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そっとドアを開けると、部屋の中は相変わらずベッドサイドのランプだけがついていて、ぼんやりと薄暗かった。アルは眠っているようだった。音をたてないように中に入って、ドアを閉める。
アルの部屋。
この前、ここに倒れこんでいたのは私のほうだったっけ。
そう思いながら、ベッドの脇に膝をつく。
アルは、白い顔をして眠っていた。息をしているのかどうかもわからないくらい、静かに。ふと、本当に息をしていないんじゃないかと馬鹿なことを考えて、そっとその顔の前に手をかざす。
微かに指に触れる吐息に、ほ、として、あらためてアルを見下ろす。
と、気配を感じたのか、かすかにそのまつげが震えてアルが目を開いた。ゆっくりと視線が出会う。
「奏子……怪我はない?」
かすれた声でまずアルが言った言葉は、それだった。
怪我なんて、しているはずがないのに。アルが、守ってくれたのに。
こくり、と小さく頷くと、その拍子に涙がこぼれた。
「ごめんなさい」
次から次へと流れる涙を止めることができなかった。
「ごめんなさい。私、何も知らないで酷いこと……」
「ユーキだな」
あのおしゃべり、と、視線をそらして。
「気にするなよ。俺が勝手にやってることなんだから」
「でも、私の行動で、リシィだけじゃなく、アルまで危険な目に……」
「え……?」
「知らなかったとはいえ、アルをこんな目に合わせて……私に何かあったら、私の中にいるリシィだって無事ではいられないのに、私、自分のことしか考えてなかった。もっとアルの気持ちを考えていればこんな……」
「いいんだ、そんなこと」
私の言葉を遮るように言いながら、アルはベッドの上に起き上がった。その上半身には片手にまかれた包帯しか身に着けていなくて、私はあわてて視線をそらす。私に向いてベッドに腰掛けたアルが、笑いを含んだ声で言った。
「なんだよ。男の裸なんて見慣れてんじゃないのか?」
「そ……そんなわけないでしょ!」
視線のはしで、アルがブランケットの上にあったシャツを羽織るのが見えた。
「へえ。あんな暗がりでいちゃついてたくせに」
「野宮君はそんなんじゃないわよ」
「まあ、どうでもいいよ。そんな風にさ、奏子は、普通に学校に通って、友達と笑って、なにかあってもちゃんと守ろうとしてくれる優しい彼氏を作って……そうやって普通に生きていけばいい。……もう、ここにはくるな。この店も、閉める」
は、と顔をあげる。アルが、じ、と私を見下ろしていた。
「どうして」
「帰ることにしたから」
「帰るって……国に?」
「ああ」
「でも、それじゃアルは……!」
「以前の生活に戻るだけだ。長たちには、水の精なんていなかったと報告する。そうしたら、もうお前を狙うものもいなくなる。奏子も、今までどおりにただの日本の高校生として、あの彼氏とでも幸せになればいい」
「え……な……だからっ! 違うって言ってるでしょ!」
「彼氏じゃない男とお前はあんなにべたべたするのかよ! だいたい、夕べだって襲われたくせに、なんだってまた不用心にも出てくるんだ!」
「それは……!」
言葉を飲み込んだ私に、アルは冷たく視線をそらした。
「ユーキが送ってくれるから、さっさと帰れよ。……これで最後だ。もう会うこともないけど元気でな」
白い横顔を見つめる。
たとえそれが本当でも。
「アルに、会いにきたの」
静かな私の声に、アルがいぶかしげな顔で振り向いた。
「俺に?」
「うん」
羽織っていた薄い上着を脱ぐ。襟ぐりの大きく開いたカットソー。長めの髪は、ひとつにまとめて高い位置にまとめてある。
もうためらわない。アルは、私のために傷ついてくれたから。
「私の血をあげる」
言い切った私の視線の先で、アルの目が見開かれた。




