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- 3 -

 しばらくは、私の嗚咽だけが室内に響いた。

「奏子……」

 ぎしり、ときしむ音がして顔をあげると、アルが私に寄り添うようにしてベッドに腰掛けていた。そう理解するのと同時に、ぺろりと頬を舐められる。

「!」

「そんなことで、泣くなよ」

 舐められたのは……涙?

「そ、そんなことじゃないわよ! すごく大切な……!」

「お前は、そうやっていつでも、怒ってくれるんだな……の、ために……」

「え?」

 独り言のようなつぶやきは、小さすぎて聞こえなかった。

「アル?」

「なあ」

 そう言ったアルは、淡い笑みを浮かべたまま私を見下ろしている。私は黙って、次の言葉を待っていた。

 と。

「キスしてもいい?」

「は?」

 アルは手を伸ばすと、その指でそっと私の唇をなぞった。


「ちょ……何ばかなこと言ってるのよ」

 あわててアルから離れようと体をひく。アルはその私を追うように近づいてきて……。

 や、だって、そんな、ちょっと!

 すぐそこに、細められた瞳。薄く笑みを浮かべた唇が、吐息のように囁く。

「嫌?」

「嫌とか、そういう問題じゃなくて……」

「なら、いいの?」

「だめ」

「残念」

 そうは見えない表情で、アルは案外あっさりと体を離した。

 び、びっくり、した……

 アルは、手持無沙汰になった手で私の髪を一房すくってその先に口づける。

「本当に、奏子って……やっぱり俺、お前を選んで正解だったよ」

 飄々として、何を考えているんだかわからない笑みのままでアルは言った。

 その言葉で、は、と思い出したことがある。

「それって」

 ……リシィのこと?

 言いかけて言葉を切った私に、アルが怪訝な顔をあげた時だった。


「ちょっといいかな? そろそろ、ミルクも冷めそうなんだけどさ」

 突然、違う声が割り込んできた。見れば、薄くあいたドアからユーキが覗き込んでいる。

「顔色、よくなったね」

「いつからいたんだよ」

 トレーに乗ったカップを持って部屋に入ってきたユーキに、不機嫌な顔でアルは立ち上がった。


「いやー、いい雰囲気だったんで、邪魔しちゃ悪いかと思って」

「つまり、いい雰囲気のときからいたんだな」

「女の子口説く時には、鍵くらいはかけておいた方がいいと思うよ。うん」

「つまり、口説いているのをずっと見ていたんだな」

 仏頂面になったアルを無視して、ユーキがカップを渡してくれる。そのミルクは程よく温かくて、一口飲むと、ぽ、と体が暖かくなった。おいしいけど、飲みなれたミルクの味じゃないから何か入っているのかも。


「そういえば、早紀は?」

「しばらくはここにいたけど、帰ったよ。まだ彼女も調子悪かったし、遅くなってもいけないから」

「え?」

 ユーキの言葉で、反射的に時計を探す。柱にかかっていた凝った模様の時計は、四時半をさしていた。

 この部屋の暗さから考えて……まさか……

「これってもしかして夕方の四時半じゃなくて……」

「朝の四時」

 がーん。無断外泊。

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