鉈DEダンジョン
練習用の駄文です。
手に持った鉈を振り下ろす。
分厚い刃が小鬼ゴブリンの皮を裂いて肉を潰し骨を砕いた。
手に伝わる不快な感触に歯を噛みしめながら耐え、そのまま小鬼の身体を蹴り飛ばす。
グシャリ、と潰れるように倒れた物体が完全に動かなくなったことを確認すると今度はナイフを取り出して接近する。
ゴム手袋を嵌めて小鬼の腹を裂いてから、胸のほうに向かって手を突っ込んだ。
ねっとりとした感触に胃の腑の中の物を吐き出しそうになるがそれもまたこらえる。
やがて目当ての物を見つけると手を引き抜いた。
それはビー玉ほどの大きさの塊だった。
驚くことなかれ、これでも一般家庭であれば一月ほどの電気代を賄うほどのエネルギーを秘めている物体だ。
手袋についた血を払ってから、腰のポーチに放り込む。
すでにポーチの中には同様の玉で一杯になっていた。
「よし、今日はここまでにするか」
そういって、壁にペンキで塗られた矢印を遡るようにして出口へと向かう。
こうやってダンジョンと呼ばれる場所でお金を稼ぐのが休日の日課になっていた。
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「72番の方、カウンターへお越しください」
「はい」
雄一はチラシを手に呼び出されたカウンターへと向かった。
市役所の職員に進められて椅子に座る。
「本日はどうされましたか?」
「あの、ダンジョンに潜る資格が欲しくてきました」
チラシに書いてある、ダンジョンアタッカー募集の文面を見せながら告げる。
「はい、ダンジョン探索の資格ですね。身元を確認できるものはありますか?」
そう言われて高校の学生カードを職員に渡す。
カードを機械に読み込ませ、向こう側の端末に表示された情報を読んだ職員がこちらに目線を合わせてきた。
自分の経歴を見たのだろう、同情を含む居心地の悪い優しい目をしていた。
「16歳ですね、ダンジョンにアタックする理由を伺っても?」
「生活費を稼ぐためです」
偽りのない返事だった。職員はタブレットを取り出して書類にチェックを付けながら、他にもいくつか質問をしてきたので答えていく。
「有り難うございます、ではこのあとは2階で健康診断を受けて下さい。本日は13時からダンジョン講習があるためその講習を受けていただければダンジョン免許が発行されます」
「はい」
「ここでの手続きは以上になります。・・・・・・気をつけて下さいね」
「・・・・・・はい。有り難うございます」
「・・・・・・ダンジョンとは一種の生物だと考えられています」
講師はそう言うとダンジョンのあらましについて説明を続けていく。
15年程前に世界各地で突然発生した災害、ダンジョンパニック。
地面に謎の穴が突然現れそこから現在ではモンスターと呼ばれる生物たちが飛び出してきた。
当然地上は大パニック、凶暴なモンスターたちによって全世界で100万人を越える死者を出す世紀の大事件となった。
謎の穴はこことは違う世界につながっていると推測され、後にダンジョンと呼ばれるようになる。
ダンジョンは地球の生態系にも大打撃を与えたあと、いつの間にか世界絵と馴染んでいった。
そして各国が行った(非人道的な物も含む)研究によりいくつかのことが判明する。
それは、モンスターと呼ばれる生物も繁殖を行うことだったり。
ダンジョンを上に向かって掘っても地上に出ることはなく、いつの間にか壁が修復されてしまうことだったり。
ダンジョンに生息するモンスターたちから採れる結晶、通称魔石が莫大なエネルギーを秘めていることだったりする。
「そうして10年ほど前に、この国でもダンジョン整備法と共に迷宮省が設立されます」
ダンジョンは現在のエネルギー鉱山となった。
地上で繁殖したモンスターからは何故か魔石が生成されず、食用にも適さない彼らはいくつかの問題を引き起こしながらも現在は駆除の対象となっている。
