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3口の悪い従者

 荷造りをしていると、部屋の扉を叩く音が響いた。

 時間は今、夕方の六時前。夕食の時間だろうか?

 少し早いような気がするけれど。


「どうぞ」


 立ち上がらずに私は扉に向かって声をかけた。

 扉が開く音の後、


「失礼いたします」


 という男の声が聞こえてくる。

 え、男?

 私はばっと扉の方を見た。

 てっきり侍女が呼びに来たと思ったのに、現れたのは女性ではなくて男性だった。

 エミール=アルベルティ。私より三歳上で、二十歳になる侍従だ。

 長めの金色の髪に、切れ長の宝石のような緑色の瞳。鼻筋が通っていて、整った顔立ちをしている。というか、整いすぎて気持ち悪いくらいだ。背は私よりずっと高くて、見た目だけはいい。

 そう、見た目だけは。

 黒いスーツを纏った彼は、私の部屋にずかずかと入り込み部屋と、私を見て目を細めた。


「何やってんの?」


「何って、家出の用意」


「それ、まじで言ってるの?」


「貴方こそ、私の侍従なのになんでそんな言葉づかいなわけ?」


 この侍従は、私に対して横柄な態度をとる。

 彼に会ったのは七年ほど前のことだ。父が連れて来た。

 私の遊び相手にと言うことだったけれど、彼は全く私の言うことを聞いてくれない。

 あれ取って、と言っても絶対に取ってくれないし、ゲームをしても手加減なんてしない。

 あ、でも勉強だけは教えてくれた。

 わからないことは教えてくれるけれど、若干馬鹿にはされたな。


「侍従と言われればそうだが、俺は遊び相手として連れてこられたしな。遊び相手っていうのは対等なもんだろう」


「本当に口が悪いわね。私、今忙しいんだけれど」


 そう言って、私は荷物を用意する。

 なんだかんだで旅行鞄二つで済みそう。

 エミールはそんな私を腕を組んで見つめている。


「お前のお父様が俺に泣きついてきてな。家を出るとか言い出して退学届を勝手に出してきたと」


「勝手にじゃないわ。ちゃんと学校やめることと家を出ることを言ったわよ」


「病み上がりにンなこと言って、誰が真に受けるかよ」


「なんで真に受けないのよ」


 正直言ってそれは不服でしかない。

 夢の中で精霊と押し問答を繰り返し、熱から覚めて最初に言ったことが、


「学校やめる」


 だったってだけじゃないの。

 今思い返せば、誰もまじめに取り合ってくれていなかったような気がするけれど。


「学校やめて家を出るわ」


 と両親や侍女に言っても、聞き流されていたっけ。そういえば。

 とにかくこのままここにいたら私は悪役をやらなくちゃいけないらしいので、それは御免こうむりたい。

 まあ、皆に守護精霊の話をしたところで誰も信じないでしょうから、はたから見たら私、熱で頭がおかしくなった人に見えるかもしれないわね。

 今気が付いた。

 でも、まあいいわ。もう決めたことだし。


「ほんとーに出て行くのかよ、お前」


「えぇ、出て行くわ。別にいいじゃないの」


「家事は? 仕事は? お前みたいなお嬢様が家出てひとり暮らしなんてできるかよ」


 床に座り込む私を文字通り見下ろして、エミールはきつい口調で言った。

 私は憮然として、彼を見上げた。


「見くびらないでほしいわね。家事はさすがに人を雇うけれど、仕事位できるわよ。私の特技は魔法付与よ。魔法道具は需要があるし、それなりの値段で売れるのよ」


 明かりを灯す魔法とか、鍵をかける魔法とか。

 魔法が使えない人が圧倒的に多いので、回数制限はあるものの少しだけ魔法が使えるようになる品物は需要が高い。

 私はなんでもないただの指輪や腕輪に魔法を付与することができる。

 そういう魔法の品物を雑貨屋などに卸せばそれなりのお金になる。

 女一人が生きていくくらいの収入は得られる計算だ。

 宝石だって持っているし、それを売れば家位買える。

 私だって馬鹿ではない。少しは考えて行動している。


「なかなか強かだなお前。公爵家の娘なんてもっと馬鹿だと思っていた」


 そう言ったエミールの声はちょっとだけ感心しているようだった。あくまでもちょっとだけ、だけれど。


