第2話
「……そ、その、すまない、そんなつもりじゃなかったんだ」
「あら、別に構いませんことよ? 先ほども申しましたが、私たちが『化物』であるのは、歴然とした事実ですので」
「──本当に、すまないッ!」
「おほほ、別に皮肉を言っているわけではございませんわ。──考えてみてくださいませ、どんなに大けがを負っても完全に修復可能であったり、何も無い空間から大砲や機銃を出現させたり、しかもその弾薬等を無限に補給できたりする存在を、化物以外の何と呼べばよろしいのでしょうか?」
そのように、自他共に認める軍艦擬人化少女の金剛が言い終えるとともに、彼女の周囲の大気が、あの紅い肉塊(青い目玉付き)になったかと思ったら、そのまま巨大な砲門や機銃へと変化した。
ちなみにそれらの砲口はすべて、俺の腕の中の少女──他称『海底の魔女』へと、向けられていた。
「……軍艦擬人化少女の損傷部を修復するだけでは無く、周囲の空気を大砲に変えることまでできるのかよ? その紅い肉塊というか『ガラナの実』みたいなのは、一体何なんだ?」
「『ショゴス』、ですよ」
「へ? な、何だよ、その『ショゴス』、って……」
「かの『クトゥルフ神話』で高名なる、『偉大なる存在』のための奉仕種族で、何にでも変幻自在な『暗黒生物』のことです」
……クトゥルフ。
……偉大なる存在。
……ご奉仕(つまりは、メイドさん)。
……変幻自在。
……そして極めつけに、暗黒生物、か。
すげえ、こんな短い文章の中に、『中二ワード』てんこ盛りだぜ。
「……つまり、来る2025年に開催される、『磯神万博』のシンボルマークは、よりによって不定形暗黒生物の、ショゴスだったと?」
「はい、提督さんは、街中に貼られたPRポスターをご覧になって、深層心理的にその事実に気づかれて、暗示が解けてしまわれたのです」
「……暗示って、具体的には、どういったものだったんだ?」
「日常的に生活を共にしながら、私たち軍艦擬人化少女自身が『ショゴス』で形成されていることを、何らかの形で知覚しても、それを脳みそで認識するのを阻害する、『精神操作』ですよ」
………………………へ?
「──はあああああああああ⁉ 何だそりゃ? つまりおまえらの存在そのものが、『クトゥルフ』みたいなものなのか⁉」
「厳密には違いますが、基本的にはそう思ってくださって結構です。──と言うか、提督は、私たちが入浴中に、致命的な損傷を負った怪我ですらも、ショゴス化することで、完全に修復している姿を、ご覧になったのですよね?」
「あ、いや、あれはあくまでも、軍艦擬人化少女にとっての『修復プロセス』として、一部分だけ一時的に変化したものと思っていたんだ」
「そうですね、まず大前提として、私たちはかつて轟沈した大日本帝国の軍艦の化身なのですから、存在自体が『クトゥルフ神話』に立脚しているわけが無いですよね」
「そうそう、そうだよね!」
……良かった、いくらこれが『ホラー系』だからって、どこぞの純愛系エ○ゲの『沙○の唄』みたいな、『逆説的な認識阻害』をネタにした『お約束』的展開なんて、最初から無かったんだ!
──そのように、俺がほんの淡い期待を抱いた、その途端、
「それでも、現在の私たちが、ショゴスそのものであるのも、また事実なのです」
は?
「……旧日本軍の軍艦でもありながら、クトゥルフ神話の奉仕種族でもあるって、どういうことだよ?」
もしかして、旧日本軍は、クトゥルフの軍隊だったりして?
