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必殺断罪人Q  作者: 高柳 総一郎
はるか彼方、友とゆかば
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10/12

はるか彼方、友とゆかば(Bパート))


 凄惨な殺しの現場であった。

 首から血を撒き散らし、青白くなった顔を苦悶に歪めた男がそこに転がっていた。

「朝飯、食ってきたか?」

 マヤは首をごりごりと掻きながらぞんざいにいった。後ろにある死体に、何も感じていない顔だった。ドモンは物陰で吐いている同僚のサイを一瞥しながら、マヤの質問に答えた。

「パンとミルクだけにしといて正解でした」

「お前、モルダ様のとこの若いのと違って死体が平気なのな」

 サイはベテランの憲兵官吏であるモルダと組み、その手法を教わっている。マヤと比べればその扱いには雲泥の差を感じるほどだが、ドモンはだんだんと彼の扱いを学び取れるようになっていた。

「はあ、まあ。これでも剣士志望だったので」

「マジかよお前。何人も殺ってきたってタマか?」

「まさか。旅の途中行きずりの死体を何体も見て慣れてるだけですよ。腐ってぐずぐずになりかけた男とか……」

「おい、誰がそんなこと報告しろっつったよ。……まあいいや。ここんとこ続いてる首吊り野郎の仕業だとは思うが、どうにもわからんな。これで五人目だぜ……。俺は本部に戻る。ドモン、お前この現場の報告書書いとけ。あとそこの若い奴にそれ以上掃除の手間かけさせんな」

 マヤは返事も聞かずに、駐屯兵──憲兵団の認可を受けた、非常勤の捜査員である──を残して、さっさとその場を後にした。さらりと自分に仕事を押し付けていくのはもはや彼の得意技である。

「……サイ、大丈夫ですか」

 ドモンはまず、同僚の背中をさすることにした。憲兵官吏が現場でもどしてばかりでは、とにかく格好がつくまい。

「うへ……すまん、ドモン。やっぱダメだな。死体はまだ慣れない」

 赤毛の同僚は壁に手をつき、その場にひざをついたまま口元をぬぐっていた。

「君、イヴァン育ちでしょ。犯罪者の処刑とかくらい見にいったこと無いんですか」

「そんなもんに興味持ってる年代には、皇帝が処刑の見世物をやめてたんだよ。……また気分悪くなってきた」

「とにかく、落ち着いてくださいよ……あの死体、誰なんですか」

「駐屯兵に聞いてくれよ……来たばっかりで俺、あんなもん見せられて……あっダメだコレ、そっとしておいてくれ……うぇ……」

 サイはもはや何も出なくなった口から必死に嘔吐感を追い出そうと、またもや地面に向かって唸り始めた。ドモンは彼の言うとおり触れずに後ずさり、遺体に布をかけていた駐屯兵──小柄で目つきの鋭い男だ──に話しかけた。

「身柄はすぐに分かったよ。カモノ食品の従業員だ。ここのところは裏通りだし、たまたま入ったところを殺されたんじゃないか」

「目撃者はいないんですかね」

「この辺は大通りの側だが、夜にもなると人通りも少ないし明かりも少ない。期待はできんね。ドモンの旦那、さっき身元確認をしたカモノの使いが帰っていった。家を尋ねてみて聞いてみるのがいい」



 カモノ家は東地区の高級住宅街『トロマ・アベニュー』にあった。商家には珍しく、倉庫は南地区の門近くに並べており、生活空間のみで構成された二階建ての立派な屋敷である。塀は美しい白で塗られており、高く長く──うんざりするくらいだった。

