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「ついたぞ。ここが俺たちの館だ」
そう言われた時の私は、緊張で精も根も尽き果てていた。がちがちに強ばった体を、そっと地面に降ろされる。
目の前にあったのは、古びた大きな洋館だった。窓はすべからく真っ暗。まわりにはうっそうと茂る木、というよりは森。月明かりの中にぼうっと浮かびあがるその館は、どう見ても、人が住んでいるようには見えない。
お化け屋敷。そんな言葉が頭に浮かぶ。
というか、どこよここ。うちの近所に、こんなとこ、絶対ない。
「たちって……勝手に連れてきて何言ってんのよ。ここどこなの? 家に帰してよ、この誘拐犯!」
「誘拐犯とはひどいな。アルって呼んでくんない? レイディ」
「じゃあ、ええと、アル」
「なんだよ?」
「私を、家に帰して」
「やれやれ」
わざとらしく溜息をひとつついて、アルは首を振った。
「だから、今日からここが君の家だってば」
言いながら、重そうな扉を軽々とあけて振り向くと、私に片手を差し出す。
「来いよ」
私がその手をおそるおそる取ると、アルは中へと私を招き入れた。
そこは天井が屋根まで吹き抜けている広いホールだった。ところどころに灯されているろうそくの明かりの中で、正面に大きな階段が見える。月明かりに慣れた目に、ろうそくの光がほんのりと優しかった。
洋館の中は想像していたような埃っぽさはないかわりに、独特の木の匂いがした。一歩足を踏み入れると、足元はふかりと柔らかいじゅうたんになっていて、わずかに沈み込むような弾力が素足に気持ちいい。そうして二人で、ゆるいスロープになっている階段を上がっていく。
ひとつの部屋の扉の前で立ち止まると、アルは慣れた様子でそれを開けた。おずおずとついて入ると、そこは古めかしい調度品が整えられている広い部屋だった。
促されて中央にあったソファセットに近づくと、そこにはティーセットが用意されていた。銀のポットに白磁のカップは二つ。三段重ねのトレーには、おいしそうなケーキやサンドイッチ。誰かいた気配もないのに、ポットからは細く湯気がたちのぼっている。
あれだ。英国式のアフタヌーンティーってやつ?
「そこ、座って」
言いながら、アルがポットに手をかけた。
私は示された長いソファーにすとんと座ると、することもなしにあたりを見回す。
天井が高い。ろうそくの光だけでは、ぼんやりとしかその全体を見ることができない。ビロードの重そうなカーテンのかかった窓の向こうは真っ黒。さっきの森なのかな。
響くのは、アルが入れる紅茶の水音と食器の音だけ。
…………
私、こんなとこで何してるんだろう。