旅人
「みなさーん、こっちを見てくださーい。」
さっきまでザワザワしていたのが、あっという間に静かになった。
「今から最後の説明会を始めまーす。出発してからはそれぞれ一人で行動することになるので、よーく聞いておいてください。わからないことや聞きたいことがあったら、その時にすぐに質問をしてください。説明会が終われば、すぐに出発でーす。」
何人かはうなずきながら聞いている。
「説明会なんてもう聞き飽きたよ。オレはさっさと出発したいんだ。もう、行ってもいいだろ?」
旅なれた、ベテランみたいだ。
「前回はどれくらい前ですか?」
「…ずいぶん前だな。」
「それなら、行き先の状況がかなり変わっていると思いますので、聞いてから出発した方が良いですよ?」
「…わかったよ、聞くよ。」
「ご協力、ありがとうございます。」
「では、あらためて説明会を始めます。まずはみなさん、当選おめでとうございます。」
みんな嬉しそうにうなずいている。
「これからみなさんは、それぞれお決めになったところに旅立ちます。ただ、行き先によっては、すぐに戻ってこなければならない場合もあります。」
「えー、そんなのひどいよ。」
この人は初めて参加するんだな。
「そうなる可能性は、ずいぶん前からほとんどありません。ただ、全く起きないわけではないので、お話しています。」
「なーんだ、びっくりしたよ。」
「すみません、おきそうなことは出発前にお話しすることになっているのです。」
どうやら、他の人は経験者みたいだ。次に言われる事もわかっているんだろう。
「また、向こうでやりたいことなど目的も決めていらっしゃるかと思いますが、残念ながらできない場合もあります。」
「なんでだよ? あ、ほとんど無いけどっていう、さっきと同じことなの。」
やっぱり、他の人は黙って聞いている。
「いえ。残念ですが、こちらの方はほとんどの参加者に起きています。」
「…え、なんで?」
「君は初めて参加するんだね。どこに行って何をしたいんだい?」
私が説明する前に、さっきのベテラン参加者が、彼に話しかけた。
「僕は寒いロシアにいたので、暖かい南の島に行きます。のんびり過ごしますよ。」
「ああ、それなら多分大丈夫だよ。君は目的を達成できるよ。」
「…どうしてあなたにわかるんですか?」
「ああ、わかるよ。私は達成できなかったことの方が、ほとんどだから。」
「できない方が、ほとんど? 一体どうしてそんなことに?」
「向こうでやりたいことが多すぎるし、そう簡単にはできないこともあるからね。君みたいに目的を減らせられれば、きっと私も全部達成できると思うんだけどね。…せっかく当選したからって、ついつい欲張ってしまうんだよ。君は大したもんだ。なぁ、あんたもそう思うだろ。」
私はうなずいて言った。
「ええ、私もそう思います。最初の参加者のほとんどは、どう考えても時間が足りないくらい目的を詰め込んで来ていますから。」
「ふーん、そうなんだ。」
「さて、説明を再開します。みなさんがこちらにお帰りになる際には、別のものがお迎えにあがりますので、ご安心ください。」
私は参加者を見渡した。
「質問が無ければ、これで説明会は終わります。この後の説明は行き先別になります。お渡ししている用紙に出口番号が書いてあります。アジア・オセアニア方面は1番に進んでください。ヨーロッパ方面は2番へ、北米、南米周辺は3番へ、アフリカ周辺は4番へ向かってください。」
参加者は紙を見ながら、それぞれの出口に向かって歩いて行った。さっきの2人は仲良くしゃべりながら1番へ向かっている。きっといろいろ教えてあげているんだろう。
彼らを見送っていると、肩をポンと叩かれた。振り返ると暗い顔をした同僚が立っていた。
「どうした?」
「悪い知らせだ。また戦争が始まったよ。しかも今度は大規模になりそうだ。今行った連中もすぐに帰ってくるかもしれない。」
「そうか。…全く、あいつらはどうして平和に暮らせないんだろう。」
「しかたないさ、刺激が大好きで我慢ができない連中がほとんどなんだから。」
「そうだな。まあ、そのお陰で私達も冒険ができるんだからな。」
「そういうことだ。…なかなかオレも当たらないけどな。さっき行った連中もせっかく当たったのについてないなぁ。」
私はさっき行った、南の島に向かう彼を思い出した。
「でも、大丈夫な奴がいるかもしれないよ。あいつはすぐには帰ってこないと思う。」
「へぇ、そんな奴いたんだ。」
私たちの会話を、大音量の緊急放送が遮った。
『大規模な戦争が始まった。現地では迎えを待っているものが既に多数出ている。緊急招集を行うので、すぐに1、2、3番出口付近に集まってくれ』
「おいおい、そんなに広範囲なのか。世界大戦レベルじゃないか。」
「私たちもすぐに向かおう。」
私たちは1番出口に向かって走った。
「おーい、ここだ。ここにいるよ。ずいぶん待ったよ。」
声のする方を見ると、十数人がこっちを見ながら手を振っている。
「すみません、お待たせしました。すぐに帰りましょう。」
「ああ。今回はひどいなぁ、またすぐに迎えが必要になるよ。」
「そうなんですか?」
「毒ガスを撒き散らしたり、ビルを爆破したり無茶苦茶なことをやっているよ。」
「あたしなんか、やっとステージに立てるまでがんばってきたのに、これでお終いなんてあんまりよ。」
「オレなんかまだ1歳にもなってなかったんだぞ。また当選するまでどれくらい待てばいいんだろう。」
みんな突然の成り行きに怒ったり、悲しんだりしている。
「みなさん、落ち着いてください。人間の世界はこのような波乱もある世界なのです。その代わり、今のみなさんのように怒ったり悲しんだり、笑ったり楽しんだりもできるんです。今から帰る世界にはそんなものはありませんよ。」
どうやら落ち着いたようだ。
「…そうだな。また平和でのんびりしてるけど、退屈な世界に戻るのか。」
「せっかく楽しくなってきたのに、もうお終いかぁ。次はいつなんだろう。」
がやがや騒がしいまま、戻ってきた。
「みなさん、お疲れさまでした。次回また当選された際には、またお会いすることもあるかもしれません。今回は残念でしたが、またのご応募をお待ちしています。」
「あんたもお疲れさん。」
「すぐに当たるといいなぁ。じゃあね。」
みんなおとなしく解散していった。元々この世界では、争いも騒ぎも有り得ない。
私たちの世界は、人間の言葉で言う魂の住むところ。ここは、平和で退屈な所。だから私たちは、変化に富み刺激的な人間の世界を体験するために、生まれそうな赤子の中に私たちの住まいを見つけ旅に出るる。
人間として死を迎え、ここに戻ってくるまでのわずかな時間の内に、自らの旅の目的を達成するために。
君の中に住まう旅人は、元気ですか? 目的に向かっていますか? こっちに戻ってきたら、なかなかそっちには行けませんよ。だから、がんばってください。
では、いつかお迎えに行く日まで、さようなら。