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塾帰りの満月

作者: 黒部裕

夕暮れが夜へ押し寄せている。数ヶ月前の冬のことを考えると、すっかり夜の帳が降りて、空は濃紺色だった。それが薄まってきて、今や群青色だ。日が沈んで間もない。もう少し経てば、夜と昼の淡い境界や、日没前の真っ赤な空を眺められるだろう。

 ずっと後ろの琵琶湖を背に家への坂道を上るバスの中。人はそんなに多くなく、車内は静かだ。薄暗い照明の下、今にも溜息をつきそうな人ばかり。少なくとも、とても楽しそうな人はいない。僕もそんなに変わらない気分だ。しばしの休息にぼんやりしてみる。硬い表情をして、携帯電話で顔を照らす人が多い。バスの揺れで手元が震えて、少し不快そうにするくらいだ。鈍いエンジンの音が腹に響く。

 近くの駅からやってきたらしい女性が窓の外に見えた。よく見かけて、美しいと思っている女子大生だ。清潔感のある服装に合った眼鏡が可愛らしく、長いまつげを纏った柔和な目元にも似合っている。

 すぐに彼女の姿が小刻みに揺れながら車窓を過ぎていった。もちろん、僕に目を合わせてくれることはない。惜しく思って、誰も座っていない長い後ろの席へ移った。彼女の背中を目で辿る。白地に紺のボーダーのゆったりとした彼女の服が薄闇に引き立つ。

 はっと息をのんだ。すさんで乾いていた心に数滴の水が落ちた。

 低い満月。遠くにじっと沈んだ琵琶湖。常夜灯に時折浮かびながら、歩く彼女。バスのかすかな揺れを伴って小さくなってゆく。そうして、それらの要素がぴったりとはまった、絵になる瞬間があった。満月が、強すぎることもなく弱すぎることもない美妙なアクセントになっていた。風によるものか、バスの揺れによるものか、震えるおぼろげな月が湖面に照り映える。二つの月が、両手でそっと顔を覆った時に見える、指の隙間の色をしていた。夏の夕焼けのような赤っぽさはなく、優しい暖色だった。

 僕の感動を尻目に彼女は春の宵の坂道を下る。もうあの絵はこなかった。彼女はさっき角を曲がっていったし、月の色ははっきりしない。その間に、バスは最寄りの駅を通り過ぎてしまった。

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