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唐突に、風が止んだ。
おそるおそる顔を上げると、切れかけた雲の合間から月の光が射しているのが見える。何事もなかったような、夜の風景。遠くに、車の走る音と微かな街のざわめき。
いつのまにか、雨は上がっていた。
私達の目の前には、ディードがあおむけに倒れている。
「死んじゃったの……?」
おそるおそる近寄って覗き込む。苦悶の表情を想像してしまったけれど、その顔は不思議なことに穏やかだった。
「いや、気を失っているだけだよ。力をすべて奪ってしまったからね」
「ユーキ、頼む」
「泥だらけのおっさんを抱っことか、一体なんの罰ゲームだよ」
げんなりとした顔でユーキは言って、ディードをまるで荷物のように乱暴に肩へとかついだ。それでもディードは、一向に気づく気配はない。
「でも、ま、たった一人で来てたことに免じて、とりあえず館まではつれていってやろうかな。あとは、向こうにまかせる」
「よろしく。俺も、奏子を送ってから行くよ」
「あ、待って。ねえ、ユーキって……長なの?」
私は背を向けかけたユーキを呼び止める。
ディードを凌駕した強い力。私と同じような見かけなのにアルより年上だったし、それは、聞いていた長の特徴そのままに思える。
視線だけ私に向けると、ユーキは、ふ、と笑った。
「違うよ。僕はね、半分、人間。一族の中では存在も認められない半端ものだ。一応、アルのお目付け役兼、ボディーガードってことになってるけど、その割には、アルをそそのかしてくだらないことばかりやってるって、長や一族からはかなり恨まれている。本当なら消滅するはずだったリシィを、精霊ではなく人間に生まれ変わるように魂を導いたり、それをアルに教えたり。今回は、よりによって喫茶店のマスターなんてやらせてるしね。まあ、それをわかってやってる僕も僕だけど」
そう言ってからからと笑ってから、少しだけ、その笑顔に影を浮かばせた。
「僕の母はね、この国の巫女だった。強い力を持っていた超能力者だったんだ。父は、本当ならアルの位置にいなければいけないはずの直系の長男で……でもはるか昔に自分の立場が嫌で本家を逃げだした。僕が持っているのは、そんな両親から受け継いだ強力な力。それがいいものなのか悪いものなのかは、いまだに僕にもよくわからないんだけど」
言いながら笑んだユーキの顔は、見かけに似合わない、大人びた笑顔だった。
「そ……なんだ」
「そ。もう行くよ。かわいい女の子ならともかく、これ以上むさくるしいおっさんと密着してるのは耐え難いからね」
そうして軽く手を挙げると、ユーキは危なげのない足取りで闇に消えて行った。そこで、私はふと、あたりを見回す。
「リシィは?」
さっきは確かに姿が見えていたはずのリシィが、今は何処にも見えない。
「ここに」
そう言ってアルが、自分の胸を押えた。
「ユーキの力に引きずられないように、俺の中に取り込んだ」
アルの表情は、悲しそうでも諦めたようなものでもなく、穏やかなものだった。そのことに、私は安心する。と、同時に、やっぱり胸が少し痛い。
その顔は、リシィのために。
「会えて、よかったね」
笑顔で言った私の言葉に、アルも笑顔を返してくれた。
二人が、幸せそうでよかったと心から思える自分が、嬉しい。
「さて、帰ろう。送るよ。いつまでもその恰好じゃ、いい女がだいなしだぞ」
言われて自分の姿を見下ろせば、泥だらけの血だらけだった。
「そうね。……家族に見つからないように帰らなきゃ」
出てきたのも内緒だから、こっそり部屋に戻るのもそれほど難しくはないだろうけど。
この服、お気に入りだったのになー。怪我があるのを思い出したら、急にあちこちが痛み出してきた。
あ。
私なんかよりも。
アルの手。ナイフを素手で受け止めるなんて、ずいぶんな無茶をするわ。
「手、大丈夫? 痛くない?」




