魔王、死す
そういえば我は先日骨董商のコットーに何やら頼みごとをされたのである。
あの時は結局何を頼まれたのか覚えていない。というかその後の大家の侵略によってすべての記憶を洗い流されたのである。今思い出しても体の震えが止まらない。結局あの後部屋にあったなけなしのお金をぶんどられたのである。
それはさておき、何を頼まれたのか覚えていないのではその依頼を達成することができない。
「ふーむ。どうしたものであるか・・・」(ピンポーン!)「ひぃ!?」
また大家であるか!?いや、しかし家賃はあの後支払った(巻き上げられた)はずである。それに何となく大家の怒りの気配がしない。
我は恐る恐る扉を開けてみる。
「・・・・」
そこには推定10歳ほどの人間の女がいた。
「・・・・」
しかし何も話さない。やれやれ。
そういえば300年前にもこのような手合いはおったであるな。何も言わず、何もせず、人と対話しているところなど見たこともなかった。そのくせいつも我の後ろについて回り、じっとこちらを見つめ続けていたあやつ・・・そういえばどのような式典にも必ず我のそばにおったな。そのくせ必要最低限の動作もなし。そう、歩くそぶりもなく我を追いかけてきて・・・気づけば体外墓地の前で・・・もしかしてあれは我にしか見えていなかったのであろうか?そういえば宰相が「最近呪術に凝っていましてね、ところでご機嫌いかがですか陛下?」とか珍しく上機嫌でいっていたような・・・もしやあやつ我を殺そうとしてたんじゃないだろうか。
「貴様何者であるか?我は魑魅魍魎を束ねる魔族の長、魔王である。それを知っての狼藉か?」
こやつが呪術の類で生まれた物の怪ならば早々に手を打たなければならぬ。
「・・・・・ん」
そういって童女は一枚の手紙をよこした。
『マオーさんへ
先日は急に押しかけてすみませんでした。あの後大家さんに記憶を消された可能性を考慮して娘に手紙を渡すように言いつけておりました。さて、依頼の件ですが、東の地に珍しい壺があるということでそれを買い取るためにしばらく留守にすることになりましたので、その間娘を見てやっていただきたいのです。急なことで申し訳なく思いますが、これもマオーさんを信用してのお願いです。当然報酬も色を付けさせていただくので何卒娘をよろしくお願いします。
PS 娘は極度の恥ずかしがり屋ですので、あまり刺激しないで上げてください。
骨董商店主コットーより』
「なるほどそれで貴様は我が城に庇護を求めに来たというのだな?よかろう、貴様の安全はこのハイスペックイケメン魔王の我が保障しよう。しかし、ただで貴様を保護することはできん。もちろんコットーから報酬を受け取るが我は貴様本人にも何らかの見返りを求めるのである。ついては・・・」
我が交渉をしているさなか、童女は勝手に我が城に侵入しあまつさえ我の(ここ重要)玉座に腰かけた。足を組んで。
この童女、コットーの手紙によれば極度の恥ずかしがり屋のはずっ。にもかかわらず何の断りもなく我だけの玉座に腰掛けやがったのである!しかも左右の肘置きに両肘を乗せ、さらには顎と口角をやや上げてこちらを見下ろしている!?こっこれは「王の威厳(座り時)」!まさか齢10にして王のオーラをここまで身に纏うとは!侮れんっ魔王城の謁見の間で我がこれをやった時には部下の語尾には舌打ちが混じり、ガムを噛み始めるものが出るのはおろか、「敵襲!」とか言いながら我だけに矢が飛んできたことも一度や二度だけではなかったというのに!くっ悔しい!でも体が勝手に頭をたれようとする!
「・・・ちこうよれ」(バッ!)
「ハッ!体が勝手に童女の前に来て膝をついてしまった!」
もはや言い訳はできん、この体が示している通り我と童女、どちらが魔王にふさわしいかは一目瞭然。これが本物の王の威厳だというのならば我はいったいなんで魔王などやっていたのであろうか?それに普通王一人で夜釣りとか行かせる?宰相に話したら「え?行けばいいんじゃないですか?」とか言ってたし、王ってそんな簡単に王城から出ていいの?
「クックック」
「・・・?」
「貴様は何も知らぬ。王の辛さを。王の孤独を。」
「!?」
童女はここに来て初めて人間らしい反応を見せた。
「貴様にわかるか?いや理解できまい。街に出てはニートだと馬鹿にされ、海に行くといっても心配もされず、ちょっと調子に乗ればためらうことなく矢を射かけられる我の気持ちを!」
我は止まらなかった。否、止められなかったのである。この魂の叫びを、心の悲鳴を。
「我は努力していたのに。朝は日が昇る前に起き、顔を洗って朝食を作り、庭の手入れをして、薪を割り、昼には街に出て民の声を聴き、人間と勘違いされて袋叩きに合い、それでも治安を守るためにあちこちを見回り、警備に補導され、3時間かけて我が魔王だと認められ釈放され、城に戻ってから風呂を沸かし、夕飯を作り、我が作ったのに毒見をされ、その上味に評価をつけだした宰相を殺したくなり、日記をつけて就寝する・・・我は何か間違っていたのか、というよりもなぜ我が侍女や庭師や警備の仕事をしていたのか、なぜだれも止めなかったのか、もうなにもわからない。300年前夜釣りから帰った時に城がなくなっているのを見て、何も感じなかった我はもはや魔王ですらないのかもしれぬ。」
我は顔を上げた。
「貴様にはわかるまい。部下になめられ、国民に認知されなくとも我は魔王としての誇りを捨てはしなかった。千年以上もな。たとえオーラで負けようとも、この意地だけは誰にも負けぬ。我は幾千の魑魅魍魎を束ね先導した魔族の長、魔王である!この程度の力で、我を滅ぼせると思うな!我はいずれ人類を滅ぼし、世界を再び闇一色に染め上げるのである!」(バン!)
「ガタガタうっさいよっ!マオーがなんだって!?また何かやらかしたのかい!?」
「魔王はさっき死にました!!」