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しばらくは、私の嗚咽だけが室内に響いた。
「奏子……」
ぎしり、ときしむ音がして顔をあげると、アルが私に寄り添うようにしてベッドに腰掛けていた。そう理解するのと同時に、ぺろりと頬を舐められる。
「!」
「そんなことで、泣くなよ」
舐められたのは……涙?
「そ、そんなことじゃないわよ! すごく大切な……!」
「お前は、そうやっていつでも、怒ってくれるんだな……の、ために……」
「え?」
独り言のようなつぶやきは、小さすぎて聞こえなかった。
「アル?」
「なあ」
そう言ったアルは、淡い笑みを浮かべたまま私を見下ろしている。私は黙って、次の言葉を待っていた。
と。
「キスしてもいい?」
「は?」
アルは手を伸ばすと、その指でそっと私の唇をなぞった。
「ちょ……何ばかなこと言ってるのよ」
あわててアルから離れようと体をひく。アルはその私を追うように近づいてきて……。
や、だって、そんな、ちょっと!
すぐそこに、細められた瞳。薄く笑みを浮かべた唇が、吐息のように囁く。
「嫌?」
「嫌とか、そういう問題じゃなくて……」
「なら、いいの?」
「だめ」
「残念」
そうは見えない表情で、アルは案外あっさりと体を離した。
び、びっくり、した……
アルは、手持無沙汰になった手で私の髪を一房すくってその先に口づける。
「本当に、奏子って……やっぱり俺、お前を選んで正解だったよ」
飄々として、何を考えているんだかわからない笑みのままでアルは言った。
その言葉で、は、と思い出したことがある。
「それって」
……リシィのこと?
言いかけて言葉を切った私に、アルが怪訝な顔をあげた時だった。
「ちょっといいかな? そろそろ、ミルクも冷めそうなんだけどさ」
突然、違う声が割り込んできた。見れば、薄くあいたドアからユーキが覗き込んでいる。
「顔色、よくなったね」
「いつからいたんだよ」
トレーに乗ったカップを持って部屋に入ってきたユーキに、不機嫌な顔でアルは立ち上がった。
「いやー、いい雰囲気だったんで、邪魔しちゃ悪いかと思って」
「つまり、いい雰囲気のときからいたんだな」
「女の子口説く時には、鍵くらいはかけておいた方がいいと思うよ。うん」
「つまり、口説いているのをずっと見ていたんだな」
仏頂面になったアルを無視して、ユーキがカップを渡してくれる。そのミルクは程よく温かくて、一口飲むと、ぽ、と体が暖かくなった。おいしいけど、飲みなれたミルクの味じゃないから何か入っているのかも。
「そういえば、早紀は?」
「しばらくはここにいたけど、帰ったよ。まだ彼女も調子悪かったし、遅くなってもいけないから」
「え?」
ユーキの言葉で、反射的に時計を探す。柱にかかっていた凝った模様の時計は、四時半をさしていた。
この部屋の暗さから考えて……まさか……
「これってもしかして夕方の四時半じゃなくて……」
「朝の四時」
がーん。無断外泊。