「とにかく、迷宮は今ではエネルギー産業の新たな柱として確立されつつあります」
ここで、ひとつの問題が浮上した。
誰が魔石を採ってくるのか、と言うことである。
魔石を保有しているのはダンジョンに生息している生物だけだ。
そして魔石を採るためにはその生物を殺さなくてはならない。
当然、ダンジョンの生物・・・・・・、モンスターたちも死ぬ気で抵抗をしてくる。
諸処の問題をクリアする方法はいくつかあった。
ある国では軍隊を用いて効率的に、ある国では国民を動員して半ば強制的にダンジョンへアタックさせるという方法だった。
この国では、多くの国で採用されている方法。つまりは自主的にダンジョンへアタックする者を募り、彼らから買い取る「ハンター制度」を採用した。
雄一が募集したのは一般公募からのハンター登録である。
これは、ダンジョンで採れた魔石を国が買い取ることで需要と供給が発生するシステムでありエネルギーという商品と命がけの作業であることも相まって報酬は高く設定されている。
ダンジョンの比較的浅いそうであれば相手ははぐれてうろついている小鬼程度しかいない為、「健康な若者はダンジョンへ行こう!」と言うスローガンが作られることもあった。
そういった背景の中、企業がダンジョンアタックを行ったりダンジョンで使えるアイテムの開発を行ったりする用にもなりダンジョン副次産業の発展にもなった。
などなど、ダンジョンの歴史と危険性を聞かされたあとで、同意書にサインをすればダンジョン免許が発行される。
「ダンジョンで活躍することも大切ですが、皆さんの命も大切です。くれぐれも重大な怪我を負うことの無いように気をつけて下さい」
そう言ってダンジョン講習は打ち切られた。
「これで俺もダンジョンハンターか」
雄一は夕日に射される帰り道でダンジョン免許を掲げて眺めた。
今日はもう遅いから明日からアタックだ。と、自分に気合いを入れて自宅の玄関に鍵を差す。
「? 開いてる」
自宅を出るときは間違いなく締めたはず。
玄関を開けるとパタパタと足音をさせて少女が姿を表した。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「舞香、お前またウチに来てたのか」
えへへ、と笑う妹分にため息をつきながら玄関をくぐり靴を脱ぐ。
6畳一間のリビングへ行くと味噌汁の良い匂いがした。
「もうすぐご飯が出来るから、お兄ちゃんテーブル拭いといて」
「お前なぁ、あんまりウチに来すぎるなって言っただろう?」
投げて寄越される台拭きでちゃぶ台を拭く。
「だってお兄ちゃん私が作らないとちゃんとしたもの食べないでしょ?」
「だからって舞香が作りに来る理由なんか無いだろ」
いーからいーから、と謎の押し切られ方をされてしまいあっという間にテーブルの上に2人分の夕食が準備されてしまう。
「いただきまーす」
「いただきます」
夕食は美味しかった、しかも舞香のことだお値段もお手頃に抑えているに違いない。
「それで、今日はどこに行ってたの?」
「市役所だよ、ダンジョン免許を取りに行ったんだ」
そう言うと、ニコニコと箸を動かしていた舞香の手が止まる。
「・・・・・・やっぱり、ダンジョンに潜るの?」
「ああ、前にも言っただろう?」
「お兄ちゃんなら奨学金を使ってもいいじゃない、命を賭けてまでお金を稼がなくたって」
「そのお金もいつかは返さなきゃいけないものだろう? だったら俺は、自分で稼いで学校に行きたい」
心配そうな顔をする舞香に手を伸ばし頭を撫でる。
「もう、こんなのじゃ誤魔化されないからね」
「そう言うなって」
むくれたままの舞香に大丈夫だと笑いかけて夕食を再開する。
「俺だっていたいのはヤだし、ちゃんと無茶はしないで帰ってくるよ」
「もう、怪我とかしないでね」
