないただの住宅街である。

天音と約束した待ち合わせの場所には歩いてきた。伊井家があるのは北清夫と南清夫の境になっている。獄門通りといわれる天門外の門が建てられている入り口の前には門まで伸びている、十字型の歩道がある。清夫の道を持っている人は、ほとんどいない。車を使ってこの市に来る人も、ほとんどいない。モノレールと電車で来日とはいる。なぜならこの市は東京よりも狭い、そして道が細い。スリムな自転車なら通れるかもしれないが、丸々太った車はきてほしくないのだ。特にジムニーなんかが来た日には、近所の松田おじさんは少ない髪を揺らしながら杖をコツコツ叩いて怒鳴るし、腰がひしゃげたペンさんは髭をサワサワと触りながら、怪訝な顔をする。

その日は祝日になっていて、自然体で盛り上げるのが決まりとなっている。

 新緑祭の前日から祭りが終わる第三週目の日曜日二十三時五十九分が過ぎるまでは、どこもかしこも駐停車禁止の張り紙が貼られる。しかも、警備員が巡回する付録までついる。

 このとりおこないは条例にも書かれるほどで、私としてはこのようなものは必要ないと思うのだがおじさんやおばさん明けは社会人のお姉さんやお兄さんまで必要だと言っているのだ。

 当然、現在の神主である黒田雅之も、取り仕切っている立場なのだから停車している車があれば、「なんだこの車は」と怒るだろう。体が真っ赤になって、怪獣みたいに口から炎をはいて、街にある、車と書かれた無知物の物体を、あの体に不釣り合いな頭をカンカンに熱しながら追いかけていく。

 黒田陽子が代役として仕事を取りおこななうのだ。

黒田陽子は長いまつげに黒い、黒いロングヘアー。 女優さんみたいにばっちりとした目はどことなく蛇の眼に似ている。目の中腹辺りがふっくりと盛りあがっている、高い鼻との対比がとても綺麗だ。そこから身体のパーツを一つ一つ吟味していく。

 小さな口が芋虫のように縮ませたり、伸ばしたりして話をしている。頬や首筋が黄土色が太陽に焼けて少し焦げている。頭と胴体をつなげる筒がとても長くて綺麗だ。細かく切り分けた細胞が、違う濃さの色を皮膚に与えている。しかるに、少しはだけたセーラ服から彼女の健康的な色合いと、餅のような弾力とゼリーのよにうるうるしく、柔らかい皮がその肉を閉じ込める結果となった。

 「自然とは全て土からできている。土は他の土との配合を嫌い、その土地に居座ることを好むのだか土嚢やらトラックやらに土を詰め込んで、埋め立てなどのために使うのはあまりお勧めできない」

 その言葉が私の意識を会話にもどした。

 「土が与える影響はあまり感じ取れないけれど、これが百年二百年たつにつれて私たちの生活に多大な影響を及ぼすのではないかと警告している本ね」

 これまた大げさな表現だと思った。わたしが言葉にするなら、でっちあげの嘘っぱちって、表現したい。土と土との混じりによって何かが起こるのか理科の授業を受けなくてもなんとなくわかる。甲子園に負けた野球部の人がどれだけ土をもって帰ったかわかるだろうか、東京湾をつくるのにどれだけの土を使たのかわかるだろうか。それでも、いままで何事もなく日本はこの地に立っているでわないか。嘘かどうかぐらい、私も感がいるよ。

 「影響って言ったけど、どんなことが起こるの」

 「それは書いてなかったわね」

 ほうら、みたことか。黒子には散々騙されているからその仕返しをしてやる。私の顔にどす黒い暗幕がかかったような気がした。

 「誰が書いたの」

 「エドワード=トルネン」

 外国の名前を聞いた途端少し前の期末テストで四十点を取ったトラウマがよみがえってきた。天ちゃんも黒子も八十点後半を取っていて私だけ仲間外れにされているように感じて、言いようもない孤独感に襲われた。私には天ちゃんみたいな行動力も黒子のような頭脳もないのかと、劣等感でその日は泣いた。少し熱いお風呂の中だったから、冷たい涙で冷してもいいのではないかと思った時には泣いていた。昔から私のことを馬鹿にしてたヤツのことも思いだして人間としての最低限のルールを守らなかった奴らは必ず地獄にたたきのめす。そのためにここまできたのだ。

 「トルネンのかいたこの本を批判する人は多かった。私も彼の言葉は狂言や妄言に近い狂気を感じたわね。特にこことか」そう言って黒子は私に英文の文面を見せてくる。本は半分だけ開いていた。二百四十三ページと左端に書かれた頁を私に見せてくれた。私の英語を読み解く力では読み解ける部分が限られていて、すべての内容を読み解くことはできなった。

