令嬢と(自称)転生者
今日は最高の一日になるはずだった。
「お嬢様。私は今日限り、貴女の側仕えを辞めさせていただきます」
そう言って頭を下げてきたのは、わたしの世話係である侍女のミームだ。
呆気にとられるわたしを尻目に、部屋を出て行こうとするミーム。その足元はふらついている。
「えっ? えっ? ちょっと待ってよミーム……」
思わず引き留めるように袖を掴むと、ミームはわたしの腕をゆるく振り払う。彼女の顔面は蒼白だ。立つのもやっとなのか壁に手をつきわたしに背を向けて俯いた。
「止めないでください。破滅が……フラグが……まだ……まだ間に合うはず……」
「ミーム? どうしたの? 大丈夫?」
彼女はわたしの問いには答えず、両手と額を壁に押しつけた状態で立ち尽くし、何事かブツブツ言っている。小さくか細い声で、よく聞き取れない。
「ね、ねえ……とりあえずお父様を呼んでくるから」
そう声をかけ、部屋を出て行こうとすると……
「なんで……なんでこんな……クソみたいな設定の世界に……しかもアホ令嬢のお付きとか……」
ピタリと足を止める。
今、アホ令嬢とか聞こえてきたのだけど。
ツカツカと足音を立てて壁際で俯くミームの傍まで行き、その顔を見上げる。
「ミーム。今、何と言ったの?」
ミームは壁から顔を上げ、虚ろな目でわたしを見下ろし――
「アホ令嬢と、言いました」
そう、はっきりとした声で言い放った。
「な……!? あなた、誰に向かって言っているの!! 無礼者!!」
信じられない暴言にミームに詰め寄るも、彼女はひるんだ様子もない。わたしの様子を馬鹿にしたように口角を軽く上げ、薄く笑う。
「はっ……レミリア様は腐っても公爵令嬢様だしな。頭を垂れて靴でも舐めればいいのか?」
まるで別人が乗り移ったかのような粗暴な口調のミームに目を丸くする。
「ミ、ミーム……どうしたのよ。いつもの貴女らしくないわよ……」
震える声で問いかけるも、ミームは答えずわたしから顔を逸らしてしまう。そういえばさっきから随分と具合が悪そうだけど……
そうだとしても突然どうしたというのか……いくら体調が悪いと言っても、彼女がわたしにこんな態度をとる姿など今まで一度も見たことがない。
「あー駄目だ、頭痛い……俺……死ぬのかな」
「……俺?」
ミームの口から出た“俺”という一人称の違和感に眉をひそめる。
さっきの口調といい、まるで男の人のような……
「俺……いえ、私、前世では男性でしたので……」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。