「分かってるって」
そう嘯きながら味噌汁をすする。
するととなりにやってきた舞香がギュッっと抱きついてきた。
幼い頃とは違う、彼女の柔らかさや甘い匂いに不覚にも心臓が高鳴ってしまう。
「ちゃんと帰ってきてね」
「ああ」
「危ないと思ったらちゃんと逃げてね」
「分かった」
「私のこと1人にしないでよ」
「当然だ」
その日は舞香を納得させて施設へと送り届け休むことにした。
最後まで心配する舞香を見て、死ぬわけにはいかないと決意を新たにする。
初ダンジョンアタックは、明日だ。
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「ヨシ」
早朝、雄一はダンジョン改札の前まで来ていた。
自転車を降りて、ダンジョンに潜るための装備を確認する。
高校の指定ジャージを上下に着て、手には軍手足はスニーカーと動きやすさを重視した装備だ。
その上から強化プラスチック製の胸当て、手甲にすね当てを着込み頭にはヘルメットも被っている。武器はホームセンターで買った長めの鉈とナイフをそれぞれベルトで固定している。
締めて23,600円(税込み)。初期投資としてはかなり頑張って捻出した。
ネットで確認した初心者用の装備としては十分な部類に入るのでは無いだろうか。
防具もホームセンターに売っていたが、良い物だと天井知らずに値段が上がるため現在の装備を購入した。
それでもかなり痛い出費となったのだが。
探索を頑張って元を取るしか無い。
ダンジョンの入り口は、プレハブのような建物に覆われており、その中にある改札にダンジョン免許をかざすことで入れる様になっている。
(なんだか、電車に乗るような気軽さだな)
実際は、モンスターが溢れてきた時の為に建物もシェルターのように頑丈に作られているらしい。
ピンポーン、と言う音と共に改札を抜けて地下に向かう坂道に足を踏み入れた。
その瞬間、空気が変わるのを実感した。
チリチリとした肌を刺すような感覚。
誰かに見られているかのような居心地の悪さ。
そしてゾクゾクと背筋に走る悪寒。
すべてが地上とは違う超常の空間であることを身体に叩き込まれたような感覚だ。
明かりも無いのに暗くない、と言う不気味な構造をしている迷宮にふさわしい。
それでも空元気を持って進むしか無い、もう一歩さらに一歩と歩みを進めていく内にその感覚に包まれながらもダンジョンの中へと踏み込んでいった。
ダンジョンは、生き物だと言われている。
それは迷宮の中で死んだ生物は迷宮に取り込まれていくことからも推察されていることだ。
試しに地上で死んだ生物を迷宮に放り込んでみても、それは時間をかけて迷宮の床に吸い込まれていったという。
そして、迷宮の中では生態系も確認されている。
迷宮の深く、数日ほどかけてたどり着く場所では外の世界と同じような世界があるのだとか。
(まあ、今の俺には関係ない話か)
目指すはモンスター、そして魔石である。この世の知られざる真実なんかはどうだって良い。
そのためにはまずエンカウントする必要があるわけだが、それについても主に二通りの手段がある。
まずはダンジョンのより深遠に向かうための通路、通称本道を行く方法だ。
これは他の通路と比べて太くて通りやすい道が続いている上に、特殊なペンキで奥に向かって矢印が書かれている。
この通路の利点は先ず迷わないこと、他のハンターたちも多く利用するために危険なモンスターなども粗方いなくなっていることが挙げられる。
では、デメリットはなにか。それは旨みが少ないことである。
他の人が狩ってしまう故に当然エンカウント率は下がる、そうなれば時間当りの儲けも少なくなってしまうと言うわけだ。
では、本道を外れた副道のメリットデメリットはなにか。
それはまんま、本道とは逆である。
