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部屋に足を踏み入れた瞬間、どこからか男の声が聞こえてきた。
空耳?
「どこ向いてんだ。こっちだよ、こっち」
妙に不機嫌そうなその声が背後から聞こえたことに気づいて、ぎょっとして振り返る。
と、そこには。
「よ」
ベランダの向こうからにこやかに手を振る金髪の男!
「ち!」
その男は、痴漢! と叫ぼうとした私の口を、すばやく後ろに回り込んで軽々とふさいでしまった。
「痴漢とは失礼な。いくら待ってもこないから、こっちからわざわざ来てやったんだぜ? 感謝してほしいね」
「むぐぐぐぐぐ!」
なんとかその腕をふりほどこうとじたばたと暴れるけど、やんわりと、でもがっちりと固められたその手はびくともしない。
「暴れんなって。何にも悪さしないよ」
してるしてる! こんな夜中に人んちに、しかも二階から忍び込んでうら若き乙女を拘束することは十分悪さって言えるでしょう!
「なんだよ、そんなに俺のこと信じられないのか?」
心の中で悪態ついている私の雰囲気を察したのか、憮然として男が言った。
まるで痴話げんかしているようなそのセリフを聞いて、がくりと力が抜けてしまう。
信じるも何も……誰、こいつ。人んちに勝手に入り込んでおいて、なんでこんなにえらそうなのよ。
「とにかく、落ち着いて俺の話を聞けよ。いいかげん、俺の腕も疲れたし」
ぽん、とその男の片腕に抱えなおされて、やっと口が解放される。その男と正面から向かい合う格好になった私は、早速叫ぼうとして息を吸った「あ」の形のまま固まってしまった。
う、わー……
月明かりを受けてほのかに光りながら揺れる、癖のある金色の髪。影にはなっているけど、それでも整ったきれいすぎる顔だちが見て取れる。すらっとして細身。暗闇に溶けそうな黒いスーツをきっちりと着て、それがまたしっくりと似合っている。
こんな状況じゃなければときめきそうなほど、正統派な美形。
「……あんた、誰?」
とりあえず基本的な質問をぶつけてみる。やけに親しげだけど、私、会ったことはないよね? 一度でも会っていたら、絶対に忘れられないよ、こんな人。
男は一瞬だけ眉をしかめると、私から手を離してそこに立たせた。そして優雅なしぐさで右ひざをつくと、胸に手をあてて恭しく頭を下げる。
「私は、アルトレード・ロールテリング・ド・グリフォルド。このような時間に、突然訪問した無礼をお許しください、レイディ」
今までの口調とがらりと変わった丁寧なあいさつに、思わずぽかんとなった。
「はあ……。で、一体、ここで何を?」
つい、まぬけな質問が口をつく。