指定席~忘れていた僕の罪~
薄暗いオレンジ色の光の中で僕は目が覚めた。
僕は、いつの間にか列車の中にいた。
周りには、眠っている青白い顔の人がいた。
老人がいた。
皆一様に券を握りしめている。
それは僕も例外ではない。
いつの間に列車に乗ったのだろう。
とても愉快な気分だった気がする。
だが、いつ、どうして列車に乗ったのかは覚えていない。
考えていても思い出せないなら仕方が無い。そう思い、周りを見渡すとあることに気がついた。そう、周りの人達皆が暗い顔をしているのだ。泣いている人もいた。
赤ん坊を抱きしめて「ごめんね、ごめんね」と呟いている若い女や、数珠を持ってしきりに祈っている老人もいる。
なんだか不気味で背筋に冷たいものが走った。
その時、30代くらいの男が何か叫び立ち上がった。ドアはあった。だが、開かないのか男は何度も何度もガチャガチャと音を立ててボタンを押した。「納得できない」とか「何で俺がこんな目に遭うんだ」など叫びながら、窓を割ろうとした。
なにかの気配を感じ、ゾクッとして振り返ると、能面の様な顔の人が
二人やって来て、平坦な声で言った。
「ほかのお客様の迷惑になりますので、そのような行動はお控えください。」
「おい!ふざけんな!ココから出せよ!」
殴り掛かる、男。
見たくないのに、目が離せなかった。
次の瞬間、僕は目を疑った。
能面Aが、男の首を掴んで持ち上げたのだ。
そのままの状態でズルズル引きずって出てきた方向に戻って行った。
ここは、普通じゃない。どこなんだ?
「ここは、何なんですか?普通じゃない!」
隣の老人にきいてみた。
「お前さん、まだ気付かないのかい?あぁ、気付かない方がいいかもしれないね。その券を見る限りシテイセキに乗る人だろう。ここはね、シテイセキとでも言っておこうか。じきに記憶も戻ってくるだろうし、きっと分かるよ。お前の罪の重さも、思い出さない方がいいこともね。」
そう言ってニヤリと笑った。恐ろしい笑顔で。
狂ってる。そう判断した僕は、通路の反対側にいる若い女にきいてみた。
「あの、すみません。シテイセキって、どういう事ですか?」
「まだ記憶の戻ってきていないあんたに、あたしの気持ちは分からないだろうよ。愛しい娘ともう会えない、成長を見ることも出来ない。分からないだろう。お前のような人にシテイセキが何かなんて、教えてやるもんか!あんたのせいで、あたしの人生はめちゃくちゃだ!」
その女は、泣いていた。泣きながら、怒っていた。シテイセキが何かなんて、僕には検討もつかない。
「あ、娘さんを、亡くされたんですね?ご愁傷さまです。」
「黙れ、人殺し!見当違いも甚だしい。まだ、思い出せないのか?お前の罪は……ムゴッ…モガ…」女は、能面Bに口を塞がれた。
「早川桃香さん。あなた、口が過ぎます。自分で気付かなくてはシテイセキの意味が無いでしょう?もし言ってしまえば、貴方には消滅が与えられます。」抑揚のない声で淡々と喋る能面Bは、恐ろしかった。
女は、いや、早川は口を塞がれたまま、ガタガタと震えていた。
「絶対、言ってはいけませんよ?もし、言ってしまったらシテイ…いえ、先程の男のようになりますから」と脅し、早川がコクコクと頷いてやっと手を離した。その瞬間彼女は、気を失った。
なんなんだ、一体。僕が人殺し?一体なんなんだよ。
その時、列車内でアナウンスが流れた。
「本日のシテイセキが全て埋まりましたら、当駅を出発致しますので、しばらくお待ちください。なお、逃げ出そうなどとお考えになりませんように。」
普通じゃない普通じゃない普通じゃない…
怖い怖い怖い怖い怖い怖い
普通の列車は逃げ出すななんて言わないだろう。逃げようとすれば捕まる。
あの男みたいにはなりたくない。
あ、列車なら、券に行き先が書いてあるかもしれない。何故考えつかなかったんだろう。
…死テイ席…
どういうことだ?指定席じゃない?