分岐が多いから迷う上にモンスターハウスと呼ばれる、モンスターだらけの場所に出てしまう可能性もある。その分未発見の敵がいることもあり上手く行けば稼げるのが副道の良い点だ。
どちらに進むか考えた時に、ふと舞香の言葉が頭をよぎる。
『怪我をしないで下さいね』
「悪い、舞香。ちょっと冒険してくる」
聞こえていないはずの妹分に謝ってから副道へと足を踏み入れた。
持たざる者は冒険するしか無い。負けても悲しむ人は、・・・・・・そう多くない。
勝てばよかろうなのだ。
なにも無策で死地へと赴いたわけでは無く、事前に獲物を調べてからアタックしている。
このダンジョンでは黒妖精スヴァルトアールヴと呼ばれるエネミーが出現するらしい。
特徴としては、ゴブリンやスプリガンと呼ばれる肉体を持った存在が多いことで物理的に倒すことが出来る。
・・・・・・と言うのが市役所のオームページにあったこの迷宮の説明なのだが。
世の中には物理的に倒せない敵も居るんですか、そうですか。
とにもかくにも、『初心者向け』と銘打たれているのがこの山中市のダンジョンだった。
不思議な迷宮の中を歩いていると、パチッと両目の間でなにかがはじけた様な感覚を覚える。
(いる。そこの角を曲がった先に、なにかがいる)
地上では働かなかった自身の動物的な勘がそう告げていた。
数は分からない、なので壁に張り付くようにしてゆっくりと進みソッと通路をのぞき込む。
果たしてそこには、一匹のモンスターがいた。
背丈は成人男性の腰ほどの高さで手には石で出来たこん棒を持っている。
(確か、ゴブリンだったか? 1匹だけならいけるか・・・・・・)
1度身を隠して大きく息を吸い込んだあとに通路へ身を乗り出した。
「ぎ! ぎぎ!?」
突然の乱入者に驚いた様子のゴブリンだがすぐにこん棒を振るってきた。
「危なぁ――!」
鉈でこん棒をはじき、返す刃で思いっきり野球のようにフルスイングをした。
悲鳴を上げて壁に打ち付けられるゴブリンだが、まだ息があるようだ。
「この、死ね死ね! 死ね!!」
叫びながら何度も鉈をたたきつける。
ゴブリンが動かなくなってようやく、落ち着くと胃の中から込み上げてくるものがあった。
鉈を放り投げて、思わず近くの壁に手を突いて酸っぱいものを吐瀉する。
噴水のように一通り吐いたあと、思い出したようにナイフを取り出す。
「そうだ、魔石を採らないと」
確か、魔石があるのはその生物の中心。動物であれば心臓の辺りにあるはずだ。
ナイフをゴブリンの胸に突き立てるとガッという音を立てて刃が止まってしまった。
人間で言う肋骨に阻まれたのだ。
どうしようかと考えた末に鉈の峰打ちで肋骨を砕いてからナイフを何度も突き刺して胸の中を文字通りまさぐることで魔石を採りだした。
「や、やった!」
先ほど思い切り吐いたおかげで今度は戻さずにすんだ、そして血まみれになった魔石を大切にポケットへとしまう。
ホッと一息ついているとまたもや、目の間でパチッとはじける感覚がした。
顔を上げてみれば通路の奥にこちらを見ているゴブリンがいる。
呼吸を落ち着かせてから、先ほど放り投げた鉈を拾い次なる獲物へと襲いかかっていった。
「お兄ちゃんお帰りなさ、きゃああああ!? どうしたんですかその格好!」
雄一が自宅に帰ると、いつも通り合鍵で侵入していた舞香がいつもには無い悲鳴を上げた。
無理も無い、自分の格好は全身血まみれ。ゴブリンを不器用に殴り殺した際に吹き出してきたものでドロドロに汚れていたのだから。
自転車で帰ってくる最中も、すれ違う人たちがぎょっとしている中を顔を真っ赤にしながら走り抜けてきたのだ。
この姿で電車やバスに乗ろうものなら通報ものだ。誰だってそうする、俺だってそうする。
「大丈夫だ! 大丈夫、全部返り血だから!」
「あう、あわわわわわ!」
腰を抜かしてへたり込む舞香にシャワーを浴びることを告げて家の中に入る。