「……坊?」

 不意に小さな声が響いたのに、ドモンはすぐに気づいた。木箱に腰掛けながら、ちょうどカモノ家の門が見えるところでギターで簡単な曲を引いている男──エルの姿があった。

「おめえ、こんなとこで何してんだ?」

「何って……そりゃ仕事ですよ。あんたの目の前のこの家のもんが殺されちまいましてね、今から話を聞きに行くんです」

 エルはギター・ケースにゆっくりとギターを置いて閉じると、それを持ち上げてからドモンを路地の暗がりに連れ込んだ。有無を言わさぬ速さだ。

「なんですか、一体……」

「坊、ちょうどいいとこに来たぜ。こいつはまさしく『待ってたら船が来た』ってやつだ。おめえ、あの家のヤツによ、メイドが一人いるんだがな……言伝を頼みてえのよ」

「メイド」

「イオにゃ言ったんだが、実は会を当分の間中止することになっててな」

「困りますね、そいつは……で、会を中止ってのとメイドにはどういう繋がりが?」

「難しい話じゃねえや。実はな、カモノにゃ年若い跡取りがいるんだがよ。商売の勉強もできるんだが芸事にも目が利くなんてお方らしい。病弱で太陽の光が苦手って事だが、夜な夜ないろんな芸事の師匠のところに通ってるらしいぜ」

「はあ」

「俺も生活があるんでな。金持ちの坊っちゃんでも客にできるんなら、それにこしたことはねえってわけよ。つまりは、音楽の家庭教師だ」

 音楽の家庭教師。ドモンは脳裏にエルの姿を浮かべ、あったこともない病弱の若旦那とやらにギターを教えるエルの姿を思い浮かべてみる。まったく合わない。そのうち思わず笑みが漏れてしまったので、ドモンは慌てて咳払いをした。

「まあ、いいんじゃないですか。で、そのメイドってのは? エルさん、あんたも隅におけませんね」

 人の色恋沙汰ほど興味深いものはない。ドモンはさらに話を掘り下げようとしたが、エルはあまり愉快な気分ではなかったようだった。

「いんだよおめえはよ、余計な事ばっかり気にしやがってよ。シヅルって若えメイドだ。買い物途中に迷ってたのをちょっと助けてよ、知り合いになっただけだ」

「自分で行けばいいじゃないですか」

「おめえ流しのギター引きが『家庭教師にしてください』なんてノコノコ行って受け入れてもらえると思ってんのか? まずはそれとなくメイドから伝えてもらって、あっちから来てもらわなくちゃどうしようもねえんだ。こっちも生活がかかってっからよ、按配よくたのまあ」

 エルは言いたいことだけ言ってのけると、また元いた場所に腰掛けて、ギターを弾き始めた。

 彼とは仲間である。まあ、お願いされて無下にする理由もない。ドモンは門──といっても、商売人らしく開かれている──をくぐり、母屋を目指した。



「昨日の事件のとき、連れていたのがエリクでしてね。途中ではぐれたそうなんですが、あのようなことになってしまって……あの子はすっかりふさぎ込んでいるのですよ」

 カモノ夫人は病弱で、ベッドから身を起こしながらそのようなことを語った。エリクという従業員は、若旦那の従者のようなことをしていて、戦争帰りで腕っぷしも立ったという。

「それじゃあ、若旦那とエリクは夜の街を歩いていて、はぐれてしまったと?」

「あの子はそう申しております。……主人は食品問屋の稼業の傍ら、南に買い付けにいく事が多いものでして不在がちなので、あの子には小さい頃から寂しい思いをさせました。エリクは主人が従者として見込んだ男でしたし、あの子も信頼していたようですから、随分と気を落としております。ドモンの旦那、事情はわかりますがどうか、お手柔らかに……。あとは、メイドのシヅルに案内をさせます」

 夫人から紹介されたメイドは、ゆっくりと頭を下げてそれに答えた。黒髪のショート・ヘアで、鼻の頭にそばかすの浮いた、一見すると地味なメイドであった。彼女に連れ立って廊下を歩きながら、ドモンはエルの頼みを守ってやることにした。

