10うっとうしいのが帰った
ギルベルトが帰った後、お茶を飲みながら私は彼が言っていたことを考えていた。
私が置かれている状況って何?
ルルツ公爵家の娘。
学校を中退して家を出た。
それだけじゃないの。
ギルベルトがいったいどういうつもりなのか全然分からない。
ただ一つ、明確なのは私があいつの事、大嫌い、ということだ。
私の肩に座る守護精霊のミルカがご機嫌なのが気に入らない。
予定通り、なんていう鼻歌まで歌っている。
「すればいいじゃん、結婚。そうすれば王女様だぞ?」
ミルカにそう話しかけられても私は何にも言い返せない。
だって、今この部屋にはリディアとフィル、エミールもいるから。
四人でお茶とお菓子をいただいている。
そんな状況で私がミルカに話しかけたらただの変な人である。
さすがにそう思われるのは嫌だ。
仕方ないので、私はちらりとミルカを見たあとミルカに何を伝えるかを考えた。
私が王女に憧れなど抱くわけないじゃないの。
そう強く思うと、ミルカは驚きの声を上げた。
ミルカには私が思ったことが筒抜けらしいので、口に出さなくても会話はできる。
「え? なんで! 女の子は皆王女に憧れるんじゃないのか?」
いったいどこの世界の女の子の話をしているのだろうか。
そんなの童話の世界だけだろう。
王女になっていいことなんてあるだろうか?
正直思い当たらない。
ひとりで外に出掛けることはできないし、常に人の目がある。
お金に不自由はないけれど、好きなものを何でも買える、というわけでもない。
王家の人間としてふさわしい行動をしなくてはいけない。
出された食事は全部食べなくてはいけないし、常に笑顔でいなくてはいけない。
いいことなんて思いつかないんだけれど。
というか、私、そう言う生活してきたし。
今、家を出て家事の大半はまだ面倒を見てもらっているけれど、着替えは自分でするし、リディアに掃除を教わって自分でするようになった。
暖炉の使い方やお湯の沸かし方も教わったし、お茶の淹れ方も教えてもらった。
初めてのことが多くて、私には刺激的な毎日だ。
家は家で楽だけれど、今の生活はそれなりに楽しい。
この生活を捨てて王家に行くとか、ない。
「それじゃあ予定通りに行かないじゃないか!」
そんな不満そうに言われても困る。
どうして予定通りに行動しなくちゃいけないのか理解できないし。
「王子がこんなところに来るなんて驚きました」
「パーティーへの招待、断ったからって普通は来ないと思うんですけどねー」
王子の誘いを断るような面倒な女にこだわる理由は正直わからない。
私がそれなりに美人だから?
私の魔力が強いから?
私よりかわいい子なんてたくさんいるし、魔力が強い子もいる……と思う。たぶん。
外見も魔力もそれなりなのは認めるけれど、だからと言って嫌がる相手をむりやり后に迎えようとする? しないよね。
もう、ほんと、訳が分かんない。
「ギルベルト殿下とアンドレイ殿下の間で後継者争いがあると言う噂がありますね。ギルベルト殿下がお身体が弱く、今でも臥せることがあるとかなんとか」
ギルベルトは健康面の不安があるから、後継者にはふさわしくない、ということか。
だからといって弟のアンドレイが王にむいているかと言ったら別問題だと思うけれど。
私が知る限り、彼は優しすぎるもの。
優しいだけでは王にはなれない。
「誰と結婚するかで後継者争いが有利になるものなの?」
私がエミールを見て問いかけると、彼は腕を組み、そうだなあ、と言った。
「人間、権威には弱いからなあ。ルルツ家の権威に勝る家はそうはないし。王家が何よりも魔力を重視するという話だから、魔力が強いお前を嫁に迎えられれば煩い臣下を黙らせるとかできるんじゃないか?」
「そういうの、遠慮したいわ」
「結婚しちゃえばいいじゃん、王女になれるんだし」
あぁ、もう、なんでエミールまでミルカと同じこと言うの?
私は勢いよくお茶の入ったカップを机に置いた。
「王家に嫁いでいいことなんて思いつかないんだけれど。なんでエミールまでそんなこと言うの?」
「までって、え?」
エミールが戸惑った様子で目を大きく開く。
あ、怒りのあまり思わず、エミールまで、って言ってしまった。
もう、ミルカが悪いんだから!
「なんで私のせいにするんだ」
と、怒った様子でミルカが言う。
とりあえず、人がいるときは大人しくしていてほしい。
じゃないと私、不審がられるから。
そう強く思うと、ミルカはパタパタと羽を羽ばたかせてどこかに消えてしまった。
なんなの、あの子。
「シュテフィは、王家に嫁ぎたいとか思わないわけ?」
エミールの問いかけに私はもちろん首を横に振る。
「思うわけないでしょう。そういうのは物語の中だけよ」
まあ学校にはギルベルトと結婚したいと思っている子は何人かいたようだけれど。
そう言う人が彼と結婚すればいい。何も嫌がる私を引っ張り出すことはないと思う。
「お前、結婚したいとか思わないわけ?」
からかう口調で言われると、余計に腹が立つ。
特に、エミールに言われると。
私はエミールを睨み、
「今はそんな事考えられるわけないじゃないの。それとも何? エミールは私にさっさと結婚してほしいわけ?」
すると、エミールは戸惑った様子で目を瞬かせた。
「え? いや、そう言うわけじゃ……いや、でも、お前が行き遅れになるのは嫌だし」
「行き遅れになんてなるわけないでしょう?」
「その性格で結婚できるのかよ!」
「余計なお世話よそんなの!」
私たちが言い合いを始めると、フィルがリディアに尋ねているのが聞こえた。
「シュテフィ、エミール、仲悪い?」
「違いますよ、フィル。あれは仲がいいと言うんです」
「……けんか、してるよ?」
「仲がいいから喧嘩するんですよ」
「仲良くないから!」
私とエミール、同時に言いながらリディアを見ると、彼女はにっこりと笑いフィルを見た。
「ほらね?」
フィルは納得できない様子で首をかしげ、
「わかんない」
と呟いた。




