涼恋変化(りょうれんへんげ)
ゴクリ、とその喉仏が動いて、手に持った結露したペットボトルから水滴がつたう。つつ。つーっと口元をたどり喉から胸へ流れていく。
ひどくセクシーだ。私は、自身のペットボトルを持ったまま、それをぼーっと見ていた。
「相川?」
ハッとする。
「どうした?飲まないのか?」
「いえ。いただきます」
猛暑の中、先輩が奢ってくれた貴重なジュース。私の手は、ペットボトルを握りしめていたおかげで、ひんやりとしている。
コクリ。
うん。まだ冷たい。
「暑くて嫌になるよな」
「そうですね」
もう。夏休みだ。高校も半日で終わり、一番暑い時間帯に駅までの道を歩いている。
「ちょっと寄り道しようか」
「え?この暑い中ですか?」
「いや、こんなくそ暑いからだって。ほら行くぞ」
にやっと笑った先輩に引っ張ってかれる。
たどり着いたのは
「神社?」
境内に入ると、2、3度温度が下がった気がする。周りを囲む木々が風にざわめく。そこは、都会の中にありながら、自然の恩恵を受けていた。太陽の光は木に遮られ、涼やかな風が、汗をかいた肌に心地いい。
手水を使うと、指先がしびれるくらいキンキンに冷えていた。
「めちゃくちゃ冷たいです」
「だろ?ここ湧き水だ」
口も清めると全身の汚れと暑さが吹き飛ぶようだった。
「なんか良いですね。こうゆうの」
「だろ?」
家に帰ればクーラーがある。でもなんだろう、空間が、空気が、雰囲気が冷たいっていうのってなかなかない。
「ひんやりしてると厳かに見えますね。あ、普段がダメとか悪い意味じゃないですよ?」
「ここが神の領域ってか?確かになんかわかる気がする。一歩入ると空気違うもんなぁ」
おお。わかってくれた。私はなんだか嬉しくなる。
カランカランと鈴を鳴らし、小銭を投げると澄んだ音があたりに響いた。
二人して手を合わせ、目を閉じて祈る。
しばらくして帰ろうかと頷きあう。
「今度風鈴でも買いに行くか?」
「いいですね」
なんか目覚めた気がする。自然の涼ブームってわけじゃないけど。
「なあ、お前、付き合ってくれんの?」
「買い物ですか?いいですよ」
これでも絶賛片思い中の乙女なのだ。嫌というはずもない。
「ついでに肝試しもやる?」
「それは勘弁」
軽口を叩きながら帰る。
暑いけど、いや暑いから出来た経験だ。
「夏も悪くないかも」
私が呟くと、先輩は笑った。
「じゃあ、第2回納涼ツアーでも企画するか」
「参加してくれるだろ?」
「もちろんです。メンバーは?」
先輩はちょっとだけ目を泳がせてそれから言った。
「メンバーはお前と俺。二人だ。ダメか?」
「いえ」
こう言われるとなんだか恥ずかしくなって来る。
「ダメじゃありません」
__むしろ大歓迎です。とはさすがに言えなかったけど。
伝わっちゃったかな。伝わっちゃったかもしれない。
「先輩。もう一回ジュース買いましょう。私、奢りますから」
私は適当にガコンガコンとふたつ取り出してひとつ渡す。
なんだか火照って来た頰に押し当てた。先輩も同じことしてる。
あー冷たい。
「夏も悪くないですね」
「ああ。そうだな」