「あのう、シヅルさん。ギター引きのエルって男をご存知ですか」

「エルさん! ええ、ええ。もちろん存じておりますわ。先日ヘイヴンまで足を伸ばした折に迷ってしまいまして、危ない目にあったところを助けていただいたのです」

 エルらしかった。そんなことをしても、いくらにもならないというのに、そう理解していても彼は動く。損得は二の次だが、それ以上に腹がたつか否か、筋が通るか通らないか、そうしたことにやたら敏感だ。エルはそういう男だった。

「実は僕も彼の知り合いでしてね。あなた、若旦那のこと彼に話したんですって?」

「ええ。若旦那は楽器も好まれますから。ギターを弾かれる方は珍しいともお話ししました」

「彼、今働き口を探してるそうですよ。ヒマも持て余してるみたいです。あなた、若旦那に紹介して差し上げたらどうです?」

 シヅルがどこか複雑な表情を見せたのは、ドモンの気のせいではなかっただろう。だが彼女はこの家で働くメイドであり、客に対して不快な表情を見せるのは得策ではないと考えたようだった。すぐに笑顔で案内を続けた。ドモンもそれ以上何も言わなかった。

 若旦那の部屋は、屋敷と渡り廊下で繋がれた離れ──奥に蔵が見えた──だった。引き戸らしい扉は閉じられているが、中から声が聞こえてくる。誰かと話すような声だ。

「若旦那。お客様がいらしております。お通ししてよろしいですか」

 シヅルは静かにそう言った。まるで計ったように沈黙が続いた後、引き戸が僅かに開き、若旦那ではない誰かが顔を見せる。茶髪の少年──その顔立ちは女にも見えたが──で、口端に美しい角度の笑みを見せていた。

「シヅル、すまないけど、若旦那を一人にしておくれ。昨日のことがよほどこたえてるんだ。……そちらがお客さん?」

「イヴァン憲兵団憲兵官吏、ドモンと申します。昨日、若旦那の従者だったエリクという男が亡くなりましてね。彼といっしょに家を出たと聞いたものですから、若旦那が何かご存知ないかと。あなたは?」

「彼は若旦那のご友人で、サクラ様です。あの、サクラ様。若旦那は……」

 サクラはシヅルを見て気分を害したのか、まるで石が水に沈むように不機嫌そうな顔を見せた。

「昨日のことがこたえてる、と言っただろう。二度同じことを言わさないでほしいな。それに、憲兵官吏とか言ったっけ? あの男のことはよく知らないけど、殺されるだけのことはしたんじゃないの。若旦那は疲れてるんだ。一人にしてあげてくれ」

 一方的に扉を閉めたサクラを押しのけてまで、若旦那に会おうとは思わなかった。ドモンはシヅルと目を合わせて、呆然と立ち尽くすばかりだった。

「……彼、友人なんですか?」

「最近仲良くなった方と聞いていますが、なんというか……変わった方です。私と若旦那が話しているとそばにいたりして。まあ、悪い方ではありませんよ」

 知らない、と言われればそれまでだった。だがドモンは廊下を戻りながら、蔵と離れを振り返りながら思い出した。殺されるだけのことはした。そうかもしれない。

『殺しなんかやるやつはよ、だいたい歯止めの効かねえバカか理屈屋よ』

 少し前、マヤが言っていたことを思い出す。彼は殺しをやる人間を毛嫌いしているようで、取り調べに拷問も辞さない男だ。その日も、若い女を殺してしまった男の背中を、先の裂けた使い古しの乗馬鞭で叩きながら、そう言っていた。

『あんな、ドモン。カッとなって殺す奴はまあ、仕方ねえ。だが理屈屋は違う。奴らはな、テメエの都合で解釈して『死んでも仕方ねえ』『死んだのはあいつのせいだ』とかいいやがるわけ。心底クズってわけだわな。そういう連中は大抵口先でボロを出しやがる。出さねえやつはまあほっとけ。俺らの仕事は、ボロを出したやつを牢ん中にブチ込むことだからな──』

 なぜ、サクラはエリクが殺されたと思ったのか?