 「私の世界に幸せなどない。私の世界に喜びなどない。鉄と電気で構築された世界はどこか寂しくて、夢のないものだ。」

 私はいつの間にか目を丸くしていた。私のいる街には鉄はあるし電気も通っている。その中に詰まっている人たちはいい人も悪い人もいるが、どちらかというといい人に値する人間たちが多くいるのだ。私たちのためにコロッケを残してくれた岡田さん。鴨を取ってきてくれた増田さん。その山をいつも整えてくれる五郎さん。いろいろな人たちの思いが巡り巡って私の幸せになっているというのにそれを否定するとは、とても許せない。

 「その日人はその本を書いた後どうなったの」

 「自殺したわ」

 少し体から力がぬけたような気がした。このエドワード=トルネンさんが私のいる世界からいなくなるような気がした。もし輪廻というものがあるのならこのような嘘っぱちをつかないようにお釈迦様に教育されるのだと思うと少し気が貼れるような面持ちになった。

 「釈迦に説法されてきてから、現世に返ってきてほしいわね」

 少々気取っていただろうか。私の言葉に黒子が怪訝な顔で反論してきた。

 「そうやって決めつけてはいけません。彼だってさまざまざな苦悩があって、それでも曲げられないものがあって、思いのうちを誰かに打ち明けたくてこの本を書いたのよ。それ知っている。」

 やたら熱を込めて私の顔を見つめてきた。いつも大人しい彼女だが私が話すといつもこうだ。説教をしてくる。そしてつまらない言葉の知識を刷り込んでくるのだ。

 「あと釈迦に説法の意味違うよ」ほらきた。この言葉がいたときの対応は、もうすでにプログラムされている。スマホを取り出し、画面を何回か押して画像が保管されているアプリケーションをタップする。そして画像の中から、私が極秘に撮影した黒田陽子の裸の画像を表示するのだ。

 「私の黒田コレクションの中でもなかなかお目にかかることのできない画像。浴衣温泉での全裸の写真だ」

 黒子の眼前まで近づけて自分がこの宝石を手に取るまでに費やした努力を認めてほしいと言わんばかりに、堂々と、それでいて鼻高らかに見せつけた。

 引き締まった体には、くびれが見えていた。胴は筋肉が六つに割れていたわけではないが、筋肉質特有の引き締まった贅肉のない腹。剣骨の先端から小さなおへそへと、台地のように段差ができている。私の言葉に感化されてまじまじと体を見た黒子は次第に顔が赤かくなっていき、とうとう「キャー」という悲鳴の後スマホを奪い取ろうと猛進してきた。

 「どうどすか、どうですか、これが証拠写真というものですよ。」と訳の分からないことばを発しながら、教室中を駆け巡る。体の小さい私はスルスルと男子の股の間、女子のスカートの間、はてわ机の小さな隙間を搔い潜って黒子に捕まらないように努力している。

 一方、横幅も縦の幅も広い彼女は私がどこにいるか見つからないので、しらみつぶしに人をどかして調べている。彼女はいつもは大人しくて、清楚で、白百合のように美しいが、ひとたび喧嘩になると地獄だろうと相手を追い詰め鉄拳の制裁を加える暴力の化身なのだ。

 誰かが私を取り押さえた。複数人の固く大きい手が、私の動きを止めてそのまま宙に浮かせた。テルテル坊主のように宙づりになった私は最初は抵抗したが、鉄のような剛力にかなうはずもなく黒子が来るころには、睨むことしかできなくなっていた。

 「謀ったな、黒子」

 「これでなんかい盗撮した」

 私は沈黙を貫いた。しびれをきらしたのか、私のスカートにあるポケットから携帯電話を取り出した。パスワードを難なく解除して、私が開いたとおりにアプリケーションを起動していく。

 「私のコレクションに触るな」

 死んだ魚のような目で私のコレクションに目を通しては、削除していった。

 「それを撮るのにどれだけ苦労したと思っている」

 そのあとの言葉を遮るように、黒子は私に質問を投げかけた。

 「私の画像はこれだけか」

 「ええ、そうですよ。もちろん加工なんかじゃあ、ありませんよ」

 「そこまでは、聞いていない」

 彼女の顔がどんどん私を軽蔑した顔になっていった。声も地獄の底から聞こえる、閻魔の声と言っても差し支えない低音の発声に私は驚いた。彼女の、私を見る目に圧倒されて、萎んだ蕾のようにげんなりと肩を落とした。

