サーフェイス就活
「夜間専門便利屋。朝十時から夕方七時までは電話に出られません。また、第一、第二、第三火曜日と毎週水曜日は定休です。」
煙草と薬草の匂いがたちこめる7階建ての雑居ビル。30代くらいの背の高い女は七階まで、急いでしかし落ち着きをなくすことなくドンキで買った1980円の黒のパンプスで駆け上ると、黒板色のドアの前で黄ばんだプラ板に書かれた黒文字を機械的に朗読した。
ビル内は、階段を上る過程から今ドアの前に来るまで、ひとつの窓もなかった。これでは趣味の光合成が出来ないと焦った女はスマホを出して時間を確認した。24時間表示で2:33。女は数字が嫌いだったのでそそくさとスマホをジャケットの裏ポケットに投げるように戻しこんだ。
この人間は今バッグやポーチなどをもっていない。なぜなら二カ月前、極右団体に共産党機関紙の入った手提げ鞄をひったくられて以来それらの類を信用できなくなったからだ。
いまはOLの恰好をしているだけだが、左手に奇妙な物体が掴まれていた。鈍い銀色の眼鏡。血が付いていた。血は赤というよりオレンジ色に近い。レンズ上に付いているので光を透過しているせいもあるのか。朱色が一番近い。
女は「Fantastique Labo」という文字の刻まれた黒板色のドアを開けるなり中にいた男性に軽く自己紹介した。
「千葉県在住の研究職ですが、趣味としてアニメ・ラノベの二次創作を始めました。特に『須川モトコシリーズ』のヒロインのひとりで、無口な読書少女、その正体は銀河の彼方から来た火星人製のレプリカント、池元セツが、その数奇な運命と切ない恋をうたいあげるという設定で書き続けています。彼女は自分でも詩作しては歌うので、それにふさわしい曲が実際にできないものかと、ここに来ました。」
「はあ?」
これが、私が家族を捨て蒸発する原因となったミャンマー人とのファースト・コンタクトであった。