太陽を盗んだ男
世の中が僕にとって理不尽だったあの夏、僕は太陽を盗もうと思った。
あけぼの家を出て所有者の名も知れぬ原付バイクで走り出した。
西へ向かう高速道路に乗ろうとした僕は、すんでのところで気づいたのだ。
「あや、けさがたはなにゆえ山吹色のくるまばかりはしりぬるかは」
異様な暖色の海に僕の親父が浮いていた。いや、浮くというより車の上を舞っていた親父はまさに飛魚と呼べた。
僕はその父の姿を横目に見ながら上がるはずもない料金所のバーをけり倒し、東京方面の車線に法定速度でライドオン。
だが正面から三輪スクーターが法定超過速度でカットイン。
すると親父が左レーンから「ちょっといい?」と滑空しスクーターに接近。
運転手は避けようとしたが間に合わずクラッシュ、ここに二台と一人が絡む事故現場が成り立った。
朦朧とする意識の中で、一瞬見えた三輪スクーターの運転手の顔が僕の記憶を刺激した。
あれは、セミの声が僕の耳をつんざく夏の昼下がりだった。近くの大学病院に来ていた僕は受付にこう告げた。
「耳が劈かれてしまったのですが」
怪訝そうな表情を浮かべたその女性は、どこか僕のおふくろに似ていた。
というか、おふくろだった。いや、おふくろ「だった」というべきか。
この人はもう僕の母ではない。この人は僕の母であるより女であることを選んだのだから。
「たかし・・・」
「僕はツヨシですよ、おばさん」
「たかし・・・」
話にならないな、そう判断した僕は問診票に「剛史」と書いて受付に持って行った。
この女性は僕ら家族を捨ててミャンマー人と蒸発したものの、男に逃げられパラノイアとなってこの街に戻ってきたのだ。