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異国の、初めてのお客様です。

ある御方の初登場です。ちょっと長めかもです(*_*;

 まさかの朝雲の発言で硬直した富塚は、大きく息を吐いた。


「ちょっと、楼主を呼んできてごらん。話があるから」

「?はーい」


 富塚に言われ、朝雲は不思議に思いながらも座敷から離れる。


(まぁまぁ――――何か怒らせるようなこと、言ったしら?)

 

 変なことは言っていないと朝雲は思っている。

 それに、富塚は変なことを言っても怒らない。

 「お稲荷さん」と呼んでも、お世辞だろうが「朝雲は可愛いなぁ」と頭をよく撫でてくれる、優しい神様だ。


「だんさん〜、富塚様がお話がありますって〜?」

「何?お前さんの水揚げのことかぁ?はいはい、今すぐ行くよ」


 ちょうど良く回廊にいた辰男に話しかけると、彼は小走りに富塚のいる部屋へ向かっていった。朝雲は息を吐き、周囲を見回す。


(あらあらまぁまぁ、まだまだ皆忙しそう···。私、何しよう〜?)


 富塚のところに戻るか?正一郎のところには明け里が行っているだろうしーーー。

 

「あ!朝雲!ちょうど良い!」

「あ、女将さん〜」


 がっと自分の肩を掴んできたのは、40歳ほどになる細身の人間の女性だ。

 若い時は、かなりの美人だったのだろう。今でも彼女は熟した美しさをまとっているが、忙しさのためか上にまとめあげた黒髪は乱れ、疲れがにじみ出ている。


「いやぁ、他の禿や新造が行きたがらない初見の客なんだけどさぁ、あんたが話し相手になってくれないかい?名前も、何の神様なのか妖なのかもわからないんだよ」


 彼女は、辰男の女房だ。元々この神原の花魁で、年季があけると「天竺牡丹」の楼主である辰男に嫁いだと聞いている。


 ーー最初に、他の禿も新造も行きたがらないという初見の客、などと言われ、誰が好き好んでそんな客の相手をするだろうか?

 「天竺牡丹」は神原でも大店である。花魁も、どの神様の相手をするか選ぶ権利を持っている。特に初見の客など、最初に花魁を会わせたりなどしない。


 これからの店の看板となる振袖新造も、また特別な地位にいる訳だがーーー。


「は〜い、わかりましたぁ」


 ころりと朝雲は笑みを零し、承諾した。朝雲は、何も考えていない。

 頼まれれば、快く何でも引き受ける性格なのだ。


「よかった!あそこの座敷にいるからね!トゥルプ国の神様か妖だと思うんだけど···頼んでおいてなんだけど、朝雲、気ぃつけるんだよ」

「あらあら、トゥルプ国の方ですか〜。私、トゥルプ国の言葉がわからないので、怒らせないように気をつけますね〜」

「そうじゃないよ!トゥルプ国の妖で、血を吸う鬼もいるって話だ。最近、小さな妓楼では血を吸われて死んだ女郎もいたとか。お前さんは振袖新造なんだから、絶対に指一本身体には触らせないどくれよ!」


 ーーー女将も配慮がまるで足りない。そんなことを15歳の少女に話したら怯えるだろうが、朝雲相手だからこそ、そんな風に言ったのかもしれない。


「は〜い、わかりましたぁ」


(血を吸う鬼さんもいるのかぁ。色んな神様がいるんだなぁ〜。明け里姐さんからも、お客様には身体を触らせるなってきつく言われてるから、気をつけようっと)


 明け里にきつく言われたことを、朝雲は愚直なまでに守っている。

 「絶対に身体を触られそうになっても、絶対に触らせるな」と。(正一郎の膝枕は自分から行ったことなので数には入らないと朝雲は思っている)


 朝雲は言われた座敷の前に、正座をした。ふすまを開けるために配置されていた禿の霧が自分を見てハッとしていたが、もうすでに朝雲は品よく、しずしずと頭を下げていた。

 ふすまが、開かれる。


「振袖新造のあ・さ・ぐ・も、、と申します。初めまして」


 朝雲は顔を上げる時、微笑み、自身のことを指さして大きな声音で言い放った。

 言葉がわからない客であろうと、自分の名前ぐらいは、これで伝わるだろうと配慮をしたのだ。


(あ······!)


 顔を上げてから、朝雲は驚いた。

 確か、明け里の花魁道中でも見た――――神様だ。


 彼は、少しだけ長い銀髪の男性だった。正一郎よりも太ましい角が、3本も頭から生えている。瞳の色は、灰色だ。白いワイシャツに黒いスーツという、異国の服装がーーーこんな言い方はおかしいと朝雲はわかっていたがーーーとてもよく似合う。彼の黒い服装は、細い手足がいかに長いかを強調している。


「············」


 怜悧で端正な顔立ちは物憂げで、開け放った窓に背を持たれるようにして、たった1人で外を見つめている。上座に置かれた酒や食べ物には、一切口をつけていない様子だ。


そして、朝雲が来ても、何も喋らない。灰色の瞳をちらりとこちらに向けたが、興味がなさそうである。


「···ずぅっとこんな調子なんですよ」

 

