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 私は、ポケットからハンカチを出すと、アルの手の平に巻いた。ナイフを受け止めた割には、出血が少ない。これも、アルが吸血鬼の証なのかしら。人間だったら、あの勢いじゃそれこそ骨までいっていたかもしれない。

 

 アルは、ハンカチを巻いたその手を、じ、と見おろしている。

「奏子も、その傷治さなきゃな」

「え……きゃ」

 言いながらアルが私を抱き寄せて、ぺろりと私の頬を舐めた。


「ちょ……!」

「ただ流しとくには、もったいないだろ。こら、動くな」

 なおも舌を出してくるアルに、私はあわてて離れようとする。けれど、アルはがっちりと私をその腕の中に抱え込んで逃がさない。

「や……だめ、だって……ん……」

 頬に、耳に。ディードに傷つけられたところを、アルは時折唇を這わせながら丁寧になめていく。恥ずかしいのとくすぐったいのとで身をよじった私に、アルがつぶやくのが聞こえた。

「甘い、な」

 かあ、と、頬が熱くなる。

 な、な、何を……

「ちょ……!」

「おとなしくしてろよ。これくらいのご褒美、いいだろ。……ごめん、な。奏子。これからはもう、こんな目に合うことはないから」

 ぴたり、と私の動きがとまった。

 それって……どういう……


 体を離して、アルが私の正面に立った。

「家に帰ったら、何も考えずにゆっくり休むといい。リシィはもういない。明日からは、奏子は今まで通りに普通の高校生だ。何も心配しなくていい」

「でも……でも、アル、は?」

「言ったろ? 俺は、国へ帰るよ」

 アルは、ためらいのない強い瞳でそう言った。

 でも、そうして国へ帰って。

 アルはまた、同じ生活を続けるんだろうか。当たり前の顔をして、その体を長たちに捧げ続けるんだろうか。

 私のいないところで。

 

 そう考えた瞬間、私は無意識のうちに、がしりと、アルの腕をつかんでいた。

「私も、行く」

「は?」

「私も、アルと一緒に行く」

「行くって……」

 戸惑うアルを見て、私も、我に返る。つい反射的に言ってしまったけれど……

「えと……そう! 行って、長とやらに一言文句言ってやるわ」


 ずっと、考えていたことがある。

 アルは、長たちが長く生き続けるためにアルの血が必要なんだと言ってた。

 だったら。普通の吸血鬼として歳をとって生きるだけなら、アルの血は必要でないんじゃないだろうか。

 もしくは、同じ血を吸うんでも、一年に一回とか数年に一回とか、それくらいだったら献血と同じだもんね。あれ、確か数週間に一度って決まりがあったはず。逆を言えば、それくらいなら体の負担にはならないってこと。長、が何人いるか知らないけれど、話からすると、それほど多くはないよね、きっと。


 そんなことをまくしたてる私を、アルは目を丸くして見ていた。

「見当はずれな考えかもしれないし、長たちが簡単に、うん、と言うとは、私だって思ってないわ。でも、何か、アルが自由になる手段はあるはず。だから、私……」

 アルの視線がきつくなる。

「できるわけないだろ、そんなこと。お前は、長を知らないからそんなこと言えるんだ。下手したら、お前も無事では済まない」

「でも……」

「だから、お前はおとなしくここで」

「いやっ」

 駄々っ子のように、ぶんぶんと首を振る。

「嫌よ。無事で済まないことなんて、百も承知。でも……そうして帰ってしまったら……もう、会えないじゃない……」

 つぶやくように、本音が漏れてしまった。

 そうだ。きっと私は。

 アルを助けたい。それも嘘じゃない。でもそれ以上に。

 アルと、離れたくない。

「奏子……」

 私は、うつむいたままアルの胸に、ことりと自分の額をつけた。

「だから、お願いよ。もう少し……もう少しだけ……一緒に、いてよ……」

 せめて、私の気持ちの整理がつくまで。こんな急にお別れなんて、嫌よ。


 と。

 アルが、ふいに声を上げて笑い出した。

「アル?」

 顔をあげて、楽しそうに笑い続けるアルをぽかんと見つめる。

 えー? ここって、笑われるところ?


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