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4家を見にいく

 翌朝、私が約束の時間に侍女と共に玄関前に向かうと、スーツに白い手袋をしたエミールがすでに待っていた。

 彼より早く来るつもりで十分前に下りて来たのに……ちょっと悔しい。


「そんなことで争うなよ……」


 私の肩に座る精霊が、呆れた顔をして呟く。

 この精霊、私が考えることがわかるらしい。

 人目があるため何も言い返せないのは辛い。


「あら、約束よりずいぶんと早いわね」


 動揺を隠しつつ私が言うと、彼は腰に手を当てにやっと笑い言った。


「当たり前だろう? 俺はお前の侍従なんだからな」


 言い方が何か引っかかるのは何故だろうか。

 私の鞄を運んでいた侍女がエミールにその鞄を渡しながら、彼に話しかけた。


「エミールさん、シュテフィ様をお願いいたします」


 侍女が心配そうな声音で言い、エミールに向かって頭を下げる。

 いや、何で貴方が頭を下げるの? おかしくない?

 エミールは柔らかく微笑み、侍女に向かって言った。


「大丈夫ですよ。シュテフィ様はわたくしがお守りしますから」


 私と侍女とでここまで態度が違うのはおかしすぎるでしょう。

 そう主張したいのをぐっと我慢して、私はすっと背筋を伸ばしエミールに言った。


「さあ、行きましょう」


 すると、エミールは片手をお腹にあてて腰を折り、


「かしこまりました、お嬢様」


 とふざけた口調で言った。




 いつもと同じ黒いスーツを着ているエミールに対して、私は市井の女の子がよく着ると言う、白いブラウスに紺色のジャンパースカート、紺色の帽子と言ういでたちだ。

 極力目立たない様にするにはどうしたらいいのか侍女たちからいろいろと聞きだし、この服装に落ち着いたのだけれど、着なれないせいか気分は落ち着かなかった。

 だからと言って、ドレスでは動きづらいし見るからにお嬢様になっては困る。

 途中まで馬車で送ってもらい、私は今、エミールと共に町の中を歩いていた。

 平日と言うこともあり、人通りはさほど多くなかった。

 今までこんなふうに町中を歩くことは滅多になかったので、どうもきょろきょろと見回してしまう。

 海が近いこともあり、日に焼けた人が多かった。

 風は穏やかで心地いい。

 ここは、私が住む屋敷から馬車で一時間ほど離れた場所。いわゆる郊外だ。

 郊外とはいえ、首都なので人は多い。

 違う町で暮らすことも考えたけれど、田舎はよそ者が目立つし、なにより私みたいな若い娘がひとりで暮らすなら首都の方がずっといい。

 首都なら都会に憧れてひとり暮らしをする若者が一定数いるそうだから。

 住む家を探すのが今回の目的なわけだけれど、私がここに来るのは二度目だった。


「で、目をつけている家ってどんなの?」


「子供が結婚して家を改装し、二階を貸したい、と言っているご夫婦がいるんですって。この間来たとき、ご夫婦は外出していていなくて中を見られなかったのだけれど、今日会う約束を取り付けてるの」