──などと、アホなことを考えていると、
本日最大の爆弾発言を投下してくる、自称軍艦の化身。
「あはははは、どういうこともこうこともありませんよ、何せこれは別に、軍艦擬人化少女に限ったことでは無いのですからね」
「……何だって?」
「そうなのです、実は軍艦擬人化少女を始め、魔法少女とかチート転生勇者とかいった、超常なる力を秘めた者たちは、皆ショゴスによって形作られているのです」
──なっ⁉
「私たち軍艦擬人化少女について申せば、長年の間海底に沈んでいた際に、同じように深海で深い眠りについていたショゴスと、奇跡的な融合を果たしたわけなんですけどね」
「ショゴスと融合だと? 軍艦擬人化少女って、そんなことで建造されていたわけなの? 何かSF的にバイオテクノロジーとか、科学の力によるものじゃなかったのかよ⁉」
いくら『ホラー小説』だからって、いい加減すぎるんじゃないのか?
「いえいえ、ちゃんと、『科学的』でございますわよ?」
「ショゴスのどこが、科学的なんだよ⁉」
「だって、ショゴス自体──ひいては、それこそSF小説やホラー小説に登場する、ありとあらゆる超常的現象は、量子論や集合的無意識論と言った、科学的手法以外では、けして実現できないのですから」
へあ?
「……もしかしてそれって、ショゴスが何物であるかを、量子論や集合的無意識に則って、科学的に説明できるってことか?」
「と申しますか、ショゴス自体が、『量子そのもの』とも、言えるのですよ」
「………………」
もうここら辺が、限界です。話にまったく、ついていけません。
「何だよ、ショゴスが量子そのもの、って?」
「ショゴスというものは、『どんなものにも変化』できなければならないのですが、それを実現できるのは、ミクロレベルにおける量子だけなのです」
「? いや、そもそも量子とは、この世の万物の物理量の最小単位のことなのであって、『何にでもなれる』と言うよりも、『最初から何者でもある』と言うほうが、正しいのでは?」
「ほう? そうすると、子供は最初から子供であり、大人は最初から大人であって、『子供が大人になる』わけでは無い──ということになりますけど?」
「屁理屈を言うんじゃない! 確かに、子供がいきなり大人になってしまうことは無いけど、ちゃんとそれなりの年月をかければ、大人に成長できるじゃないか?」
「──そうです、『成長』です、つまり量子を、成長等を促すためにひっきりなしに分裂をし続けている、『細胞』のようなものだと、考えてくださるとよろしいのです」
「量子が常に、『細胞分裂』みたいなことを、しているだと?」
「正確には『重ね合わせ現象』と言うのですが、これは量子というものが常に無限の形態になる可能性を、多重的に有していることを実証しており、あくまでも可能性の話とはいえ、子供を構成するすべての量子が、一気に十数年分成長して、一瞬にして大人になってしまうことも、けしてあり得ないとは言えないのですよ」
「──いやいやいや、けしてあり得ないよ! そんな『可能性の話』とか言うのなら、何でもあり得るだろうが⁉ それにそもそも量子が『重ね合わせ』状態にあるのは、量子ならではの微小空間の話で、その特異なる性質は、この現実世界にも、そこで生活している我々人間にも、原則的に適用されないというのが定説だよな⁉」
「いいえ、適用されますよ? ──例えばある大人が、子供になった夢を見ていたとしたら、目が覚めた途端当然のごとく、一気に十歳以上成長して、大人になってしまうではありませんか?」
「いや、夢の話なんかを、されてもなあ……」
「──ではあなたは、今現在のあなたが、『十数年後のあなた』が見ている、『夢の中のあなた』では無いと、断言できるのですか?」
──ッ。
「更に申せば、実はそれどころの話では無く、おそらくはあなたも、『他人になった夢』をご覧になったことがお有りかと思われますが、そうなるともしもこの『世界そのものが夢』だとしたら、目が覚めた時、『あなたという人間が何者なのか』についての『可能性』は、無限にあることになるのですよ? ──そう、まさしくミクロレベルにおける量子の、『重ね合わせ』状態そのままにね」
こ、この世界そのものが、夢かも知れないだって⁉
──そんな、馬鹿な⁉