 

 ****** 


 私は歩くのをやめて画面を注視する。真丸の球体よりかは降ってくるしずくのように近いと私は思った。

 「玉というよりしずくよね。このしずくの下にある落ち葉が何で燃えていないかきになる」

 「確かに、そうですけど、いきなりしずくって言ったらびっくりしちゃうでしょう」

 「それもそうね。ところで盗撮はしていないでしょうね」

 「また疑っていますね」

 「証拠があるなら信じるわよ」

 そうやって黒子はあざとい笑顔をうかべた

 「なら、一生疑ってろ」

 京子は黒子にこれでもかと卑しい舌なめずりをしながら、ギラギラとした眼光を向けて笑っていた。その態度に私はあきれて言葉もでなかった。

 「まずあなたは上からものを言える立場ではないことを認識しなさい」

 「嫌だね。私のコレクションを消した黒子が悪い」

 京子は上に下に体を伸ばしながら、左右に手を鳥のようにバタバタさせていた。少し前にもこんなことがなかっただろうか。もう少しで思い出せそうではあるが、考えれば考えるほど頭が痛くなってきたので私は考えるのをやめた。

 彼女の額縁眼鏡の膨らみが鼻翼の下まで到達していて、上にはおでこの半分が眼鏡の進行を許している。大体一センチメートル先には、綺麗に切りそろえられた髪の末端が見えてきた。切り揃えられた髪型は、つむじに進とほどなく二たつに分かれて無限大の記号に似た形の玉がいくつも見えてきた。

 そこから上履きに目を移す。足先からかかとにかけて持ちあげられた人形のように脱力しており、たまにピクピクと動く。足のまんなかにある骨にかからない程度の、白く長い靴下をはいており、深緑色のチェック柄の模様との間に見えるミみずみずしくも張りのある肌が顔を覗かせている。

 肩幅が小さいので取り押さえを、させるのも簡単で助かる。今も歯ぎしりをしながら私を睨みつけてくるのは彼女が、負けず嫌いな性格にほかならないからである。

 「そろそろ、負けを認めたを認めなさい」

 「嫌なこった」と言って体を振りほどこうと試みたようだ。

 しかし、京子と抑えている勝田さんとの体格差では振りほどけない。彼女の肩幅は、私の二周りか、三周り程度小さいから、どんなところにも鼠のように入れるのだ。視野は広いが、怠け者で持久力がないのが欠点だから、テストでもすぐ集中力が無くなってしまい点数が悪くなる。

 ブロンズ色の艶やかな髪はが肩口までかかっており意見すると地味な文学少女の雰囲気をしているが、眼鏡から映し出される眼光が鷹の目のように鋭く、またハイエナのごとく卑しい後味を残しながら、光っていた。

 「私の盗撮画像はこれですべてでしょうね」

 「もちろんですよ、黒子さん。私のは嘘はつきません。盗撮した画像はこれだけです」

 飴を舐めて溶かすようにゆっくりと話している。体内にある悪意を吐き出すように、ニンマリと舌をだして嘲るような笑みをこぼした。

 ここで教室の扉が開いた。中に入ってきたのは肉付きの良い子豚のように丸々と太った背の低い男だった。目が合うとお互いに会釈をして定められた位置へと動き出した。それを皮切りに京子を拘束していた人もそこらで雑談していた人も、生徒であるのならば、全員が着席した。

 教卓にいる新橋さんはホームルームを始める前に必ず、額に出る脂汗をハンカチで拭う習慣がある。今日は汗どころか体温も消え失せて、少しやつれていた。

 時刻はとっくに十時を超えており最初の授業が始まる時間をとっくに超えていた。まさしく神妙な面持ちという言葉に当てはめられる雰囲気が、彼から感じ取れた。

 「皆さんに報告しなければならないことがあります」

 彼はそう言った。それは目が死人のように真っ黒い色をしていたからなのか、はたまた先生が来ている服が喪服のような黒い色をしていたからなのかは分からないが、私も京子と同じように胸のざわめきを抑えられなでいた。

 「飯田天音さんがついさっき亡くなられました」

 私は卒倒してしまった。


 


忘れられた行進曲を、お読みいただき有難うございます。

この作品は、いかがでしたか。

楽しかったですか、悲しかったですか、それともよくわかりませんでしたか。

つたない言葉の連続に飽き飽きした人も、私の作品に共感してくださったかたもよろしければ、ご感想のほどよろしくお願いいたします。

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