死テイ席?漢字を間違えただけとは思えない。
さっきから震えが止まらない。逃げ出すことも出来ず、何故ここにいるのかも分からなくて一体何ができようか。
死テイ席 イナミネアオバ ロクガツ……ニチ ジ……行 8号車Bノ4席 コード37564…裏面には鬼のマークが描いてある
分からない、意味も、何も書いてない。
僕は考えているのに夢中で、能面(先程とは違う)が新たな人を連れてきたのに気づかなかった。
ふと、顔を上げると埋まっていなかった前の席にはいつの間にか髪の長い女がいた。
先程の早川が、女に向かって、「マイカ?マイカ!」と何度も叫びながら揺さぶっていた。
知り合いなのか。
話を聞くうちに桃香とマイカは姉妹で、マイカにもここに来るまでの記憶が無いらしいことが分かった。
「ごめんね、マイカ。あたし達が、お見合いなんて勧めなければ」
「お姉ちゃん?私、どうしてここにいるの?」
「落ち着いて聞いてね。マイカは、被害者よ。アイツに…………されたの。」二人とも泣いていた。
「嘘、嘘よ…解放するって言ってたのに、スバル君、スバル君は?」
「いないわ。今は。」
聞き耳を立てていると、能面がやって来て言った。
「まだ、思い出せないのですか?おかしいですねぇ、そろそろ、思い出すはずなのに。」
能面は、クックックと不気味な笑い声をあげて注射器を持ってきた。
「これで、思い出させて差し上げます。」
「やめろ!」
今まで冷静に座り続けていた僕も、逃げ出そうとした。能面は、凄く強い力で僕を押さえて注器を刺した。
薄れゆく意識の中で能面が笑うのが見えた気がした。
早川 麻衣華
彼女の名前だ。
何故忘れていたのだろう。あぁ、そうだ。思い出した。実家暮らしの彼女の家に行ったら、沢山車が止まっていて、雨だから早く会って帰ろうと思っていたんだ。
急に来たらびっくりするかな、とか思いながら。一ヶ月も会っていなくて、寂しかったって言ってくれるかな、はやく逢いたかったって言って欲しい。
なのに。僕は信じていたのに。
麻衣華は、隠れて見ている僕に気付かず、他の男に愛してるなんて言っていた。左手の薬指には、指輪もはめてあった。なんてことだ。
僕は、今まで一体何をしてきたんだ?
家の前にいた人達が皆中に入った後、僕は彼女の携帯にメッセージを送った「僕の事、どう思ってる?」と。
返信が来た。「急にどうしたの?三年も付き合ってるんだから分かるでしょ。大好きだよ」
そうか、僕は騙されていたんだな。僕との付き合いは五年だ。三年も僕に隠れて付き合うなんて一体誰だ?
許さない。許さない許さない許さない
僕は復讐をすることにした。
若い男に目移りした麻衣華。僕の気持ちを知りながら嘘をついた麻衣華…
麻衣華を殺して僕の物にする。
黒いコートを着て車にナイフとガムテープ、紐と鞭、ノコギリ、黒いゴミ袋、それに催眠ガスを積んで、麻衣華の家に行った。
まず、チャイムを鳴らす。
麻衣華が出てきた。その瞬間、薬を染み込ませたハンカチで気を失わせた。
中に入り、麻衣華の母親、父親、姉の桃香、順番に気を失わせ、猿ぐつわをした。その工程は重要ではないので省く。
桃香の夫と娘はいないのか?
もし潜んでいたら厄介だなと以外と冷静な判断をしている僕がいた。
まずは、母親の胸をナイフで、何度も何度も突き刺した。ズブッ、ぐちゅ、という音と共にどろりとした液体が零れてきた。下まで切り裂き、名前の知らぬ臓器をゴム手袋をした手で握りつぶした。ノコギリで手足を切り離す。ゴミ袋に入れた。もはや原型のなくなった臓器も取り出してゴミ袋に入れる。
次は麻衣華の父親の番だ。
まず、手を切り離そうとした。目を見開いて痛みに呻いていたが、手足をしばりつけた上に猿ぐつわをしているので
助けを呼べない。ああ愉快だ。いつも僕の事を見下している人の上に立つのはとてつもない快感だ。手から切り刻もうと考えていたが、気が変わった。こいつはいいや。
首切って捨てよう。
せっかくノコギリを持ってきたのだし、使わないのはもったいない。
ナイフで頸動脈を斬り、死んだのを確認してから死体の一部をこの家にあったタッパーに入れた。
時に、人は飢えて極限状態になると目の前に差し出された腐ったネズミの肉でも食べると聞く。
僕を裏切った麻衣華で試してみたい。麻衣華は、父親の肉でも食べるのかな?