 霧が小声で言ったが、朝雲は無視した。すくりと立ち上がり、上座も下座も無視をして、窓辺にもたれかかっている男に近づいた。


「あ・さ・ぐ・も、と言います」

「·········」

「あ・さ・ぐ・も、です」

「·········」

「あ・さーーー」

「············ェレ」

「え?すみません、もう一度お願いしてもいいですか?」


 朝雲の根気よく続けた自己紹介に対し、ぼそりと男は何かを口にした。

 彼に表情はなかったが、ようやく朝雲にじっと視線を向けた。


 彼の灰色の目はとても綺麗だ。まるで宝石のようだなと、朝雲は彼の美しさにほぅっと甘いため息をつきそうになった。


「······イェレ」

「イェレさん!イェレさんですね〜!トゥルプ国の神様ですよね?とっっても、お目めが綺麗ですねぇ〜?舶来のお人形さんみたいですねぇ」

「·········」


 彼は、また黙ってしまった。名前を聞くことに成功はしたがーーー当たり前か、と朝雲は特段気にしない。


(あらあら、そうだよねぇ。言葉が通じないよねぇ。じゃあせめて···)

 

「イェレさん、お酒は如何でしょうかぁ?トゥルプ国のものは知りませんが、ヤマトのお酒も絶品なんですよ?まぁ、お客様の受け売りなんですけれどねぇ〜」

「············」

「あんかけ豆腐は、いかがですか?外は寒いですから、とってもあったまりますよ〜。生姜も入っているので、ぽかぽか〜ってなります」

「············」


 ーーー座敷の外にいた霧は、朝雲に心から同情していた。

 何も喋らない客相手に、喋りまくる朝雲。

 時間が決めれていると言っても、ずっと喋らない客を相手にするのは、苦行だろう。


 しかし、朝雲はそんなことは考えていなかった。


(お話するのが好きじゃないお客様なのねぇ。でもお座敷にいて下さるから、お話を聞くのは嫌じゃないのかなぁ?···あ、そうだ)


 そもそも言葉が通じているかもわからないがーーー朝雲はすくりと立ち上がり、ふすまを開けた。霧がびくりとする。


「霧ちゃん〜お琴持ってきてもらえる〜?」

「へーーー?は、はいっ!」


 すぐに琴が持ってこられる。ずっと寡黙な彼は、流石にばたばたと座敷に持ってこられる琴を、じっと見つめていた。

 朝雲は、琴の前に正座すると、深々と頭を下げた。


「こ・と」


 ーー本来の自分の名前を口にしつつ、朝雲は琴を指差す。そして弦に少し触れ、微笑んだ。


「し・ん・む・す・め・ど・う・じょ・う・じ」


(これから「新娘道成寺」って曲を奏でるよ〜って通じればいいけどなぁ〜) 


「―――鐘に――――怨みはぁ―――数々――――ござる―――」


 朝雲は、琴の静かな音と共に、声を張る。

 最初はぽつりぽつりと琴の音と共に、この「新娘道成寺」は中盤以降になると激しく、切なく鳴り響く。


「·········」

「―――それが、ほんの色ぢゃ、ひぃ――ふぅ――みぃよ―――」


 朝雲は地歌を歌いながらも、じっと見つめてくる男と目を合わせる。

 琴は、辰男に叩き込まれている。音だけに集中せず、お客様が何を見ているか、気にしろと。

 音にも自分自身にも「色」を持たせるようにと、言われている。


 

(―――この方は、どんな神様なんだろう~?)


 視線を合わせながらも、決して声や指を止めることはない。

 しかし、朝雲は彼の銀色の髪と、その3本の角の正体をまじまじと見つめる。


「···この歌は、清姫という娘と安珍という僧の悲恋の物語なんですよ~」


 曲が終わり、歌を歌い終わった後、朝雲はゆっくりと言葉を口にした。

 彼の視線は、自分と琴に注がれている。


「··················」

「···清姫は安珍さんに一目惚れし、燃えるような恋をするんですよ~。でも、その恋は叶わないんです。恋が叶わない怒りと切なさ故に、清姫は大蛇···あ、蛇になってしまうんでうよぉ」

「························」


 ――――ぴくりと、イェレの柳眉が吊り上がったのを、朝雲は見逃さなかった。

 何に反応したかはわからない。だが、確かに―――朝雲は彼が反応したのがわかった。


「清姫の恋心、凄いですよね~。燃えるように、1人の御方への恋心とか、憧れますねぇ~」


 ―――朝雲が、そう言い放った瞬間だった。

 がたり、とイェレが立ち上がった。立つと、彼は正一郎ほどではないが背が高いのがわかった。


「え?あらあら···イェレさん?」

  

 朝雲は突然立ち上がったイェレに目を丸め、彼がすたすたと自分の前を横切り、歩いていく姿を呆然と見つめる。

 先ほどまで視線を交じらせていたのが、嘘のように―――彼は冷たい目で、自分を睨んだ。


「嫌いだ」

「へ?···まぁまぁ···」


(綺麗な、日本語)


 日本語を話せるのではないか、と朝雲が呆けている間に、イェレはふすまをぱしりと開け、回廊を歩き去っていく。


「え!?お客様!?」


 外にいたであろう霧が声をあげ、妓楼の若い男達も彼に向かって声をかけていた。しかしイェレは、何も話さないままに出て行ってしまう。


「···嫌い···?」


 朝雲は、イェレが日本語を喋れることに驚いていたが、じわじわと自分の言われたことを理解していく。


(あらあら――――そんなこと、初めてお客様に言われちゃったぁ。何が悪かったのかなぁ···?)


 イェレは「嫌いだ」と言えるくらいだから、朝雲の話していたことを少しは理解していたのだろうか?

 それとも今までの自分の行動の中で、トゥルプ国では不躾なことがあっただろうか。


「嫌い······」


 ゆっくりと、朝雲は自分の心が傷ついているのを理解した。

 音を奏で、視線を交じらせている時は、心が通っていると思っていた。

 しかし、全て勘違いだったのだろう。


「···どうして···?」


 御座敷で1人、琴の前で、朝雲は疑問を口にした。

 答えてくれる者は、誰もいない。


え、何で・・・?と朝雲は戸惑わざる得ないでしょうね。

次の話は、本日の21時に更新予定です。

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