 若旦那は彼と連れ立って稽古事に出たが、途中ではぐれた。死を知ったのはつい先程のはずだ。それが、なぜ。

 すぐには答えが出そうにはなかったが、道筋は見えたような気がした。




「シヅルのやつ、君のことを心配してるって顔しながら、憲兵官吏なんか連れてきたぜ」

 ベッドで毛布を被ったままの若旦那に、サクラはそう話しかけた。

「あいつは嫌いだ。君のためだなんだと言いながら、いちいち干渉してくる。ねえ若旦那。君もあいつのこと嫌いだろう。エリクみたいに、いつ裏切ってくるかわかったもんじゃないぜ」

 サクラは笑顔で茶化すようにそう続けた。若旦那はそれが恐ろしかった。彼は僕の友だちだ。彼もそう思ってくれている。だが昨日から状況が変わった。恐ろしい。心底恐ろしい。『彼が友だちだと思ってくれなくなったら』。エリクのように邪魔だと思うようになったら、何をどうするかわかったもんじゃない──。

「なあ、若旦那。僕は君のためならなんでもできるって、昨日証明したろう。だから、僕のお願いも聞いてくれよ。あのシヅルってメイドは嫌いなんだ。離れと蔵には近づけさせないでくれよ。なんだったら解雇してもいいし──難しいなら、僕が……」

「もうやめてくれ! ほっといてくれ! また……また何かあったら呼ぶから、僕を一人にしてくれ!」

 サクラは少しだけ驚いたように目を見開いたが、そのまま優しく笑みを見せて、ぽんぽんと毛布を叩いた。

「そうか。そうだよね。若旦那、さすがに今日のことには驚いたんだろう。だけど大丈夫さ。君には僕がいるじゃないか。だから、何も怖がることはないんだよ──今日は、おやすみ」




「若旦那のこと、悪く思わないでさし上げてください。まだ十八にもならない身ですから、混乱しておられるのです」

 シヅルは伏し目がちに、そして申し訳なさそうにそう述べ、頭を下げた。

「エリクも、多少乱暴で配慮の足らないところはあったかもしれませんが、カモノで働く仲間でした。どうか下手人を見つけてください」

「ええ。できる限りのことは。……また若旦那が落ち着いたらくると思います。後──」

「あと?」

「エルさんの件、奥様にもそれとなくおとりなしを。若旦那にもいい気分転換になるでしょうから」

「そうですね」

 ドモンの言葉に、シヅルはふっと笑みを浮かべた。彼もまたにへら、と下手くそな笑顔を見せ、頭を下げて門へと向かった。同じように、門をくぐってきた男とすれ違った。木箱を背負っている、ゆったりとした格子柄の着流し姿をした中年男であった。

 この世界には、つい数年前まで、異世界からの召喚者が様々存在した。内戦後、今はほとんど滅びてしまった亜人達の秘術に、そうした召喚術があり──彼らの苦しい境遇を脱するための祈りが、召喚術に発展し、望み通りの戦士や、そうでない数多の者達を呼び寄せ──結果、この世界の文化の一翼を担ったという。

 ドモンの実家は百五十年ほど前に召喚された異世界の老剣士が築き上げた家であり、ご先祖様の活躍とそれによる世界への貢献は、そらんじることができるほど聞かされた。

 だからこうして、すれ違った男がそうした異世界の文化を下敷きにした薄くて軽い布の服──キモノと呼ばれる形式──であったことに、強い印象を覚えたのだった。

「ごめんください」

「あら、カリスさん。先日はいろいろお願いしてしまって──」

 シヅルは再び笑顔を見せていた。カモノの家ではおかしなものばかり見たような気がするが、とにかく今の段階でできることはやれただろう。何より、エルがこの家を出入りするようになれば、また違った情報も得られるはずだ──。

 朝、セリカから言われた言葉が脳裏をよぎる。

「いつでも気を引き締めて、ですか──」

 ドモンは猫背気味になっていた体を少し伸ばすと、これからの捜査について思いを馳せながら、本部へ戻るのだった。

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