二人の探偵 肆
その日起きた火災は、近々オープンするはずのミントティー私立探偵事務所を消し去った。建物の中にあったモノなどはほとんどが炎の餌食となった。また、炎が風に流され他二つの建物も燃え盛った。建物三件が火災の餌食となったものの、人的被害はゼロだった。
火災の原因は火の消し忘れ。
多くの物的被害が出た。特に、探偵事務所の被害は凄まじかったようだ。
そして、その事務所はオープンすることなく潰れたと聞いた。
鬼灯探偵事務所の中は小鳥のさえずりが聞こえそうなほど静かである。そこで火事の一連の流れについて助手に話していた。
一連の流れの説明も一区切り終えた。
助手の桃乃木紫夏がデスクに淹れたての珈琲を置く。
「珈琲……どうぞ」
「いつも、すまないね」
事務所を立ち上げた本人がどうなったかは分からない。そこからは想像するしかない。
「さて、あの子は実家にでも帰ったのかな」
「さあ……」
真っ黒の飲み物にミルクを入れる。白でも黒でもない濁った色。その飲み物を啜っていった。
透き通るカーテンを通り越して射し込む太陽の日差し。
温かい珈琲とポカポカな天気とが体を休ませていく。ゆったりとした時間を楽しむ──はずだった。
「たのもー」
扉を力強く開けて堂々と入ってくる一人の影。さっきまでの静かさは一瞬にして失われた。
太陽の日差しが邪魔でシルエットでしかその姿を確認できなかったが、徐々にその姿がはっきりと確認できるようになっていく。急に現れた人物はミントティー私立探偵事務所を立ち上げた彼女であった。
「あなたは、あの日道案内してくれた……。ここにいるってことは、もしかして鬼灯ルキさんですか」
あまりの騒々しさに戸惑いを隠せない。
「あ、ああ。鬼灯ルキだが」
「まさか、あなたがあの鬼灯ルキだったとは。名乗り遅れました。私は民富レモン。ミントティー私立探偵事務所……はなくなったので今は浮浪人です」
「同情するよ」
人里離れた静けさの残る空間が今では大都会のような慌ただしい空間に成り果てている。その空間の中で気持ちも焦っていく。
「それより、何しに来たんだい」
「働かせてください。保険によって何とか住まいは確保できましたが、器具や書類が全てなくなって、働けなくなってしまったんです。どうしても探偵でありたいんです。働かせてください。この通りです。何でもしますからお願いします」
話のペースは完全にレモンにある。少し早口で、さらに、急に本題をもってきたせいで、理解するのに余計に時間がかかる。
珈琲を啜って、彼女の言い分を整理した。
探偵としての働き口が突如なくなり、新しい働き口としてルキの元を訪れたのだろう。
彼女を受け入れるかどうか。
カップの中の珈琲を全部啜った。それを置くとカコンという音が部屋の中に流れていった。
「分かった。なら、弟子にしてやろう。もちろん、社員としての給料も払う」
「弟子ですか。け、けど、これでもウチは東京で有名な探偵の助手をやっていて──」
「一貫して図々しいね。しかし、君は何でもすると言ってなかったか。あれは嘘だったのかい」
唾を飲んでいた。負けを認め言葉をそっと閉じている。
悔しそうな表情で「弟子にしてください」と頭を下げてきた。
「成立だな。今日から君は鬼灯探偵事務所の探偵見習いだ」