「言いたい放題言ってくれるわね。で、侍従とはいえ、男が女ひとりの部屋にずかずかと入り込んできて一体何の用かしら?」


 お父様もお兄様たちも、私ひとりの部屋に一人で来たりはしない。必ず侍女を伴ってくる。

 なのにこの男ときたら、配慮の欠片もない。

 彼は心底面倒だ、という顔をして、ため息混じりに言った。


「お前の両親が、お前を止めてほしいと俺に言ってきた」


「私の言うことなんて一欠片も聞かない貴方の言うことを、私が聞くわけないわね」


 そんなこと、お父様たちだってわかってるでしょうに。


「そ。お前が言い出したら誰のいうことも聞くわけないから、せめてお前がどこに住むのか、生活のようすとかを教えてほしいと言い出したんだ」


「なにそれ、どういうこと?」


 私は立ち上がり、彼を見る。

 エミールは心底面倒そうな、嫌そうな顔をして言った。


「俺としてもこんなきっかけでここを出るのは不本意だが、お前の側で暮らせとお願いされた」


「一緒にじゃなければどうでもいいわよ」


「それは俺もお断りだ」


 こう面と向かって言われると微妙に傷つくのはなぜだろうか。

 いや、未婚の女性が男と同居なんてさすがにあり得ないもの。

 しかも私は貴族だし。

 そんなことしたら悪い噂がたってお嫁にいけなくなる。

 いや、学校中退の上ひとり暮らしする時点で悪い噂のひとつやふたつはたつかもしれない。

 まあでも、学生でひとり暮らしを経験するのは悪いことではないし、学校にも親元を離れてひとり暮らししている子は多い。

 貴族だろうと、町で働く者はいるし。

 きっと大丈夫、たぶん。

 そもそも結婚に憧れとかないし。


「だから家探しに着いていくから」


 これは断ってもエミールは着いてくるだろう。

 ならば利用しない手はない。

 女一人で不動産屋に行ってもろくに相手にされないと言う噂を侍女たちから聞いたし、エミールが一緒なら交渉は楽になる可能性はある。

 私は右手を腰に当てて、微笑んで言った。


「じゃあ、明日の朝十時に玄関に来て。もう、目をつけている家があるの」


「お前、本当に即断即決即実行なんだな」


 呆れ顔で言うエミールに、私は言い放つ。


「当たり前じゃない。悩んでいる暇があったら行動した方がいいもの」


「だから俺はお前のお目付け役を仰せつかったわけだ。まあ、俺はお前の両親に借りがあるし、無下にするわけにもいかないからな」


 言いながら、エミールは首元に手をやる。

 シャツで見えないけれど、彼はいつも首飾りをしている。

 何かの紋様が入った、彼の瞳と同じ綺麗な緑色の石の首飾りだ。


「その借りってなんなの?」


 首をかしげて私が問うと、エミールはすっと目を細めた。

 そして首を横に振る。


「今はまだ……言えないかな。まあ、とりあえず俺も大人になったし、命を狙われることはないと思うけど。っていうか、いつまでもここにいては迷惑かけるから、そろそろここを出たいと思っていたし」


 命を狙われるって、今さらっと危ないことを言いませんでした?

 エミールが何者なのか、正直私は知らない。

 それは私にとってさほど重要な情報ではなかったから興味なかった。


「暗殺されるかもしれないような立場だったの?」


 正直それは意外だ。

 口は悪いし、横柄だし。

 でも勉強は教えてくれたから教養はあるってことよね。いったいいつ身に付けたんだろう?


「だから逃げてきたんだよ。それについてはまだ話す気はないけどな」


「ならどうでもいいわね。でも、外で貴方は何して生計をたてるのよ」


 すると、エミールはきょとん、とした顔をして自分を指差して言った。


「俺? 俺はお前の従者。お前のお父様が全部面倒見てくれるって言うから」


 なにそれ、つまりそれってお父様が全部エミールの生活費やら何やらを出すって事?

 それっておかしくない?


「なんで私が働くのに貴方は働かないの? おかしくない?」


 私が言うと、エミールはにやりと笑い、私を見下すかのような目をして言った。


「それを選んだのはお前だろう? それに働かない訳じゃない。お前が無茶しないように見守ってやるんだからな」


 あぁ、どこまでも口が悪いんだから。

 ほんと、この人嫌い。

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