優しい侍女
あれからすぐにミームは意識を失い、わたしの目の前で倒れてしまった。
慌てて他の使用人を呼びに行き、使用人部屋のベッドまで彼女を運んでもらい、今はお医者様の診察を受けている。
わたしは一人自室に戻り、先ほどの事を思い出しながらベッドにうつ伏せに突っ伏していた。
本当にミームはどうしたというの?
今日はわたしの9歳の誕生日で、午後からはこの日の為にと美しく整えられた屋敷の庭園で誕生日パーティーが開かれる。
お父様が今回の誕生日は王子様をお呼びする事が出来たから、粗相のないようにと言っていて、わたしも同じ年だという王子様はどんな方なのかとか、素敵な方だったらいいなとか、今日を心待ちにしていたのだけど……
アホ令嬢って……前世は男だったとか……
よく知っているはずの侍女の狂言に、誕生日パーティーとか王子様とかどうでもよくなっていた。
ミームは……いつものミームはわたしがどんなワガママを言っても何とか叶えようとする従順な使用人だったし、常日頃から「お嬢様の幸せが私の幸せなのですわ」とも言っていた。
今朝だって「9歳のお誕生日おめでとうございます。お嬢様は本当に美しく成長なされて……きっと誰もがお嬢様の美しさに心奪われてしまいますわ」とか目に涙を浮かべながら言っていたし……今までの全てが演技だったとはどうしても思えない。
わたしは……夢でも見ていたのかしら?
唸りながら考えていると、コンコン、と自室の扉をノックする音が聞こえ、ハッとしてベッドから顔を上げる。
「お嬢様、マーシャです。あの、そろそろお召し物の準備をなさらないと……」
マーシャ……確か最近入った侍女だ。
「ミームは?」
「え……ええっとその……私、侍従長にミームの代わりにお嬢様のお召し物を手伝うようにと言われまして……」
おびえたような、おどおどしたような、頼りない声が扉越しに聞こえて来て思わずため息が出てしまう。
わたしの機嫌を損ね、万が一それがお父様の耳に入るとクビになるからだ。
「……パーティーなんか出たくない」
「お、お嬢様、今日は王族の方もいらっしゃいますのに。主役のお嬢様が出席なさらないなんて……」
「出ないって言ってるでしょ!! 何度も言わせないで!!」
そう叫んで、わたしは再びベッドに突っ伏し布団を頭から被った。
それからしばらくして――
「お嬢様……お嬢様……」
優しく肩を揺らされ、わたしを呼ぶ声に徐々に意識がはっきりとしてきて今まで眠りに落ちていたのだと気づく。
「……ミーム?」
瞼を開けると、ミームが心配そうな面持ちでわたしを見下ろしていた。
「お加減はいかがですか? どこか痛いところは……」
「わたし、眠っていたの……?」
ぼんやりとした頭で、目元を擦りながら身体を起こす。
「はい、ほんの一時間程ですが。皆様お嬢様をお待ちですわ」
「だけどわたしパーティーには……」
そこで言葉を切る。そういえば……
ミームの様子がいつも通りだったから、ついそのまま会話を続けていたけど……どういうつもりなのだろう。
ミームの顔をマジマジと見る。しかし彼女は気にした様子もなく、にこにこと穏やかな笑顔を向けてくる。
何故だろう……その笑顔を見てゾクリと背中に冷たいものが走る。
「パーティーは欠席なさいますか? それでしたら、旦那様にはお嬢様のお加減が優れないとお伝えしますが……」
「い、いいえ。皆様をお待たせしているのよね! すぐに支度を手伝って!」
ベッドから飛び降りるように出ると、いつものようにミームに言いつける。
背後から「かしこまりました」と穏やかな声が聞こえてきて、それだけの事なのに何だかとてもホッとしてしまう。
ミームはいつもと変わらない……わよね?
ミームに支度を手伝ってもらっている間、何度もさっきの事を聞こうと口を開きかけたけど、どうしても言葉が出てこなかった。
あの時の事を一言でも彼女に問いかけてしまえば、この優しい侍女に二度と会えなくなるのではないか――
そんな予感が秘かにしていたからかもしれない。