2守護精霊の言い分
学校をやめて、家を出る。
ニーナたちの前で学校をやめると宣言し、学長に退学届を叩き付けた私は迎えの馬車で家に帰り家出の準備を進めた。
床に座り込み、服をひろげて何を持って行こうか選別をしていると、頭上で声が響いた。
「いや、それでは困る」
そう言って困惑した表情を浮かべて私の準備を宙を飛びながら見つめるのは、手のひらほどの大きさの小さな人間だった。
肩口まで伸びた黒い髪。金色の大きな瞳。紺色のスーツを纏い、背中に羽根なんて生えているその小さな女の子の姿をした人間は、私に憑いている守護精霊的なものらしい。
「シュテフィ=ルルツ。君が学校やめて家を出るなんて予定にないのだが」
「そんな予定なんて知ったことではないわ」
私の名前を呼び捨てにした精霊を一瞥し、私は服へと視線を戻す。
ドレスなんて持って行っても意味ないわよね。
動きやすい服がいいわね。
「なんで公爵家の娘が突然学校やめるわ家出るわなんて言い出すんだ。
君の予定は、このまま我が道を突き進み、王子の誕生パーティーで相手に選ばれたもののいろいろやらかして結局婚約解消されて断罪される悪役令嬢なんだぞ」
「だから何よ悪役令嬢って。意味が分からないんだけれど」
「君はわがままだろう? 気が強いだろう? 王子がいくら話しかけてもけんもほろろだっただろう? 見えないところで男爵家の娘に意地悪してるしていただろう? 王子に近づくなって。貴方みたいなのは王子にふさわしくないとかなんとか言って」
「えぇ、言っているわね」
「それが結局王子にばれて、婚約解消……」
「私、ギルベルトなんて大っ嫌い、何だけれど」
大嫌い、を強調して言うと、精霊は黙り込んでしまった。
というか、この精霊はいったい何を言いたいのだろうか? 断罪って何? 私悪いことをした記憶はないんだけれど。
「貴方が夢の中でそれを言うから、私は学校やめて家を出て静かに暮らそうって決めたんじゃないの。自分が不幸になると知りながら、なんで学校に通い続けると思うのよ。ばっかじゃないの?」
「いや……そう面と向かって馬鹿と言われるとかなり凹む……」
と言い、精霊は俯いてしまう。
私が学校やめて家を出ると決めた理由の一つは、この精霊から聞かされた内容にある。
私が死の淵をさまよっていた時、夢に出てきてこの精霊は私に告げた。
『このまま死なれたら困る。君の人生予定表では、王子の婚約者に指名されたもののいろいろあって断罪されて婚約なんてなかったことになって、別の女が王子と結婚するのだから。その為にも君に死なれては困るのだ』
「いや、なにそれ、なんで私が他人の結婚の為に不幸にならなくちゃいけないのよ」
そのまま私は高熱を出しつつ夢の中で精霊と押し問答を繰り返した。
そして目が覚めたら一週間以上過ぎていて、私は守護精霊が見えるようになっていた。
「でも予定では君が婚約者に指名されるし……」
などと拗ねた口調で精霊が言う。
私はギルベルトが本当に、心底嫌いだった。
女とみれば誰でも口説く。でも特定の誰かとは付き合わず、毎日違う女性と校内を歩き、お昼を一緒に取っている。
あんな軽い男のどこがいいのかわからないけれど、あいつがかっこいいとか言う女性はとっても多い。学校であいつに口説かれたことない女性は少ないんじゃないだろうか?
「ギルベルトには軽い女性がお似合いよ。真面目なニーナには似合わないわ」
そう、ニーナには合わないからギルベルトに近づかないよういろんな妨害をした。
ギルベルトが彼女に近づこうとすれば、私はギルベルトに話しかけて注意を反らした。ニーナが十都市国家芸術展で賞をとった時はあいつの代わりに私がお祝いの花束渡したっけ。
でもそれももうおしまいだ。
「いや、このままだと彼女が王子に目をかけてもらえなくなる……」
「知らないわよそんなこと。ギルベルトが彼女を指名すればいいだけじゃない。そろそろパーティーの招待状が送られる時期でしょう? 貴方が、彼の守護精霊に言ってニーナを指名するよう仕向けさせればいいだけじゃない。私が介入する必要がどこにあるのよ。
私はもう決めたのよ。退学届けは出したし、魔法道具作って売って、お金作ったし。魔法道具の取引先はいくつか確保できたし。あとは家を買って侍女を雇って」
「かなりまずい。このままだと予定が狂う……悪役が悪役やらなくてどうするんだ……」
今にも死にそうな声を出す精霊をとにかく無視して、私は荷造りを続けた。
と言っても大して荷物はないんだけれど。
服は最低限でいいし。
あとは買えばいいかな。
精霊を見ると頭を抱えて宙に浮いている。
精霊は原則人に姿を見せてはいけないらしい。
けれどあまりにも予定と違うことを守護している相手がしそうなときは軌道修正させるために姿を見せることがあるのだとか。
でも、それって逆効果じゃないだろうか?
だって、この精霊、私が断罪されるとか悪役令嬢とか意味の分からないことを言っているわけで。
それから想像できる未来は明るいものとは言えないわけだから、言うことなんて聞けるわけはない。
「おかしい……守護精霊の言うことは聞くのではなかったのか……」
「それってどういう意味よ」
と問いかけると、精霊は私を振り返り不満そうな表情で言った。
「いや、普通の人間は守護精霊の言うことを聞くんだよ。私たちの言葉には魔法の力が宿っていて、守護する相手を従わせる力があるから」
「何そのとんでもない力は」
「人生というものはすべてあらかじめ決められていて、そのように行動させなくちゃいけないのだ。なのに君と来たら……全然言うことを聞いてくれないし、予定にないことをやり始めるし。かなりまずい。どうしよう……私絶対怒られる……」
精霊は両手の人差し指をとんとんと合せながらうじうじと呟く。
「いったい誰に怒られるのよ」
「運命を司る女神たちに」
「あっそ。強く生きてね」
その後も守護精霊はあれやこれやと私に文句を言い、最終的には罵詈雑言を浴びせて来たけれど、私は無視し続けた。