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私、特別な郭に売られたんです。

朝雲の幼い頃の話です。



「琴、ごめんねぇ」



 母は嗚咽し、自分のことを強く抱きしめた。

 古びた黒い留め袖を着た母、同じように古い着物を着ていながらもプライドが高そうな父を横目に、自分は涙を1つ零さなかった。


 この商人に郭に売られるという時が、最後に「琴」という本名を呼ばれた最後だった。


「ごめんね、ごめんね―――っ!!」

 

 母は自分を強く抱きしめながら、それでも決して「やっぱり売るのは嫌だ」とは言わなかった。


(そうだよねぇ。私が吉原に売られれば、家の借金が返せるもの。売らないって言う訳がないよねぇ)

 

 自分が産まれたのは、落ちぶれた武家の家だった。跡継ぎは男。自分は元々不必要な存在だったのだなぁと、ぼんやりと考えたものだ。


「連れて行ってくれ。金は、約束通りなんだろうな?」

「勿論です。この器量で、既に芸事も覚えているとなれば―――名を遺す花魁、太夫にもなりましょう」

 

 父は威厳のある白鬚を撫でつつも、小さなことを気にしていた。そして商人は自分を連れて行こうと、まだ7つになるほどの自分の手を掴もうとした。


「あ···」

 

 母から無理に引きはがされる前に、自分は母を優しく退け、商人に手を差し伸べた。商人は、目を丸める。


「おじさんが、吉原に連れて行ってくれるんでしょぉ?お願いします~。私、吉原までの道は存じないので···」

 

 ほんわりと、自分は言った。商人は驚いたように、差し伸べられた手を掴めず、硬直した。


「この子は···」

「ほんと···この子に花魁など、とても務まりませんよ···っ!こんなぼーっとしている子ですもの···!見た目は良くても、女達のどす黒い世界など全く無縁ですもの···っ!」


 父は自分を気に入らないように吐き捨て、母は自分の将来を案じるようにして叫んだ。

 どうして父が、ずっと自分を気に入らないのか、自分にはわからなかった。


「これは···」


 商人は深い舶来の帽子を隠した男だった。目元を隠しているため、自分をどうやって見ているか不思議だ。若い男らしく、皺のない顔立ちで―――口元をにぃっと吊り上げた。


「額面通りの金をお支払いする訳には、いかないようですな」

「は!?約束が違うっ!!」


 父が、鋭く噛みつくようにして怒鳴った。


「娘の性格か!?すぐに首でも吊るようにでも見えたか!?―――お前っ!!」

 

 あ、ぶたれるかも。

 父が自分の長い黒髪を握ろうとしてきた。余計なことをするなと言うことなのだろう。

 

「いやいやいや、逆ですよ」


 自分に伸ばされる父の手を、ぱんっと軽く払いのけたのは、商人だった。


「お約束していた額の10倍を出しましょう」

「な···じゅ···ど―――どういうことだっ!!」

「この子は、あの方々がさぞお気に召されるだろうなと思いましてね。ただの男が集まる、吉原や島原などには勿体なさすぎる。『贄』としての、天賦の才能がありますよ」


 自分は、きょとんとしてしまった。


(吉原や島原ではなく···?私、どこに行くことになるのかしらぁ?贄って···)


 吉原だったらまだ江戸の中だから良いが、京の島原だったら遠いから嫌だなぁと思っていた。

 『贄』という言葉も―――物騒な言葉であるが、意味が分からない。難しい、殿方しかわからない単語だろうか?


 どちらにせよ、自分には興味は何もないが。


「···娘は、高く売れるのか?吉原や島原ではないとなると···どこだ?まさか品川···!?」

「いいえ、神原です」

「かみ···ばら···?」

 

(江戸の地名で、そんなところあったかしら~?)


 父が唖然としている後ろで、商人がにたにたと笑い、自分に手を差し伸べてきた。  

 

「神々が住まう、特別な場所だよ。君は、神様達に愛されるんだ」



品川にも遊女屋さんがあったそうですね。

個人的にすごく、吉原、品川、島原、丸山の遊女屋さんの本があると

すぐ買ってしまいます('ω')ノ

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