「あー、いわゆる下宿ってやつか。お前なら本気で家を買いそうだったからひやひやしてたんだけど」


「本当は家を買いたいけれど、ひとりで維持できる広さではないし。それなら下宿みたいな形のほうがいいと思ったの」


 熱が下がったあと、私はしばらく学校を休んだ時、その間に侍女に言ってひとり暮らしするにはどうしたらいいのか調べていた。

 集合住宅とか、下宿とか、色んな方法があることをそれで知ったわけだけれど、私は最初家を買うことを考えていた。

 それで侍女に聞いたら、維持管理が大変ではないかと言われた。


「お嬢様が本気でひとり暮らしをされたいのでしたら、下宿がお薦めですよ。私も学生のとき老夫婦の元で下宿致しました」


 と、その侍女に教えられ、動けるようになったその日のうちに町に行き、不動産屋に話を聞きに行った。


「下宿なら、食事や掃除洗濯をやってくれたりするらしいからな。お嬢様なお前には丁度よさそうだ」


「それについては反論の余地もないわね」


 私は家事ができない。

 というか、できるわけがない。

 そもそも公爵家にいて、家事なんてする必要はひとかけらもないのだから当たり前だ。よくよく考えれば、家を出てひとり暮らしをする、というのはかなり無謀な話ではある。


「お父様やお母様が、侍女をつけるとか、奴隷をつけるとかいろいろおっしゃっていたけれど」


「当たり前だよな。ある程度信頼できる相手をお前につけたいと思うのは当然だろう」


「とにかく家を出なくちゃと思っていたからそこまで深く考えていなかったの。でもあなたがくっついてくるなら別にいいわね」


「俺にできることなんて限られてるぞ」


「そんなことはわかっているわ」


 そんな話をしているうちに、不動産屋の前に着いた。

 女性がやっている不動産屋で、いわゆる学生や田舎から出てくる独身者向けの物件を中心に取り扱っているそうだ。この不動産屋も侍女が教えてくれた。

 まあ、本気で私が家を出るとは思っていなかったようで、ひとりでここに来たことを話したら驚きのあまり固まってしまったっけ。

「ハイン不動産」と書かれた白い看板。軒先にはいろんな集合住宅の情報が掲示されている。

 茶色い扉をエミールが開くと、からん、と扉に着いた鐘が音を立てる。


「いらっしゃいませ」


 エミールの後に着いて私が中に入ると、店主の女性がにこやかにほほ笑んだ。

 大きな業務机に、座り心地のよさそうな背もたれのついた長椅子が置かれている。

 机の向こう側にある椅子に座る店主は、たぶん四十歳前後だろう。

 癖のある金色の髪は短く切りそろえられていて、眼鏡をかけている。

 とてもまじめそうな、優しそうな女性だった。


「この間のお嬢さん。アルベルティさんですね。お待ちしておりました」


「おい、どういうことだよ」


 エミールが私に耳打ちをする。

 私は表情を変えず、小さく呟いて答えた。


「とっさに思いついた偽名」


 さすがに本名のルルツはまずいと思い、とっさに思いついたのがエミールの苗字のアルベルティだった。


「……なんで俺の……」


 とか呟くエミールを無視して、私は長椅子に近づいた。


「今日はよろしくお願いいたします」


 と言い、私は彼女に頭を下げた。


「えぇ、少しお待ちくださいね。今準備をしますから」


 そう言って、店主は立ち上がった。

 机の上にあった書類を片づけたあと、彼女はエミールの方を見て小さく首をかしげる。


「こちらは……恋人さんですか?」


「違います」


 異口同音。同時に私とエミールが強い口調で答えると、店主は少し驚いた顔をして、


「あ、そうなんですね。失礼しました」


 と、気まずそうな口調で言った。

 ちょっと申し訳なかったかも知れない。

 けれど違うものは違うし。


「最近、結婚前に一緒に住む男女が増えているのよね。お試しで同居するとか言って。それで合わなければ別れればいいとかなんとか。若い人の考えることは突拍子もなくてついていけなくなることがあります」


 なんて言いながら、彼女は黒い上着を羽織る。

 そして、黒い帽子を被り鍵を手に持って、


「参りましょう」


 と満面の笑みを浮かべて言った。



 下見した家からの帰り道。

 近所を見ておこうと、私とエミールは町を歩いていた。

 ここは海が近いので、潮の香りが漂ってくる。

 海産物を取り扱う市場があり、そこは人通りが多かった。

 物珍しくて、私はキョロキョロと辺りを見回してしまう。

 日に焼けた海の男たちは皆体格がよく、私の回りにいる男性たちとはえらい違いだ。

 何が安いとか、何がお薦めとか、そんな声がそこら中から聞こえてくる。

 私の少し前を歩くエミールは少し不満げだった。


「即決するとは思わなかった」


「即決するしかないじゃないの」


 見に行った家に不満はなかった。

 家は二階建てで、一階が家主であるベイトさんご夫妻の居住空間となる。

 二階が貸したいと言う部屋になっていて、二部屋あった。

 その部屋がさらに二つの部屋に分かれていて、いわゆる寝室と居間で分けて使えるようになっていた。


「両方借りたいのだけれど」


 と言うと、ベイト夫妻と不動産屋の店主は固まってしまった。


「両方、ですか?」


「はい。こちらのエミールは私の従者なのですが、私の身の回りの世話をするのでそばに住んでもらわないと困るのです」


「従者……ですか?」


 不思議そうな顔をして三人は私たちを見ていた。


「はい、わたくしはエミールと申しまして、シュテフィ様にお仕えしております。このたび訳あってお嬢様がひとり暮らしをなさりたいとおっしゃいまして、とはいえご両親はとても心配をなさっており……わたくしが、お嬢様のお世話を仰せつかりました」


 なんていうとっさの嘘を並べ立てたエミールはさすがだと思った。

 まあ、すべてが嘘ではないけれど。

 お嬢様、という言葉に庶民は弱い。

 私としては自分の育ちを隠したかったのだけれど、あちらは私を勝手にいいところのお嬢様とか思ったようだ。


「ていうか、俺と別々で暮らすんじゃなかったのか」


 呆れ顔で、エミールは私を振り返る。


「あら、別の部屋じゃないの。だからいいでしょう?」


「いや、まあ……そうだけど……」


 エミールは何やら不満げだ。


「今だって、家は一緒なのだから問題ないでしょう」


「いや、お前がいいならいいけど。で、いつ引っ越すんだ?」


「そうねえ。必要なものは買えばいいと思ってるから、すぐにでもと思ってるの。あちらはいつ引っ越してきてもいいとおっしゃっていたし」


 すると、エミールは私を振り返り苦笑した。


「お前の行動力には恐れ入る」


 これは誉めているのだろうか?

 エミールが言うと、誉め言葉も嫌みにしか聞こえない。


「で、侍女は雇うの? 雇うつもりなら紹介所に案内してやるけど」


「そんなものがあるの?」


「あぁ、職業案内所っていうのがあって、侍女だけじゃなく食堂の給仕とか接客業を主に斡旋する案内所があるとさっき不動産屋で聞いた」


 いつの間に聞き出したのだろうか。私はそういう場所があるのを知らなかった。


「あるらしい。まあ、屋敷がどういうところで侍女や使用人を集めているかは知らんけど」


 たしかに知らない。

 そんなこと知らなくても生きてこられたし。

 侍女かあ。

 どうしよう。

 エミールがすべてをやってくれるわけではないし、そもそも異性だ。

 困ることが必ず出てくる。

 雇えたとしても一人よね。

 屋敷の侍女たちはたしか、週に一日か二日、休みがあるらしいから雇うとしたら同じようにしないとよね。

 あと勤務時間。遅番とか早番とかあるらしいけれど、どういう意味だろう?

 そんなことを考えながら歩いていると、ある店の呼び声が耳に飛び込んできた。


「珍しい獣人の奴隷がいるよ!」


 その声を聞き、私は思わず足を止めた。

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