二人の探偵 壱
この作品はフィクションです。作中の人物や組織などは一切関係ありません。
百円玉を指で弾き空高く飛ばす。重力によって地面に落ちた硬貨は桜の花を表にして動かなくなった。
表か裏か。
正義か悪か。
暗闇を照らす電灯の光をあてにしてコインを拾う。その行為自体意味は無い。虚しい空気が漂っている。
「はじめるか。裏の正義を執行するために」
静かになった栄の町を歩いていく。名古屋と違って静寂が心地良さを与えている。
建物の屋上へとたどり着くとすぐにレインコートを着た。雨が降っている訳では無い。ただ、この服装こそが裏の仕事着であった。
体を覆うレインコート。指紋を残さない手袋。マスク。それらが大体の風を防いでいる。けれども、守られていない耳や目に向かって吹く冷たい夜風が体を冷やしていた。
「寒い夜中に長居する理由などないな。さっさと終わらせるか」
夜中に響く銃声音。
ビルの屋上から赤い血が流れるのを確認した。
「任務も終わった。夜風が冷たい。さっさと帰るか」
ポケットからパズルのピースを取り出してビルの外側へと落とす。風に舞いながら落ちていく欠片を後にして階段へと向かった。
脱いだレインコートを乱雑に鞄の中へと押し込んでいく。その間にもビルの階段を降りていった。その建物はコツコツの音のみが響いていた。
スーツのズボンに手をつっこみ夜風を浴びながら夜の道を歩いていく。
遠くで聞こえる小さなサイレン音を聞きながら、勝利を噛み締める。
百円玉を空高く飛ばす。
表か裏か。
どっちに転んだのか見ることもしずに、通り過ぎて、ただひたすらに先へ先へと歩く。コインがどちらかに倒れた音だけが響いていった。
◆
車の通り過ぎる音が足跡をかき消す。
昨日の真夜中に人が一人死んだ。死者が出た場所の付近は物騒な雰囲気がある。しかし、ある程度離れると、そこからはもう何事も無いかのような日常が広がっている。
無頓着なのか。肝が据わってるのか。日常的なこの光景も今では異様な光景に見えてしまう。
鬼灯ルキは二つの顔を持つ。
いつもは探偵として働く。警察とのコネがあり、密室殺人をはじめとする不可解な難事件を高い金で解決する。警察御用達の探偵である。
もう一つの顔は──暗殺者。
ひとけの消える深夜。組織からの連絡を受け、対象の人物を抹消する。犯罪を犯しても捕まらずに悪事を行うような狡猾な悪人共を殺す。まさにダークヒーローだ。裏の仕事は誰にもバレてはならない。もちろん組織と繋がっていることも。バレないようにトリックを用いて完全犯罪を成立させる。
ルキの裏の名は、暗殺者レイン。
組織との約束で犯行時は天気関わらずレインコートを着ることになっている。必ずレインコートを着ていることから、いつしかレインと呼ばれている。不名誉なネームである。レインの正体を知る者は組織の人間以外誰もいない。
探偵ルキと暗殺者レイン。
コインの表裏。
正義と悪の二つの顔。
太陽に向かって百円玉を弾き飛ばした。重力によって落ちていくそれを手の甲で受け止め、片手で蓋をする。蓋を開くと数字の書かれた側を表にして動かなくなっていた。