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異世界転生はもうつまらない  作者: 水中昌&槙宮みあ
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7話 『殺人会議』

 会社に戻るなり篤はアナウンスで呼び出され、課長に大きな封筒を渡された。何も記載されていないまっさらな封筒だが、中身が何なのか、務めて八年になる篤には分かっていた。次の標的が決まったのだ。


「今度は随分と早いですね」


 課長――芭墨(はすみ)蓮次郎(れんじろう)は苦笑を浮かべる。


「昨日の今日だもんな。すまないとは思うが、これも仕事だ。最近はどうも慌ただしくていかん。お前もわかってるだろう」

「ええ、近頃はペースが上がる一方です」

 ここ半年近くはやけに注文の数が多い。仕事だからしょうがない。が、それでも綿密な計画を練り、細心の注意を払って行う仕事だ。連続で、碌に休みも取らずに続けていたら、ちっぽけなミスをする可能性も増えてくる。それが篤と蓮見の共通の懸念だった。

「本部や上に掛け合って比較的簡単なのを回してもらっているつもりだが、今回は零課が動くようでな。そっちに人を奪われた。心苦しいが、お前にはいつも通りの働きを期待してる。一時間後には会議だ。それまで書類に目を通しておけ」


 運搬課の「部屋」にある、自分の作業用デスクに戻った篤は、例の封筒から書類を出した。纏まった二十枚の用紙が入っていた。そこには標的の個人情報――性別、年齢、容姿、職業、趣味趣向はもちろんのこと、保険番号、出生からの生い立ちや通販サイトの購入履歴、図書館での貸し出しの履歴まで載っていた。それはまるで標的の人間をコンピューターに取り込んで、文章化したような感覚に近かった。

 今回の標的の名は黒江(くろえ)(しずく)。性別は女性。都内の大学に通う三年生で、二十一歳。容姿を確認するために、身分証、友人と昼食をとる様子など、あらゆる角度から撮った写真が載っていた。

綺麗だな、と篤は口を動かした。事実、黒江雫は綺麗だった。子供と大人の二面を持ち合わせているようで、朗らかに笑う写真もあれば、不敵な微笑を浮かべているものもあった。肩ほどまで伸びた髪、大きな瞳、胸元のらせん状のペンダントがどの写真にも共通していた。

 だが反対に、篤は「綺麗」以上の感想を持つことができなかった。感情移入は、失敗に直結する。だから篤たちは目標の過去や生活に無関心を貫く。外見がどんなに美しかろうが、醜くかろうが関係ない。必要な情報さえあればいい。等しく殺し、魂を回収するだけ。

 篤は会議までの一時間でターゲットの書類を三度読み返した。空いた時間で、今晩のレストランを検索し始めた。


 会議室はロッカーエレベーターの左右に二つずつ、計四つの会議室が横並びに設置されている。篤たちの作戦会議は運搬課から二番目に近い、第二会議室で行われた。

 部屋には長方形のテーブルが、壁にプロジェクターのスクリーンがかけられている。テーブルには零課以外、全課の人間が座っていた。総員十七名。会議はスクリーンに映し出されていく情報と、それぞれが手元に持った資料を元に進められる。


「定刻になりました。では、これより会議を始めます」企画課の女性が進行役だった。「今回の標的は黒江雫、年齢は二十一歳。都内の大学に通う大学生です」


 スクリーンに黒江雫の顔と私生活の写真が映る。


「情報課によると標的は大学近くのアパートに一人暮らし。行動スケジュールのパターンはここ半年の平均です」


 画像が切り替わり、週七日の標的の行動パターンがグラフで映された。大学三年生ということもあり、講義の数は日に二コマから三コマ。それも一時間目から三時間目の間に揃えられたコマ割り。書店でアルバイトをしており、頻度は週三日ほど。火曜日の夕方から夜、そして土日。それ以外の時間は自宅かカフェで読書、たまに映画館に行ったりといった行動パターンだ。学生とはいえ珍しい、規則的なスケジュールだった。そして規則的であることは標的として理想だ。だがさらに、黒江雫が好都合だったのは深夜の行動にも理由がある。篤はそこに目をつけており、進行役もそこについて触れた。


「我々が着目したのは標的の深夜帯における行動です。彼女はここ最近、平均して夜十一時から深夜一時まで隣町に散歩に行くという行動をとっています。意図は、不明。つい昨日も同様の行動に出たのですが、途中で計器不良の為、調査を打ち切ったと情報課から報告を受けています」


 スクリーンに黒江雫が深夜徘徊している写真とその道筋が映し出された。企画課は散歩といったが、散歩のルートにしては路地裏といった、妙に人通りの少ない道を選んでいる。情報部の調査ではその行動の動機まではわからなかった。だが殺しやすいことに変わりはない。まさに理想中の理想だと、顔を合わせている面々も終始余裕の表情だった。


「企画部はターゲットのこの行動を主軸に、作戦立案を行いたいと考えます。いかがでしょうか」意義を唱える課は一つもなかった。「ではそれを主軸に今回のプランを練っていきたいと思います。まず魔術課ですが、今回はどの程度の規模まで可能ですか」


 企画課がプランの軸を決めるとまず最初に参考にするのが魔術課だった。


「うーん、あまり大きな支援は期待しないでほしい。皆さん知っての通り、零課のアシストに大部分取られちゃってるから、結界貼ったり町の住民全員を縛ったりみたいな大規模なのは無理だね。ただ、式神なら大丈夫」


「式神が使えるだけで十分だ。そこで提案なんだが」篤は言った。今回の計画では篤が運搬課のリーダーであった。企画課がどうぞ、と言った。「資料の十八頁にあるんだが、標的の、の高校時代の自殺した友人、こいつを利用できると思うんだ」


 彼の言葉に全員が言及されたページを一斉に開いた。


「情報課としては、効果は大きいと判断します。同級生の死の以前以後を比較すると、読書の傾向に大きな変化が起きていますから。影響は相当あったのでしょう」


「なら式神を使い、人気のない路地裏に誘い出す。そして背後から、っていうのはどうだ」


 篤の発言に、進行役が訊ねた。


「具体的な殺害方法は」


「ナイフで十分だろう。それが一番手っ取り早いし、痕跡も残りにくい。清掃課もそのほうがいいんじゃないか」


「手間が省けるなら大歓迎ですとも」


「よし、なら誘導については式神を使おう。誘導先は我々運搬課と情報課で場所を絞るとして……必要な道具は、人員を乗せるトレーラーを一台。あとは医療課と清掃課用の車両二台」


「了解、用意しておこう」


「整備は任せてくれ」


「企画課がタイムスケジュールを組ませていただきます。事務課と交渉課は残ってください。監査課からは何かありますか」


「当日はちゃんと垂れ幕をみるように、とだけ」


「だそうです。計画書ができ次第、後日会議を開き最終打ち合わせとなります。以上、解散」


 三日後、黒江雫の魂回収作戦の計画書が完成した。ゴーサインが出ると、篤含め各々がシミュレーションを重ね、頭と体に計画と叩き込んだ。


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