どうしてダンジョン改札のある建物に更衣室が付いているのかを良く理解した。
「先輩、ここに座って下さい」
「え、あの。舞香さん?」
シャワーから戻ると、舞香がむくれ面で座っていた。
背後には般若を浮かべているような雰囲気の彼女に気圧されながらもちゃぶ台の対面に座る。
「私、言いましたよね」
「な、何をでしょう?」
「無茶をしないでって」
ズズーッと音を立ててお茶を飲む舞香さん。
俺の分はない? そうですか。
「無茶はしてないぞ。ちゃんと1匹ずつ狙える相手だけを相手してだな」
その言に偽りは無い、実際3匹程度が屯たむろしている所を発見したが冒険はせずに帰ってきたのだ。
「私、今日はずっと心配してたんですよ。朝来たら先輩がいないから」
「それは、だってダンジョンに行く前にあったら止めるだろう」
「当然です、私は先輩がダンジョンに行くのは反対ですから」
「いくら舞香が止めても俺は迷宮に行くぞ」
「それなら私は何度でも止めます」
全く、誰に似たのか頑固な舞香は怒ってますと言うポーズを崩さずにいた。
「今日、来たときにお兄ちゃんがいなくて私がどれだけ心配したと思ってるの。もう帰ってこないんじゃ無いかって思ったんだから」
そう言って涙を溜める舞香に頭を抱える。
自分はどうも、この妹分の涙というやつには弱い。
それに今回は自分が全面的にわがままを言っているのだ。
舞香の言うとおり、国から支給されるお金で暮らすことも出来るがそれでは自分の中の大切ななにかをすり減らしているように思えて仕方ないのだ。
ただ、こうなった舞香は簡単に機嫌を直さないのも確かである。
「じゃあ、こうしよう。俺がダンジョンアタックするときは前もって舞香に教える」
「教えるからどうなの」
「俺は絶対に帰ってくる。だから舞香は安心して俺の心配をしてくれ」
「もう、どういう意味かわかんないよ」
困った顔をしながらも、それまでの怒りをなんとか収めてくれた舞香に感謝する雄一だった。
「と言うわけで、二回目のダンジョンアタックだ」
翌週、雄一は舞香に向かってそう宣言した。
「ホントに行くの? 前回だって稼いで来たんでしょ?」
「稼いだって行っても、初期投資分も回収できてないからな。やっぱり行ってくる」
頬を膨らませた舞香をなだめすかしながら玄関を出る。
「あ、お兄ちゃん待って!」
「ん?」
振り返ると、舞香がカチカチッと石となにかをぶつけていた。
「なにそれ?」
「切り火っていうの、戦に出る武士? かなにかの安全を祈願するやつなんだって」
「そうか、ありがとな」
「・・・・・・ホントは行かないで欲しいんだけど」
「ははは、断る」
舞香に手を振り自転車を漕いでダンジョンに向かう。
ピンポーン、とゲートをくぐればまた謎のゾワゾワが全身を駆け巡り身震いした。
武者震いと言う奴だと思いたい。
「おや? 随分若い同業さんじゃないの」
「え?」
振り返ると改札をくぐってくる男性と目が合った。
無精ヒゲを生やして気楽そうにこちら絵と歩いてくる。
「えと、どちら様ですか?」
「ああ、オレはあれよ。職業ハンターってやつ」
職業ハンター、確か市役所のホームページによれば企業と契約しているハンターだったはずだ。
つまりそれだけ実力があり、実績がある。と言うことになるのだが、目の前でタバコを付ける男性はとてもそうは見えない。
「あ、その目疑ってるっしょ。マジマジ、ほれ」
そう言って見せられたダンジョン免許には確かに有名な企業のロゴが印刷されていた。
装備も見てみれば、企業のロゴが入った高級品だ。
「凄いんですね?」
「疑問形かよ。ま、別に有名でもないしトーゼンかぁ」
プカァとタバコを吹かした男性はそのまま気負うことなく迷宮の奥へと歩き出した。
「おじさん、このまま2,3日潜ってるから。縁があったらまた会おーぜい。少年」
「あ、はい。気をつけて」
