四月一日 丑三 参
事務所では先に二人が帰っていた。
夕焼けがこぼれ淡いオレンジ色に光る場所となっている。
「もしかして尾行、失敗しちゃいましたか」
落ち込んだトーンが部屋に響く。
「何を言ってる。失敗などしていない。それどころか、私は良かったと思っている。よく頑張った」
デスクに資料を並べていく。
四月一日丑三。彼の顔写真が右上を埋め、他は文字でびっしりと埋まる。
東京生まれ東京育ち。東京で順調な人生を歩む。まさにエリートコース。そこから警備会社へと就職し順調に地位を確立していった。また、火曜子との恋も順調に進み結婚に至った。彼の勢いは止まらず警備会社のトップにまでのぼり詰めた。
彼の輝かしい人生。
しかし、あるきっかけによって翳りが現れる。
きっと彼自身はそう深くは考えてないし、翳りなど気にしていないだろう。一方、ルキにとってはそれが転落の影として見えていた。
「さて、諜報と尾行によって対象の次の行動が割り出せた」
ポケットに入れた小型機器を取り出し、パソコンと繋がっている機器に繋げた。情報がパソコンに流れていく。
「この機械、初めて見たんですけど、これってどこで買ったんですか。ウチ、東京にいる頃には見たことなくて」
「非売品だからな」
キーボードとマウスを動かして情報を整理させていった。
一枚ずつの写真の羅列。それを取捨選択していく。選ばれたそこには高画像のものが映し出されていた。
「次の話をしようか。次は私とレモンとで行う。対象者が高級レストランを予約している情報を掴んだ。そして、それは不倫相手との食事であると踏んでいる。そこでその様子を写真でおさめようと思っている」
作業をしながら口を動かしていく。
「明後日の夜十時。そこで食事を取るのは、ある程度お金を持っているカップルや夫婦といったところだ。そこで、レモン、君にはその日、私の恋人となってもらいたい」
「こ、こ、こ、恋人っ……。恋人ってぇ」
凄まじい動揺。
勘違いしてることはすぐに分かった。
「安心してくれ。設定なだけであって、セクハラなどではない」
その動揺はルキの言葉を遮っていた。
「そ、それって、告白なん。ま、待って、考えさせてください」
何を言っても、今は無駄だ。そう感じた。
言葉運びを失敗した。ため息とともに額に手をあてる。それと同時に、パソコンから意識を遠ざけていた。
「二つ言わせてくれ。一つ、君は勘違いをしている。二つ、告白ではない。恋人同士という設定でないと違和感があるためにそう振る舞うだけだ」
一つ指をたて、二つ指をたてる。ゆっくりと丁寧に、言葉を選んで発していく。遅めの言葉の中で冷静になっていたのか彼女は言っていることを理解した。
「ご、ご、ごめんなさい。勘違いしてました。忘れてくださいっ」
顔を真っ赤に赤らめ恥ずかしがる。最悪の場合、黒歴史になりかねないミスであった。
その一部始終を見ていたシーナは白々しい表情で、
「……馬鹿じゃん」と呟く。
体を丸める。縮こまって小さくなる。その様子を例えるなら穴が入ったら入りたい。きっと彼女なりに穴に入っているのだろう。
再びキーボートとマウスに触れ始めた。