四月一日 丑三 肆
太陽は地の下に隠れている。キラキラと輝く星の下で、光がこぼれる町並みを見下ろしていく。
名古屋にあるタワーの最上階。そこから見下ろす町の夜景。
人が塵のようだ。その塵が絶え間なく舞う。見下ろしていけばいくほど、人間とはちっぽけな存在であることを実感する。
薄い光の下でオフホワイトの透き通る色のお酒を軽く口に入れた。
高級な雰囲気が蔓延する。その雰囲気に飲まれ、その場のマイノリティに溶け込む。
仮初の愛人が瞳の大半を占める。けれども、背景の一部でしかない一組のカップルが意識の大半を占めていた。
胸ポケットに忍ばせたカメラがそのカップルを捉える。彼らの座る机の裏につけていた小さな機器。その機器は周囲の音をひろって胸のそれに送る。
盗聴器は使えないことになっている。そのため、こんなややこしい方法で彼らの話を盗み取る。厳密に言えば盗聴器の類ではあるため、まさにグレーゾーンの存在であると言える。
たわいない話で時間を稼いでいく。
いつしか背景にいたカップルはクライマックスに近づいていた。
男が箱を渡す。その箱には見覚えがあった。宝石店で購入したものだった。そして、それがプロポーズなのだと容易く想像できた。
男と女、二人はその場から離れていった。
彼らは背景から消えた。
イヤホンとスマホを取り出す。胸にある機器とスマホをすぐさま同期させた。彼が宝石を渡した時の音を再生させていく。
ビンゴ。
あれはプロポーズで間違いなかった。これだけでも十分な証拠だ。
続いて流れる音を耳に入れていく。そこには興味深い話が流れていた。
「本当ならここで切り上げるつもりだったが尾行を続けることにした。さらに面白い証拠が掴めそうだ」
気を張って愛人を装っていたレモン。机を挟んでいるものの肌で感じていた緊張感が、少しずつ薄れていく。
「対象者はラブホへと直行するようだ。レモンも私の仕事についてくるかい」
彼女は首を縦に振った。
ルキとレモンは、機器を回収しつつその場を離れた。
バレないよう距離を取りながら彼らを追う。そして、彼らがラブホテルへと入るところをカメラの中へとおさめた。
「まさかラブホへと行くとはな。もっと慎重に動くと思ってたよ」
この日手に入れた証拠は取捨選択された。後日、選ばれたそれは全て依頼主の四月一日火曜子へと渡された。
分かっていたけど受け入れられない。
彼女は虚しい表情で証拠となる写真を眺めていた。
「ありがとうございました。昨日までははっきりさせたかったのに、今ははっきりさせなかった方が良かったと思ってしまいます。図々しいのは分かってます。それでも分かってしまうと、こんなにも悲しいのですね」
「いくつも不倫調査をしました。あなたのような想いになる人は少なくない」
現実を知りたい。それなのに、その現実を知った瞬間現実を受け入れたくなくなる。
「それでも受け入れなければならない。それが現実だ。ただ、辛い気持ちは溜め込む必要はない。おすすめのカウンセリング施設がある。紹介しようか」
「いいえ。大丈夫ですわ。お気持ちだけ受け取っておきます」
彼女は切ない顔で断った。
そのまま出口までいく。「ありがとうございました」の言葉とともに、彼女はそこから去っていった。