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 ☆


 唐突に、風が止んだ。

 おそるおそる顔を上げると、切れかけた雲の合間から月の光が射しているのが見える。何事もなかったような、夜の風景。遠くに、車の走る音と微かな街のざわめき。

 いつのまにか、雨は上がっていた。


 私達の目の前には、ディードがあおむけに倒れている。

「死んじゃったの……?」

 おそるおそる近寄って覗き込む。苦悶の表情を想像してしまったけれど、その顔は不思議なことに穏やかだった。

「いや、気を失っているだけだよ。力をすべて奪ってしまったからね」

「ユーキ、頼む」

「泥だらけのおっさんを抱っことか、一体なんの罰ゲームだよ」

 げんなりとした顔でユーキは言って、ディードをまるで荷物のように乱暴に肩へとかついだ。それでもディードは、一向に気づく気配はない。

「でも、ま、たった一人で来てたことに免じて、とりあえず館まではつれていってやろうかな。あとは、向こうにまかせる」

「よろしく。俺も、奏子を送ってから行くよ」

「あ、待って。ねえ、ユーキって……長なの?」

 私は背を向けかけたユーキを呼び止める。


 ディードを凌駕した強い力。私と同じような見かけなのにアルより年上だったし、それは、聞いていた長の特徴そのままに思える。

 視線だけ私に向けると、ユーキは、ふ、と笑った。

「違うよ。僕はね、半分、人間。一族の中では存在も認められない半端ものだ。一応、アルのお目付け役兼、ボディーガードってことになってるけど、その割には、アルをそそのかしてくだらないことばかりやってるって、長や一族からはかなり恨まれている。本当なら消滅するはずだったリシィを、精霊ではなく人間に生まれ変わるように魂を導いたり、それをアルに教えたり。今回は、よりによって喫茶店のマスターなんてやらせてるしね。まあ、それをわかってやってる僕も僕だけど」 

 そう言ってからからと笑ってから、少しだけ、その笑顔に影を浮かばせた。


「僕の母はね、この国の巫女だった。強い力を持っていた超能力者だったんだ。父は、本当ならアルの位置にいなければいけないはずの直系の長男で……でもはるか昔に自分の立場が嫌で本家を逃げだした。僕が持っているのは、そんな両親から受け継いだ強力な力。それがいいものなのか悪いものなのかは、いまだに僕にもよくわからないんだけど」

 言いながら笑んだユーキの顔は、見かけに似合わない、大人びた笑顔だった。

「そ……なんだ」

「そ。もう行くよ。かわいい女の子ならともかく、これ以上むさくるしいおっさんと密着してるのは耐え難いからね」

 そうして軽く手を挙げると、ユーキは危なげのない足取りで闇に消えて行った。そこで、私はふと、あたりを見回す。

「リシィは?」

 さっきは確かに姿が見えていたはずのリシィが、今は何処にも見えない。


「ここに」

 そう言ってアルが、自分の胸を押えた。

「ユーキの力に引きずられないように、俺の中に取り込んだ」 

 アルの表情は、悲しそうでも諦めたようなものでもなく、穏やかなものだった。そのことに、私は安心する。と、同時に、やっぱり胸が少し痛い。

 その顔は、リシィのために。

「会えて、よかったね」

 笑顔で言った私の言葉に、アルも笑顔を返してくれた。

 二人が、幸せそうでよかったと心から思える自分が、嬉しい。


「さて、帰ろう。送るよ。いつまでもその恰好じゃ、いい女がだいなしだぞ」

 言われて自分の姿を見下ろせば、泥だらけの血だらけだった。

「そうね。……家族に見つからないように帰らなきゃ」

 出てきたのも内緒だから、こっそり部屋に戻るのもそれほど難しくはないだろうけど。

 この服、お気に入りだったのになー。怪我があるのを思い出したら、急にあちこちが痛み出してきた。

 あ。

 私なんかよりも。

 アルの手。ナイフを素手で受け止めるなんて、ずいぶんな無茶をするわ。

「手、大丈夫? 痛くない?」


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