薬で眠らせた桃香と麻衣華を車の荷台に積んで自宅へ帰った。
今考えてみても、誰にも見つからなかったのは奇跡だと思う。
麻衣華を奥の和室に、桃香をリビングに置いた。僕の家は防音だ。多少暴れたぐらいじゃ響かないようになっている。
姉が置いていったリッパーで桃香の目を潰した。痛みで目が覚めたようだ。
声は出せないようにしてある。スバルと麻衣華を引き合わせたのは、こいつ。
こいつさえいなければ麻衣華が僕から離れていくことはなかった。
綺麗な顔に少しずつ傷をつけていく。
その時、カタンっと音がした。
麻衣華が起きたのか。なら、こいつはもういいや。
首を絞めて、殺した。少しの抵抗はあったが呆気ない最期だった。
最後は麻衣華。僕の愛する人。
僕を裏切った憎くて愛しい麻衣華。
「麻衣華。起きた?」
言いながら猿ぐつわを外す
「アオバ?どういうこと?ここ、どこ?」
麻衣華は軽くパニックになっていた
「ああもううるさいなぁ。僕を裏切った麻衣華が悪いんだからね?出会ってから四年間、色々あったよね。高校生の時とか、イタズラばっかりして授業中寝てる先生の写真撮ったり、クラスメイトに授業中メール送ったり。電源切ってなくて見つかったあの時はほんとにびっくりしたよね。色々驚いてきたから麻衣華は、拉致されたくらいじゃ驚かないの?」
「拉致された?アオバに?えぇ、嘘でしょ」
麻衣華は僕の事を全く分かってない。
やっと手足が縛られているのに気づいたようだ。自分の置かれた状況に気が付いた瞬間
「助けてー」
なんて叫ぶから笑ってしまう。ここは防音だよ。と、伝えても叫び続ける。
こんなに馬鹿だったのかと少し失望した。
もう夜の11時になったので寝ることにした。
麻衣華の前にストローの入れてあるコップに入った水を置いて
「おやすみ、麻衣華」
そう言って部屋を出た。邪魔な桃香の死体は2階のベッドに持って行った。僕の体力は普通の男の平均より下だからか意識のない人間は、凄く重かった。
これが監禁一日目の出来事
翌朝目覚めるとすぐに和室に向かった。
麻衣華は起きていた。
僕は「おはよう」と言い、冷蔵庫から持ってきた新しい水をコップに注いだ。
水を口に近づけると口を閉じて顔を背けようとしたので「飲まないの?ほら」と、また水を近づける。まあ、怪しいよな。
水を飲ませるのを諦めて部屋を出た。
食事を取りながら、麻衣華は何も食べていないことに気が付いた。
ちょうど例の人肉があるし何か作ってあげようか、などと考えた。
まあ、きっと食べてはくれないだろうけど。
昼、人肉で唐揚げを作り、麻衣華の所に持って行った。何も混ぜていない証拠に僕が一つつまんで食べた。
「何が、望みなの?」
「麻衣華を僕のものにしたい。スバルってヤツに、奪われたくないんだよ。」
「私達、友達でしょ。なんでこんなことするの?」
ブチッと僕の中で何かが切れた。堪えろ堪えろ、僕。
「違う。それ以上の関係だった。少なくとも僕はそう思ってた。」
ガッカリしながらも今度は市販のパンを持ってきた。目の前で袋を開けると目に警戒の色を滲ませながら
「一口食べて。」と言った。僕がちぎって食べると安心したのか口元に持っていくと僕を睨みつつも食べてくれた。
僕は麻衣華には甘いな、と感じていた。
麻衣華は開封されていないだけで信用したのだ。袋の隙間から液体の睡眠薬を入れてあるとも知らずに。
「麻衣華、警戒心無さすぎだよ。」と呟いて
僕は準備のために部屋から出た。
夜七時頃
まだ眠っている麻衣華を壁に固定された椅子に縛り付けた。最後の晩餐は麻衣華の好きなオムライス、昼の残りの人肉の唐揚げ、きゅうりとわかめの酢の物、ジャガイモの芽と緑の皮入りのスープ。
僕達には時間が無い。ソラニンで死ねるのかは僕にはわからないけど、苦しいだろう。死ねないかもしれないから念の為植物毒と人工毒をいくつか入れていた。一緒に死のう、麻衣華。
僕には麻衣華しかいないから。
神様、僕の穢れた心は、生まれ変わったら清い心になるのでしょうか。
麻衣華が、起きた。
「ご飯食べてくれたら、解放、してあげる。ごめんね麻衣華。大好きだった。好きだから、自分のものにしたかったけど、僕が間違ってた。本当にごめんね」
「これ、アオバが作ったの?すごーい。」
久しぶりにぎこちないながらも麻衣華の笑顔を見ることが出来て、嬉しかった。
「監禁は怖かったけど、別にそんなに痛めつけられたわけじゃないし、アオバは友達だから許してあげる。」
能天気だ。自分が死ぬとも知らずに。いや、逃げる為の計算か?