雄一がそう言うと、ヒラヒラと手を振って奥に歩いて行くが。特にキャンプの道具なども持っているようには見えない。明らかな軽装である。
まあ、ダンジョンに入る以上自分の命を守るのは自分だけだ。
ダンジョン講習でも自己責任である念書にはんこを押させられるのだから、あの人も覚悟をしているはずだ。
それよりも、自分の心配をしなければならない。また舞香を怒らせるわけには行かないのだ。
また、先週魔石を買い取ってくれるカウンターで良いことを聞いた。
なんでも、魔石だけではなくモンスターの素材も買い取りを行っているらしい。
市役所のホームページに載っていなかったのは、これが国ではなくダンジョン関連の企業が求めているものだかららしい。
血まみれのオレにも営業スマイルを崩さなかったお姉さん曰く、小鬼の買い取り部位は『角』。
小鬼のおでこから生えている角は死亡するとぽろっと取れるらしく、それをkgいくらかで取引されているらしい。
薬にでもして飲むんだろうか。
そんな事を考えながらまたもや副道に入っていく。
するとすぐにパチリとエンカウントの反応があった、壁越しに覗いてみると確かにゴブリンがいる。
今回は慌てずに鉈の峰でコツーン、コツーンとダンジョンの壁を叩く。
すると音に誘われたゴブリンがやってくる足音がする、ダンジョンは全体が謎の光を放っているため影で判別しづらい。
タイミングを見計らって、ひょっこりと顔を覗かせたゴブリンの頭に鉈を振り下ろした。
うん、完全に犯罪者の手口だわ。これ。
その後も完全犯罪の手口に頼って数匹を連続で狩る。そして深い場所に潜る。
それを繰り返していた。
だから勘違いをしてしまったんだと思う。
パチッパチパチ、と連続で瞬きが発生する。エネミーが複数いるときの合図だ。
小鬼たちを確認した俺はコツーンと壁を叩いた。
次の瞬間、パチッパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「は?」
軽くめまいを起こすほどの瞬きを覚えた瞬間に視線を感じた。
前から、後ろから。無数の視線を感じる。
このときになって俺はようやく『理解』した、頭で分かっていたつもりのことを身をもって理解した。
ダンジョンの中は無法地帯。安全なんてどこにもないと言うことを。
そこから先は記憶が曖昧だった。
とにかく小鬼を殺した。殺して殺して殺して、殺されそうになっても殺して。
切って殺して殴って殺して刺して殺して投げて殺して踏んで殺した。
それでも小鬼の群れは尽きなかった。
(あーあ、舞香と約束したばっかりなのに。ざまぁねぇな)
全身をしたたかに打ち据えられ、死を覚悟した。
「あーあぁ、こんなに呼んじゃってまぁ。しょうがねぇなぁ」
懐かしいような、さっき聞いたばかりのような声が聞こえた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「げほ、すいません」
「いーっていーって、気にすんなよ」
雄一は入り口で出会った男性にお礼を言った。
あの時、なんか「嫌な予感がした」という男性が数十匹は居たゴブリンたちを瞬く間に殲滅し自分は一命を取り留めた。
「しっかし、見事に初心者のやらかすミスだったな」
わははー、と笑う男性。そこには戦闘中に見せた荒々しさは欠片もなかった。
「サイトに載ってた方法で、これが安全だって・・・・・・」
「そりゃ本道での話だ、副道のこんな深くでやったらああなるわな」
「そうだったんですか」
男性に手をひっぱられて立ち上がるとパシンッとお尻を叩かれた。
「いった!?」
「ほらほら落ち込むなよ少年まずは魔石の回収だ。ハンターの基本だろ」
「あ、ハイ。でもナイフが」
「俺のを貸してやるからさ」
そうして2人で小鬼の内臓をかき分けて魔石を集める。
腰が痛くなってくるころに、魔石をすべて回収し終えることができた。