僕は笑いを堪えるのに必死だった。僕は死ぬのは怖くない。だって麻衣華と一緒だから。
「口、開けて。僕が食べさせる。」
「縛らなくても、私逃げないよ。」
文句は言っても口は開けてくれたので食べさせた。毒は遅効性だから多分大丈夫なはず。
「美味しいよ。アオバって、私の好物作るの上手だよね。」
「ありがとう。」
手の縄を解く。
「自分で食べてくれたら嬉しい。言っとくけど、逃げられないよ。」
嘘だ。何も仕掛けていないから簡単に逃げられる。でも、逃げずに全種類食べてくれた。
麻衣華が逃げても天の意思だと思った僕は使用量を超えた睡眠薬も飲んだので、すぐに意識が途切れるだろう。
誰かが僕を呼んだ気がした。
その後、僕は麻衣華が呼んだ救急車で運ばれて死亡が確認されたらしい。麻衣華は、病院で倒れて、すぐに処置がされたが生死の境目をさまよった末に死んだそうだ。
シテイセキは、死弟席と書くらしい。ある国の皇帝が悪い事ばかりしていた弟が死んだ時、地獄行きの席を魔術師に造らせたのが始まりで、死後の世界行きの列車にある死弟席は、生前悪い事をした人で、反省していない人だけが乗る席なのだ。僕は地獄に、麻衣華は死後の星に行く。恐らくは、もう会えないだろう。
「出発まで、地球時間で残り十分です。死弟席の方は、十分後に意識を消しますので、お席に着いてお待ちください。」と、アナウンスが流れた。
「私、アオバの事は大好きだけど付き合ってると思ったこと一度もなかった。」
僕の、勘違いだったのか。
麻衣華は、僕を理解してくれてると思ってたのに。
「じゃあ、デートしたのも、手を繋いだのも何だったの?好きだって、言ってくれたじゃん」
何故なんだよ、麻衣華。
「私は、友達だと思ってたよ。友達だから手を繋いだり一緒に遊びに行ったりしたんだよ?友達として、大好きだった。」
「麻衣華?嘘だろ?僕のこと、理解してなかったの?僕が、麻衣華の事を恋愛対象として見ているって」
ショックが大きすぎて頭が追いつかない。
「そういう人がいるのは知ってたよ。でも、まさか本当にそうだとは思えなかった。私は普通の男しか恋愛対象として見てないの。私が付き合ってたのはスバル君だけだったの。誤解させてごめんね。」
「嘘だろ。頼むから、嘘だと言ってくれ」
僕は懇願した
「嘘だって言うのは簡単だけど、それで納得するの?あなたも、記憶戻ってきたでしょ。私を殺したくせにまだ分からないのね。いい加減認めたら?私は男が好きなの。女は恋愛対象外よ。アオバ」
「どういうこと?」
「自分で気付きなさい」
確かに違和感はあった。
男になりたい訳でもない。中身が男な訳でもなかったはず。
ただ、何か大切な事を忘れていたんだ。思い出せそうで、思い出せないこと。
「大変お待たせいたしました。まもなく、出発致します。」アナウンスの後に列車が揺れた。
ついに出発。目の前が暗くなる。意識を失わせるのか。
その刹那、ずっと忘れていた事を思い出した。
稲嶺 青葉 享年二十一歳 性別 女
僕は、女だと言うことを。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。