はぎ取っている間はお互いが無言だった。
雄一は全身の痛みに我慢しながらはぎ取っていたし、男性も何も聞いてくることはなかった。
「ほらよ、少年」
「え」
魔石の詰まった袋を差し出されて固まった、てっきり男性が総どりするものだと思っていたからだ。
「もらえません、これは俺が倒したやつじゃありませんから」
「硬いこと言うなって、オレはいいから受け取っておきなよ」
それでも首を振って固辞する。
「頑固だなぁ、それじゃさこれを売った金でなんかおごってくれよ。それでいいからさ」
「なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」
我ながら性根が曲がっていると思うが、他人の好意を受け取ることが苦手な質が自分にはあると思っている。
それは、自分があまり裕福ではなく余裕のない幼少期を過ごしたことが関係しているのかもしれない。
「んー、少年がオレの若い時に似てるからかもしれないなぁ。っと、こんなとこに居ちゃまたゴブリンが出てきちまう。さっさと移動しようぜ」
男性の後についていってダンジョンを出るとじゃらじゃらと集めた魔石を換金所に提出し更衣室でロッカーに預けていた着替えに服装を変える。
「さ、ファミレス行こうぜファミレス」
「ちょっと、待ってください」
男性に置いていかれないように慌てて後を付ける。財布の中には、見たことがないほど大金が入っていた。
男性と二人で近所のファミリーレストランに入り、水を飲む。
口の中が切れていて痛かったが、それ以上に水の美味しさが体に染みた。
「あの、俺雄一って言います。今日は助けていただいてどうもありがとうございました」
「オレは康介ってんだ、つっても免許見せたから知ってるよな」
「はい、御剣さん」
「康介でいいって、それでなんで助けたかっていうとだな。にーちゃん、いや雄一お前。ダンジョンに入ると寒気がしないか? それにゴブリンに近づくとめまいがしたり。そういうことはないか?」
「あります、けどそれが何か?」
そういうと康介はニッと笑った。
「まさにそれが理由だ。雄一、お前ダンジョンハンターの才能があるぜ」
「才能?」
「そ、ちなみに俺にもある」
ドヤァという顔をする康介に首をかしげる。あの不思議な感覚が才能のある証拠だとして、何故自分を助ける理由になるのだろうか。
「いいか? 迷宮ダンジョン産業ってのは発展途上だ。世間じゃ皆迷宮に潜ろうっつってるがそれでも潜るやつは限られてる。しかも、供給に対して需要は無限だ」
いいか。と挟んで
「ハンターが圧倒的に足りねぇんだよ。だから少しでも才能のあるダンジョンハンターが必要だ」
康介がまたカードを取り出して雄一に差し出す。
今度はダンジョン免許ではなかった、名刺だ。有名ダンジョン企業の名前が記されている。
「スポンサードを受ける気はないか?」
つまりはヘッドハンティングをしたいという話らしい。
この企業にかかわらずどの企業も自社製品のテスターとして優秀なハンターを探しているらしく康介はそのメンバー集めも行っているということだった。
「でも俺なんて初心者で、さっきも死にかけて・・・・・・」
「そんなん誰だって最初は初心者だ、ヘーキヘーキ俺がダンジョンアタックの行使になるからさ! 謝礼だって出るんだぜ」
謝礼、という言葉に心が動かされた。
「まあ、話を聞くだけなら・・・・・・」
「よし。じゃあ会社のほうに話は通しておくから暇なときに本社に来てくれ。今日の稼ぎから電車代くらいは出せるだろ?」
こうして、あれやこれやと話をされて。その日は解散することになった。
その後ケガをして装備をぐしゃぐしゃにしたことを舞香に怒られたが、スポンサードの話をしたら喜んでくれた。
企業の良い装備を使えることには賛成らしい。
これからもダンジョンアタックを頑張っていこう。
最後は駆け足になっちゃいました